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本編

⑱らすと◯

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「と、言うわけで、お付き合いすることになりました」

 緊張が高まって、空気を深く吸い込んでから声に出した。
 どんな反応がくるかと思ったが、ルイもマサも、へーそーなんだと言いながらスマホをいじっていて、まったく驚いてくれなかった。

「え……もっと、えーっとか声が上がるかと……」

「あのさ、ガックン。そのひっつき虫みたいなのを見て、ええっーそうだったのぉー!! なんて新鮮な驚きは名俳優でもできないよね」

 ルイの冷たいお言葉の隣で、スマホをいじりながら、マサも首を縦に振っていた。
 大学のカフェのテーブル席に座っているのは、俺と亜蘭、ルイとマサの四人だ。
 色々相談に乗ってくれたので、しっかり報告をしたつもりだったが、発表する前にすでに筒抜けだったようだ。

 隣に座っている亜蘭が、俺の体にしがみついていて、胸元でウトウトしているので、確かにそうだなと頭をかいた。

「へっ、付き合いたてボケだわ。ラブラブでなによりだけど、そんなにくっ付いてると飽きるのも早いんじゃない」

「なっっ、そうなの!?」

「大丈夫だよ、学。俺は好きなモノはずっと好きだから。むしろ学がいないと倒れちゃう」

「亜蘭……俺も……ずっと……」

「はいはいはいはい、それ以上は二人でやって」

 もう終わりという風に、ルイが手をパンパン叩いてきた。
 つい二人の世界に入ってしまったので、恥ずかしくて顔が熱くなった。

 亜蘭を二人に紹介した時、最初は緊張していたが、亜蘭は俺しか見ていなくて、基本俺にくっ付いているので無害だと判断したのか、ルイもマサもまだ多少遠慮はしているが、打ち解けて接するようになった。

 色々とアドバイスしてくれたのでお礼がしたいと思っていて、亜蘭の提案で今度焼肉パーティーを開くことになった。
 お喋りなルイから話を聞いたクラスの連中も次々と参加したいと言ってきて、かなりたくさん集まることになり、何のパーティーだか分からなくなった。
 苦笑いしながらも、祝福されているのだと思うと嬉しくなった。
 お世話になった兵藤も来てくれることになった。
 兵藤は恋人をたくさん連れて行くからと言って、豪快に笑っていた。
 彼のようなタイプは苦手だと思っていたのに、付き合ってみるといいヤツで、色眼鏡で見ていた自分の考えを改めた。


 亜蘭とお互いが好きだと言うことを確認して、初めて心も体も結ばれた。
 それからは、また学内での昼寝、週末はデートとお泊まりをして愛を深めている。

 亜蘭は自分の気持ちを自覚してから目覚めたように、甘々イチャイチャ大好きな男になってしまった。
 隙があればくっ付いてきて、平気でどこでも愛を囁いてくる。
 嬉しいけど、その度に心臓がドキドキして、甘すぎる亜蘭にお腹いっぱいになってしまう。



 椅子を利用して器用に横になった亜蘭は俺の膝の上に頭を乗せて、いつもの感じでスヤスヤ眠り始めた。

 その天使のような寝顔にうっとりしてしまい、午前中なのにもう胸がいっぱいだと思いながら、胸をさすっていたら、ガサゴソと音がして、ルイが鞄から何かを取り出していた。
 学内の本屋さんで購入したものか、お馴染みの包み紙が見えた。

「参考書でも買ったの?」

「まさか、僕が買うのは趣味の本」

 学生らしくない発言をしたルイが取り出した本には、どうぶつさん相性占いというタイトルが見えた。
 デジャヴかなと思うくらい、前の世界でも同じ光景を見た。

「基本的な相性は変わらないんだけど、今年の運勢が載るから、毎年買っているんだ」

 先週発売されたばかりなんだと、嬉しそうに表紙を見せてきた。
 ここに来てまた占いかと、気が遠くなってしまった。

「ちなみに……残念だけど、相性最下位は、タヌキとユニコーンなんだ。何をしても気が合わなくて喧嘩ばかり、殴り合う日々で上手くいかない、だったかな。あっ、僕達、リスとシカは三位で、強運に恵まれたカップルね」

 またそれかと頭の中でため息をついた。
 俺はとことん占いの神に嫌われているらしい。

 今年の運勢はとルイは楽しそうに本を開いたが、急にああっ!! と大きな声を上げた。

「うっ、嘘!! 基本相性順位が変わってる!? えっ、だって、これはもう毎年固定のはずなのにーー!!」

 信じられないという顔で、ぶるぶると震えたルイの手から本がこぼれ落ちた。その本を隣のマサが拾って、ふむふむと言いながら口に出して読み始めた。

「今年どうぶつさん占いは、リニューアル、順位を一新しました。新たな順位では……、リスとシカは最下位、平々凡々、良くも悪くも何もない、それなりに幸せカップル……だそうだ。最下位でこれなら良心的な占いだ」

「なーにーそーれーー! 金運ザクザク、一緒にいればお金が降って来る強運カップルは?? どういうこと!? なんで一新? もう、本当やなんだけどーー!」

 ほいっと言われてマサが俺の前に本を開いたまま差し出してきた。
 そこに見えたのは、どうぶつさん占い一位のベストカップルとして、タヌキとユニコーンの絵がデカデカと載っていた。

「えっ……これ」

「今世も来世も永遠に結ばれるベストカップル。一度結ばれたら二度と離れることはない、だって、おめでとさん」

 マサの言葉にルイには悪いが、一気に気持ち上がってしまった。
 今まで一度としてこの手のもので良い方に選ばれたことなんてない。
 しかも亜蘭との相性占いでの良い結果なんて、信じていないなんて思いつつ、嬉しくなってしまった。

 その時俺は、占い本の背表紙に書かれた出版社の名前が目に入ってしまった。
 そこには、白馬出版と書かれていた。

 まさかと思いながら、俺の膝の上でスヤスヤ眠っているはずの亜蘭を見たら、亜蘭の目は開いていて、ニコッと笑ってウィンクをしてきた。

 それを見て全てを悟った俺は、そういうことかと苦笑いして頭をかいた。

「ほら、さっ、占いなんて、大して当てにならないから」

「フンっ! 一位の人から言われても、ちっとも嬉しくないーー! 平凡カップルって何さーー!」

「平凡が一番幸せだって」

 プンプン怒るルイを、マサがのんびりした調子で励まして、そのうち手を繋ぎ出すという、相変わらず仲のいい二人の様子が見られてホッとした。


 午後はバイトだという二人と手を振って別れた後、俺と亜蘭はいつもの倉庫へ向かった。
 次の講義まで少し時間があるので、二人でのんびり過ごせそうだと、手を繋ぎながらワクワクしてしまった。

「俺さ、実は潔癖症なんだよね」

 並んで廊下を歩いていたら、初めて聞くことにビックリして、えっと声を上げてしまった。
 潔癖症といえば極度の清潔好きというイメージだったが、そういうことかと聞いたら亜蘭は首を振った。

「俺の場合、対人関係だけね。他人に触れたり触れられたりすると怒りが湧いてきて止められなくなるんだ。思春期にそんな感じで、これは両親に対してもそうなんだ」

 聞き間違いかと思って首を捻って考えてしまった。初対面で俺と亜蘭は熱烈に握手をしたはずだ。それがキッカケで仲良くなったものだと思っていたくらいだ。
 とても、他人と接触を拒んでいるようには見えなかった。
 しかしよく考えると、俺と出会う前、亜蘭の周囲は、信者のような生徒がゾロゾロと後ろを付いて回っていたが、誰も亜蘭に触れようなんてしなかった。
 講義の時の席ですら、隣に誰かが座っているのを見たことがない。
 常に一人で颯爽と歩いているイメージはあったと気がついた。

「なんとか治したくて、色々試しはしたんだ。でも何をしてもダメだった。それがさ、初めて会った時、思わず学の腕を掴んじゃったんだけど、その時、まったく違和感がなかったんだ。逆に怒りとか強い感情が消えていく気がした。それで、握手をして確信した。ああ、この人は大丈夫なんだって」

「確かに、肌が合うって言っていたね。そのことだったんだ」

「その時に、もう分かっていたのかも。学のことを好きになるって」

「亜蘭……」

 立ち止まった亜蘭が俺の手を掴んできた。
 ぐいっと引かれた俺は亜蘭の胸に飛び込むかたちになって優しく抱きしめられた。

「好きだよ、学。毎日学に恋をして、どんどん好きになる」

「亜蘭、俺も……好き」

 好き好き言いながら、間近で目線を合わせたら、お互い恥ずかしくなって、おでこを合わせてクスクスと笑い合った。

「ふふふっ、喧嘩して殴り合う日々なんて、俺達の間にありえないよね」

「あー、やっぱり……亜蘭の仕業だったんだな」

「たまたま仕事で目に留まって、すぐに出版部に電話をしたんだ。もしかしたら、学が目にすることもあるかもって」

 さすが白馬一族、電話一本で固定された内容まで変えてしまうという権力にはもう言葉が出てこない。

「俺さ、占いなんて信じないって思っていたけど、さっきの相性占いは嬉しかった。それに、よく考えたら色々助けられている気がしないでもない」

「そうそう、良い結果は採用! 悪いことは適当に流して、だね」

「愛なんていらないって言っていた男が、ずいぶん柔軟な考えになったじゃないか」

「学のおかげだよ。学の太陽みたいな明るさが俺を救ってくれたんだ」

 そう言って、亜蘭は太陽みたいな笑顔で笑った。
 俺よりずっと輝いていて、一緒にいても眩しいくらいなのに、そんな亜蘭が俺の小さな光を気づいてくれたことが嬉しかった。

 どんな小さな光でも、お互いを照らして、温かくなれたら幸せだと思えた。


「今世も来世も永遠に、だっけ?」

 亜蘭が考えたという、相性占いの解説を思い出した。長い解説よりシンプルで胸にくる言葉だった。

「そう、一度結ばれたら、もう二度と離れない」

「まるでプロポーズみたいだ」

「あぁ、そうだね。最初のやつだと思っておいて」

 亜蘭は親指を立ててどうだという顔をしてきた。
 得意げな顔でニヤッと笑う亜蘭がついつい可愛いと思って顔が綻んでしまう。

「そんなに何度もするのかよ」

「そうだよ。毎日幸せだって思う度に、飽きるくらいプロポーズするから」

「はははっ、そんなの、いつだってイエスに決まってるのに」

「ふふっ、知ってる」



 同じようで違う、ヘンテコな世界で、俺は幸せを見つけた。
 歩きだしたばかりの二人だけど、いつまでもピッタリと寄り添って、生きていけたら良いなと思っている。

 午後の優しい陽だまりの中、手を繋いで歩く俺と亜蘭の笑い声が、いつまでも廊下に響き渡っていた。






 □終□
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