占いなんて信じない! ーへんてこな世界で幸せ見つけましたー

朝顔

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本編

⑯傘はなくても◯

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「まっ、待って、近すぎだよ!」
「バカっ、これくらいやんねーと誤解しないだろっ」

 密着してきた兵藤を押し返そうとしたら、後ろの人にぶつかってしまい、力が抜けたら抱き合うくらいピッタリとくっ付いてしまった。

 人混みの中でイチャつくカップルを演出したいのかもしれないが、離れた位置にいる亜蘭に見えるかも分からない。
 それに見えたとして、亜蘭がどう思うのか……
 胸が押しつぶされそうになった時、ぽつぽつと頬に冷たいものが当たった。

「えっ………雨?」

 そんなわけはない。

 ここは室内だ。
 それも一流ホテルのパーティー会場。
 そこで、水漏れ……ではなく……

 何が起こったのか信じられなくて、目に映る光景が現実だと思えなかった。

 雨が降っている。
 いや
 雨ではない。

 ジリリリリというベルの音が鳴り響いて、ハッと周りを見渡すと、誰もが水に濡れていた。
 会場の天井からスプリンクラーの水が雨のように落ちてきて、招待客はずぶ濡れになっていた。

 みんなベルの音に気がついたのか、慌てて火事だ火事だと言って会場の出口に向かって走っていく。
 その中を俺と兵藤だけが立ち尽くしていて、お互い顔を合わせた。

「嘘だろう、自分ちのパーティーをぶち壊しやがったぞ。前言撤回、純粋なお坊ちゃんじゃなくて、とんでもねーやつだ。……なぁ、白馬」

 兵藤の声でこちらに向かって歩いてくる人の気配に気がついた。
 慌てて逃げる人達の中で、冷静で動じることない足音が俺と兵藤の横でピタリと止まった。
 火災報知機のベルや、スプリンクラーの音でうるさいはずなのに、その靴音だけやけに響いて聞こえた。

「亜蘭……」

 濡れていてもその美しさは変わることがない。
 顎から滴り落ちる水滴さえ、輝いて見えるのは気のせいだろうか。
 久しぶりに近くで見た亜蘭は、今までで一番生気がなくて、感情をなくしたような瞳で俺と兵藤を見ていた。

「ハッ、愛を向けられたのが恐ろしくて逃げ回っていたくせに、ドン引きするくらいの独占欲じゃねーか。自分がどんな顔しているのか分かってんのか? カッコつけんじゃねーよ、臆病者が」

 ここまで何も言わなかった亜蘭だが、空気が凍りつくような目で兵藤を睨んだ。
 兵藤が首元を押さえて苦しそうな表情をしたのを見て、俺は咄嗟に前のことを思い出してマズいと二人の間に入った。

「待って、今日パーティーに来たのは俺が兵藤くんに頼んだんだ。亜蘭は俺を避けていたでしょう。こうでもしないと、もう二度と話せないと思って……」

 亜蘭が威嚇をしたらいけないと間に入ったが、兵藤は構わないという勢いで前に出た。

「言っておくが、俺はちゃんと付き合ってくれと落合に告白した。あっさりフラれたけど、お前みたいに逃げたやつとは違う」

 兵藤の強い言葉に、亜蘭がもっと怒ったら大変だと思ったが、亜蘭は力をなくした様子で下を向いてしまい、ピリピリとしていた空気は萎むように消えていった。
 代わりに亜蘭は手を伸ばして俺の腕を掴んできた。
 まるでどこにも行かないでというように……

「……逃げずに話し合えよ。大事なんだろう?」

 そう言って兵藤は頭をかきながら、背を向けて歩き出した。
 声をかけようとしたら、気配を察知したかのように片手をひらひらと振って、またなと言って去って行った。



 広い会場はがらんとしていて水浸しだ。
 他の人はみんな避難して、中央のシャンデリアが照らすのは俺と亜蘭だけ。
 贅沢なのか散々なのか、わからない状況だ。

 亜蘭はずっと何も言わなかった。
 下を向いたまま、俺を掴む手が震えていた。

「室内なのに、まるで雨みたいだね」

 俺の言葉に、亜蘭はビクッと肩を揺らした。

「俺は兵藤が言った通り、臆病者だ」

 やっと亜蘭の声を聞くことができたが、まるで泣き続けたように、掠れている声だった。

「……愛なんていらないって言ったけど。本当は欲しくて欲しくてたまらなかった。ずっと望んでも手に入らないと思っていたのに、学が好きだって言ってくれて……本当に嬉しかった。でも、恐くなったんだ……やっと、やっと手に入れたのに、消えてしまったらって考えたら……、恐くて苦しくて……だから、背を向けて逃げてしまった」

 亜蘭だけじゃない。
 俺だって恐くて、亜蘭に向き合えなくて、住む世界が違うと逃げようとした。

 大丈夫だという気持ちを込めて、亜蘭の頭を撫でた。水気を含んだ髪は冷たかったけど、肌に触れたら温かかった。

「でも、ずっと胸が苦しいままで、学のことしか考えられなくて、また眠れなくなった。まさかここに学が来てくれるなんて思わなくて……一緒にいるのが兵藤なんて……、兵藤に奪われると思ったら、頭が真っ白になった」

「だから、こうやって掴んでいるの?」

「……うん。逃げたくせに、ひどい態度をとってしまったのに、ごめん……ごめんね」

「亜蘭……」

「どこにも行かないで……学を誰にも渡したくない」

 いつもどこか儚い雰囲気を纏っていたが、俺の足元に崩れ落ちている亜蘭は、今にも消えてしまいそうだった。

「亜蘭、顔を上げて。俺はどこにも行かないよ」

「学……」

 弱々しく顔を上げた亜蘭の瞳は、青い空のように透き通っていた。
 初めて見た時から変わらない。
 この瞳に自分が映ることが何より嬉しかった。
 その気持ちも変わらない。
 きっとこれからも、何があっても変わらない。

 胸が熱くなるくらい、そう思えた。

「あっ……、あのさ、俺に言うことあるんじゃない?」

 腰を落として亜蘭と同じ位置になった俺は、もじもじしながら亜蘭を見つめた。
 目を瞬かせた亜蘭だったが、すぐに分かったのか頬がパッと赤くなった。
 まるでりんごみたいで、亜蘭もこんなに照れることがあるんだと驚いた。

「学……、俺、好きだよ。学が好き」

 もう恐くないのだと、しっかり前を向いて亜蘭は俺を見てきた。
 美しいがぼんやりとしていて、儚げだった瞳に、はっきりと光が宿ったのが分かった。

 今までで一番、眩しい光だった。

「俺も、亜蘭が好き」

 亜蘭が泣きそうな顔で笑った。
 ゆっくりと、恐る恐るという感じで亜蘭の顔が近づいてきた。

 もうキスなんて何度もしているのに、亜蘭は緊張しているように唇を震わせていた。

 しっとりと優しく唇が重なってすぐに離れた。
 わずかに離れた亜蘭と間近で目が合った。

 好き

 声には出さなくても、お互いの目からそれは溢れていたのだと思う。
 どちらともなく抱き合った俺達は、再び唇を重ねた。

 今度はすぐに離れることはなく、何度も何度も角度を変えて、深く、離れていた分も埋めていくように、時間を忘れてお互いの舌まで飲み込んでしまうくらい、深く唇を重ねた。

 とっくにスプリンクラーは止まり、天井からポタポタと残りの水滴が落ちていた。
 ホテルの点検の人達が入ってくるまで、俺と亜蘭は抱き合ったまま離れなかった。





「悔しい……」

「え?」

 諸々、中止となったパーティー会場での打ち合わせが終わり、ホテルの廊下を歩きながら、亜蘭がムッとした顔で呟いた。

 今回のスプリンクラーの件は、結局原因が分からなかった。
 どこにも火災が起きたような形跡はなくて、報知器の経年劣化の誤作動だとみんな話していた。
 あのタイミングで起こるなんてまさかと思うが、今後の保障などの対応は上手くやるから大丈夫だと亜蘭は言っていた。

 とりあえず二人ともずぶ濡れなので、亜蘭が着替え用に借りていたという部屋まで行くことになった。

「今日の兵藤だよ。カッコいいところ、全部持って行かれた気がする……」

「はははっ、確かに」

「ううっ」

 手を振って去っていく兵藤の姿は、映画のラストシーンのように見えた。
 ぼんやりとその時の光景を思い出していたら、亜蘭がますますムッとした顔になっていた。

「胸がムカムカする。これが嫉妬?」

「え? 嫉妬してくれたの? それは嬉しいかも」

「くっっ、悔しいのに……、学の顔を見たら……ムカムカがドキドキに」

「ふふっ、それ面白い」

 このーっと言われて、亜蘭に脇腹をくすぐられた。
 やっと亜蘭がいつもの調子に戻ってきたので、俺は嬉しくて、ついついイジわるを言って笑ってしまった。

 廊下の突きあたりまできたら、亜蘭はカードキーを使って部屋を開けた。
 中に入ると、さすが一流ホテルのセレブ仕様の豪華でキラキラしたお部屋に思わず、おおっと声が出てしまった。

 こういう場所に来ると、アメニティグッズを確認したくなってしまう俺は、さっそくバスルームの扉を開けた。
 のんきにバスルームの中を見学していたら、亜蘭にガッと後ろから抱きしめられた。

「この服……兵藤が用意したの?」

「う、うん……俺、タキシードなんて持ってないし」

「いやだ」

「え?」

 濡れているから脱ごうとは思っていたが、亜蘭は何かを急ぐように後ろからボタンを外して服を脱がせてきた。

「他の男がプレゼントした服を着ているなんて……すごいやだっ」

「えっっ」

「なんだよ、似合っていて可愛いし! 会場で見た時、抱きしめたくてたまらなかった! 悔しい! 次は俺がプレゼントする!」

「亜蘭……え、わわっっ」

 亜蘭の嫉妬が可愛いなと思っていたら、今度はガンっと浴室の壁に押し付けられて、上半身のシャツは全開にされてしまった。
 亜蘭はあっという間に俺のベルトをスルリと外して、ズボンのチャックまで開けてきた。

「ま、まっ待って、いきなり?」

「好きだって分かったら、気持ちが溢れてきて爆発しそう。学……もう待てないよ。……だめ?」

 そう言って亜蘭は、下着の上から俺のを愛おしそうに頬で擦ってきた。

 そんなことをされたら、ひとたまりもない。
 ソコに熱が集中して、むくむくと反応してしまった。

 恥ずかしさで亜蘭を直視できない。
 顔が火照っていくのを感じながら、俺は目をつぶって、こくこくと頷いた。




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