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本編
⑮さくせん◯
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もう何度目か分からない。
スマホの画面を指で叩いて、何も表示されていないことを確認して、ため息をついた。
おかげで講義など頭に入って来ない。
教授の声がどこか遠くに聞こえていて、ノートは初めから終わりまで真っ白だった。
「ガックンさ、告白したでしょう」
「ええっっ!?」
横に座っていたルイは俺のことを観察していたらしい。
さすがの鋭さで、このため息の理由を見抜いてしまった。
マサは先に帰っていて、今日は二人だったのも関係しているだろう。
「それで、あまりいい返事がもらえなかったってとこかな?」
「いい返事というか……」
俺の家に遊びに来てもらって、亜蘭との心の距離は近づいたように思えた。
夜中に抱き合ってお互い欲望を吐き出したら、我慢できずに好きだと言ってしまった。
その時、亜蘭は何も言わなかった。
ただ体を綺麗にしてくれて、二人一緒に寝た。
いつも俺を抱きしめるのに、並んで眠りについた。
あまりに無反応だから、聞こえなかったのではないかと考えた。
亜蘭は翌朝、俺の両親に、にこやかに挨拶をして手を振って帰って行った。
でも、それきりなのだ。
亜蘭は仕事が忙しくなったと言って大学を休んでいる。
少しの時間でも足繁く通っていたのに、急に来なくなった。
そして毎週末は会ってたのに、それもごめんとだけ連絡が来て、また来週ねという俺のメッセージを最後に返信がない。
そして、その、来週もついに過ぎてしまった。
ここまでくれば疎い俺だって理解できる。
避けられているのだ。
そうとしか思えない。
原因は分かっている。
特別な友達という名前を付けて、曖昧な関係であったが、それを俺が変えてしまった。
好きだという一言が、亜蘭との距離をもっと遠くしてしまったことが悲しくてたまらない。
言わなければよかったのか。
目をつぶって何も見ないようにしていれば、今も隣に亜蘭がいたのか、そんなことばかり考えていた。
「ふーーん、なかったことにされた、ねぇ……」
「それが、答えだってことだよね。でも、もしそうじゃなくて、俺のこと考えてくれているのかもとか、見えない希望に縋ったりして……もう、嫌になる」
俺の話を聞いたルイは、顎に手を当てて真剣に考えている様子だった。
しばらくしたら、パッと顔を上げて、ひらめいたと言って俺の腕を掴んできた。
「そうだよ、追われるとさ、逃げたくなるのかも。それなら逃げられたら、追いかけたくなるじゃない?」
「はい?」
「学、恋愛にはね、駆け引きってやつが大事なのさ。なかったことになんてさせない! でもこれには……協力者がいる。思いつくのは一人しかいないけど……」
「へ? なっ、何を……」
ルイの頭の中が回転して、彼にしか分からない設計図でどんどん話が作られているような気がするが、何をイメージしているのか、サッパリ分からなかった。
ただ、ルイがボールペンで描くように示した先には、兵藤が大あくびしながら頭をかいて歩いている姿があった。
華やかな格好の人々が、シャンパン片手に談笑している中を、俺は小さくなりながら明らかに挙動不審な状態で歩いていた。
場違いであることは間違いない。
さっきから、ウェイターに間違えられて皿を渡されそうになり、慌てて逃げるという場面が何度かあった。
ビクビクしながら、どうしてアイツは早く来ないんだと床を睨みつけていた。
会場には、白馬グループ創立百周年記念パーティーと大きな看板が掲げられている。
広い会場は華やかな装いのたくさんの人で溢れかえっていた。
グループのトップである亜蘭の父親、海外から亜蘭の母親も帰国してこの会場にいるはずだ。
そしてもちろん、亜蘭も経営者一族の人間として、たくさんの人に囲まれているはず……。
そう、ここは、白馬グループのパーティー会場で、俺はそこに招待客として参加している。
亜蘭に会えなくなる少し前、このパーティーがあることを聞かされて、よかったら来てと招待用のカードをもらっていたのだ。
さすがにパーティーなんかに俺が行けるはずないと、鞄の奥に仕舞い込んでいたが、それを聞きつけたルイは、これこそ絶好の機会だと言ってきた。
確かにここに来れば亜蘭に会えるので、ドキドキと胸が高鳴ってしまうが、距離を置かれている身なので、冷たい反応をされる可能性の方が大きい。
無謀にも一人で乗り込んだわけではない。
今回協力者として、ルイが声をかけたのは兵藤だった。
俺の想い相手が亜蘭であることは言わずともみんなにとっくにバレていた。
ルイはこの作戦には兵藤が必要不可欠だと言った。
兵藤はルイの話を聞いて、面白そうだと言ってすぐに了承した。
ちょうどよく、同じ社長令息として兵藤にもこのパーティーの招待状が来ていた。
何やらルイと兵藤で作戦会議のようなものをやっていたが、俺が聞かされたのは兵藤に間に入ってもらい、亜蘭と話す機会を作ってもらう、ということだった。
そして今度は面と向かって、後悔しないように、しっかり告白する、という話になっていた。
パーティーのタキシードや、ヘアメイクも全部兵藤が手配してくれた。
用事があるから会場で落ち会おうと言われて、とりあえず会場入りしたはいいものの、兵藤の姿を探してもぜんぜん見つからない。
もちろん俺は上流階級の人々と繋がりなんて何もない。知らない人ばかりなので、気後れしながらずっと辺りを見回していた。
「あ………」
思わず声が漏れてしまった。
会場のずっと前の方、白いタキシードに身を包んだ亜蘭の姿が見えた。
心なしかやつれたように見える。
すっかり消えていた目元のクマがまた復活しているように見えて、俺は心配になってじっと見つめてしまった。
その時
亜蘭と目が合った。
時間にして数秒、亜蘭の目が驚いたように開いて、視線が重なり合ったのが分かった。
でもそれはすぐに終わってしまった。
亜蘭が目をそらしたのだ。
それも不自然に顔を背けてしまった。
ズキンっ
胸が強く痛んだ。
やっと近くまできて、目を合わすこともできた。
それなのに、明らかな拒絶の反応を見せられて、俺の心は凍りついた。
もう終わりだ。
来なければよかった。
そうすれば、現実を知ることなく、まだ偽りの希望に縋っていられたのに………
「悪い、待たせたな」
その時、視界を塞ぐように広い胸が目の前に出てきた。
「兵藤くん……遅い。俺……やっぱり帰るから。……ここまで用意してくたのに……ごめん」
「おいおい、パーティーはこれからだぜ。帰りたいなんて言わないでくれよハニー」
「えええ!?」
ズタボロ状態だったのに、いきなり素っ頓狂なことを言われて、思わず顔を上げると、なぜか兵藤はすぐ近くにいて、俺の頬を撫でてきた。
何をするんだと驚きで声が出なくて、パクパクと口を動かしたら、兵藤は小声で合わせろと言ってきた。
「いいか? アイツは成金のウチより、ずっと純粋なお坊ちゃんなんだよ。与えられることばかりで、失うことを知らない。何が大事かも理解できていないんじゃないか。俺達が仲が良いところを見せつけて、アイツの本心を炙り出すんだ」
「そっ、そんなっっ。逆効果だよ。……これで面倒なのが片付いたって……きっと……」
「それならそれでいい。その時はもらってやるから。ほら、顔を上げろ!」
有無も言わさず顔を上げさせられて、首元を撫でられた。
これじゃまるで猫を可愛がる時みたいじゃないかと思ったが、いつの間にか周囲の注目を浴びていた。
まぁ、最近の若い人はこんなところで、なんて近くにいたご婦人方から、お叱りみたいな声が聞こえてきた。
「ちょっ、これ、なんなの? なんでみんなジロジロ……」
「あ? 知らねーのか? 肉食系の獣人達の求愛のポーズだ。ヤル前はこうやって相手の喉元を撫でて愛を囁く。その方が燃えるんだ。恋人同士のスキンシップってやつ」
上流階級にいるのは肉食系の獣人が多い。
そんな話を聞かされたら、恥ずかしくなってしまった。
「おーおー、神獣殿はイラついていらっしゃる。グラスを落としたことにも気がついてないぞ」
「えっ……」
亜蘭が俺のことを見てくれたのか、気になって振り返ったが、集まってきた人達で亜蘭の姿すら見えなくなってしまった。
ちょうど白馬グループの役員達の挨拶が始まるとかで、右からも左からも人が集まってきた。
「すごい混んできたね。ちょっと後ろに下がろうか」
「ちょうどいいじゃねーか。この人混み、利用しない手はない」
「えっ?」
兵藤は混雑を利用して俺にぐっと近づいてきて、体が密着してしまった。
どうしようというのか。
混乱した状態で兵藤を見上げると、兵藤はニヤリと歯を見せて微笑んできた。
□□□
スマホの画面を指で叩いて、何も表示されていないことを確認して、ため息をついた。
おかげで講義など頭に入って来ない。
教授の声がどこか遠くに聞こえていて、ノートは初めから終わりまで真っ白だった。
「ガックンさ、告白したでしょう」
「ええっっ!?」
横に座っていたルイは俺のことを観察していたらしい。
さすがの鋭さで、このため息の理由を見抜いてしまった。
マサは先に帰っていて、今日は二人だったのも関係しているだろう。
「それで、あまりいい返事がもらえなかったってとこかな?」
「いい返事というか……」
俺の家に遊びに来てもらって、亜蘭との心の距離は近づいたように思えた。
夜中に抱き合ってお互い欲望を吐き出したら、我慢できずに好きだと言ってしまった。
その時、亜蘭は何も言わなかった。
ただ体を綺麗にしてくれて、二人一緒に寝た。
いつも俺を抱きしめるのに、並んで眠りについた。
あまりに無反応だから、聞こえなかったのではないかと考えた。
亜蘭は翌朝、俺の両親に、にこやかに挨拶をして手を振って帰って行った。
でも、それきりなのだ。
亜蘭は仕事が忙しくなったと言って大学を休んでいる。
少しの時間でも足繁く通っていたのに、急に来なくなった。
そして毎週末は会ってたのに、それもごめんとだけ連絡が来て、また来週ねという俺のメッセージを最後に返信がない。
そして、その、来週もついに過ぎてしまった。
ここまでくれば疎い俺だって理解できる。
避けられているのだ。
そうとしか思えない。
原因は分かっている。
特別な友達という名前を付けて、曖昧な関係であったが、それを俺が変えてしまった。
好きだという一言が、亜蘭との距離をもっと遠くしてしまったことが悲しくてたまらない。
言わなければよかったのか。
目をつぶって何も見ないようにしていれば、今も隣に亜蘭がいたのか、そんなことばかり考えていた。
「ふーーん、なかったことにされた、ねぇ……」
「それが、答えだってことだよね。でも、もしそうじゃなくて、俺のこと考えてくれているのかもとか、見えない希望に縋ったりして……もう、嫌になる」
俺の話を聞いたルイは、顎に手を当てて真剣に考えている様子だった。
しばらくしたら、パッと顔を上げて、ひらめいたと言って俺の腕を掴んできた。
「そうだよ、追われるとさ、逃げたくなるのかも。それなら逃げられたら、追いかけたくなるじゃない?」
「はい?」
「学、恋愛にはね、駆け引きってやつが大事なのさ。なかったことになんてさせない! でもこれには……協力者がいる。思いつくのは一人しかいないけど……」
「へ? なっ、何を……」
ルイの頭の中が回転して、彼にしか分からない設計図でどんどん話が作られているような気がするが、何をイメージしているのか、サッパリ分からなかった。
ただ、ルイがボールペンで描くように示した先には、兵藤が大あくびしながら頭をかいて歩いている姿があった。
華やかな格好の人々が、シャンパン片手に談笑している中を、俺は小さくなりながら明らかに挙動不審な状態で歩いていた。
場違いであることは間違いない。
さっきから、ウェイターに間違えられて皿を渡されそうになり、慌てて逃げるという場面が何度かあった。
ビクビクしながら、どうしてアイツは早く来ないんだと床を睨みつけていた。
会場には、白馬グループ創立百周年記念パーティーと大きな看板が掲げられている。
広い会場は華やかな装いのたくさんの人で溢れかえっていた。
グループのトップである亜蘭の父親、海外から亜蘭の母親も帰国してこの会場にいるはずだ。
そしてもちろん、亜蘭も経営者一族の人間として、たくさんの人に囲まれているはず……。
そう、ここは、白馬グループのパーティー会場で、俺はそこに招待客として参加している。
亜蘭に会えなくなる少し前、このパーティーがあることを聞かされて、よかったら来てと招待用のカードをもらっていたのだ。
さすがにパーティーなんかに俺が行けるはずないと、鞄の奥に仕舞い込んでいたが、それを聞きつけたルイは、これこそ絶好の機会だと言ってきた。
確かにここに来れば亜蘭に会えるので、ドキドキと胸が高鳴ってしまうが、距離を置かれている身なので、冷たい反応をされる可能性の方が大きい。
無謀にも一人で乗り込んだわけではない。
今回協力者として、ルイが声をかけたのは兵藤だった。
俺の想い相手が亜蘭であることは言わずともみんなにとっくにバレていた。
ルイはこの作戦には兵藤が必要不可欠だと言った。
兵藤はルイの話を聞いて、面白そうだと言ってすぐに了承した。
ちょうどよく、同じ社長令息として兵藤にもこのパーティーの招待状が来ていた。
何やらルイと兵藤で作戦会議のようなものをやっていたが、俺が聞かされたのは兵藤に間に入ってもらい、亜蘭と話す機会を作ってもらう、ということだった。
そして今度は面と向かって、後悔しないように、しっかり告白する、という話になっていた。
パーティーのタキシードや、ヘアメイクも全部兵藤が手配してくれた。
用事があるから会場で落ち会おうと言われて、とりあえず会場入りしたはいいものの、兵藤の姿を探してもぜんぜん見つからない。
もちろん俺は上流階級の人々と繋がりなんて何もない。知らない人ばかりなので、気後れしながらずっと辺りを見回していた。
「あ………」
思わず声が漏れてしまった。
会場のずっと前の方、白いタキシードに身を包んだ亜蘭の姿が見えた。
心なしかやつれたように見える。
すっかり消えていた目元のクマがまた復活しているように見えて、俺は心配になってじっと見つめてしまった。
その時
亜蘭と目が合った。
時間にして数秒、亜蘭の目が驚いたように開いて、視線が重なり合ったのが分かった。
でもそれはすぐに終わってしまった。
亜蘭が目をそらしたのだ。
それも不自然に顔を背けてしまった。
ズキンっ
胸が強く痛んだ。
やっと近くまできて、目を合わすこともできた。
それなのに、明らかな拒絶の反応を見せられて、俺の心は凍りついた。
もう終わりだ。
来なければよかった。
そうすれば、現実を知ることなく、まだ偽りの希望に縋っていられたのに………
「悪い、待たせたな」
その時、視界を塞ぐように広い胸が目の前に出てきた。
「兵藤くん……遅い。俺……やっぱり帰るから。……ここまで用意してくたのに……ごめん」
「おいおい、パーティーはこれからだぜ。帰りたいなんて言わないでくれよハニー」
「えええ!?」
ズタボロ状態だったのに、いきなり素っ頓狂なことを言われて、思わず顔を上げると、なぜか兵藤はすぐ近くにいて、俺の頬を撫でてきた。
何をするんだと驚きで声が出なくて、パクパクと口を動かしたら、兵藤は小声で合わせろと言ってきた。
「いいか? アイツは成金のウチより、ずっと純粋なお坊ちゃんなんだよ。与えられることばかりで、失うことを知らない。何が大事かも理解できていないんじゃないか。俺達が仲が良いところを見せつけて、アイツの本心を炙り出すんだ」
「そっ、そんなっっ。逆効果だよ。……これで面倒なのが片付いたって……きっと……」
「それならそれでいい。その時はもらってやるから。ほら、顔を上げろ!」
有無も言わさず顔を上げさせられて、首元を撫でられた。
これじゃまるで猫を可愛がる時みたいじゃないかと思ったが、いつの間にか周囲の注目を浴びていた。
まぁ、最近の若い人はこんなところで、なんて近くにいたご婦人方から、お叱りみたいな声が聞こえてきた。
「ちょっ、これ、なんなの? なんでみんなジロジロ……」
「あ? 知らねーのか? 肉食系の獣人達の求愛のポーズだ。ヤル前はこうやって相手の喉元を撫でて愛を囁く。その方が燃えるんだ。恋人同士のスキンシップってやつ」
上流階級にいるのは肉食系の獣人が多い。
そんな話を聞かされたら、恥ずかしくなってしまった。
「おーおー、神獣殿はイラついていらっしゃる。グラスを落としたことにも気がついてないぞ」
「えっ……」
亜蘭が俺のことを見てくれたのか、気になって振り返ったが、集まってきた人達で亜蘭の姿すら見えなくなってしまった。
ちょうど白馬グループの役員達の挨拶が始まるとかで、右からも左からも人が集まってきた。
「すごい混んできたね。ちょっと後ろに下がろうか」
「ちょうどいいじゃねーか。この人混み、利用しない手はない」
「えっ?」
兵藤は混雑を利用して俺にぐっと近づいてきて、体が密着してしまった。
どうしようというのか。
混乱した状態で兵藤を見上げると、兵藤はニヤリと歯を見せて微笑んできた。
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