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本編

⑪あかいの◯

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「なぁ。お前らって特別な友達?」

 キャンパスの銀杏並木の道を歩きながら、横で手を繋いでラブラブに歩いているルイとマサに声をかけた。

「は? 何言ってんだ。俺達は恋人同士だ」

 マサから、そうですよねという返答が返ってきて、俺は指で鼻を擦った。

「まぁ、元は友達スタートだけどね。って言うか、特別な友達って何なのさ?」

 そんなこと俺だって知りたい。
 特別な友達と呼んで、友達同士ではありえないことをしてしまった。
 そして恋人同士というわけでもない。
 俺の特訓の延長だからと割り切って考えていいものなのか、そもそも恋愛経験のない俺は完全に迷路に入っていた。

「何かあったの? 思い詰めた顔をして……」

 ルイが心配そうになって俺の頭を撫でてきた。
 ルイは勘が鋭くて、俺の変化をすぐに察知してしまう。
 ルイにこの胸のモヤモヤを全部話してしまいたいが、とても他人に話せるようなことではなくて、ぐっと飲み込んで笑顔を作った。

「何でもないよ。さっきの小テストが上手くいかなくてさ」

「あー、あれはひどいよな。山ジィ、抜き打ちとかマジやめて欲しいぜ」

 マサが話に乗ってくれて、話題がそれたのでホッとした。
 ルイはまだ疑っているように俺の顔を見ていたが、何とかごまかして笑顔を作り続けた。







 特別な友達。
 そう呼び合って、秘密の特訓を始めてから、俺と亜蘭の関係は変わってしまった。

 倉庫での昼寝も、ただ俺が時間まで膝枕をするだけだったのに今は……

「んっ……ふっ……っっ……ぁぁ……」

 亜蘭の長い舌が入ってきて、俺の舌ごと絡め取って、喉の奥まで舐められてしまった。
 亜蘭の舌は本当に長くて、奥まで舐められるとえずきそうになってしまう。
 亜蘭の背中を掴んで何とか耐えたら、熱い吐息とともに口内をこれでもかと舐め尽くされた。

 俺が想像していたキスというのは、もっと小鳥が啄むような軽いものだった。
 あの秘密の特訓をした次の日から、倉庫での昼寝の時に亜蘭は俺にキスをしてきた。
 初めてのキスからこの調子だ。

 抜き打ちで耳が出ないかの特訓なんだと頭に言い聞かせて、必死に我慢をしていると、亜蘭はいつの間にか寝息を立てて寝てしまう。

 もう膝枕ではなく、二人で狭い簡易ベッドに寝転んで、亜蘭は俺を抱きしめながら眠るようになってしまった。

「はぁ……こんなキスをして……寝ちゃうなんて……」

 今日も俺の口を吸っていたと思ったら、コテンと寝てしまった亜蘭。
 ぎゅっと抱きつかれているので身動きが取れず、俺も仕方なく目を閉じた。

 もちろん俺は簡単に眠れるわけがない、
 あの日の亜蘭の手の熱さを思い出して、アソコはギンギンになってしまい、静まれ静まれと繰り返しながら、ひたすら耐える時間だ。

 これなら一緒に暮らして夜寝た方がいいのにと思ってしまい、慌てて頭に手を当てた。
 いくらなんでもそういう関係ではない。

 理解できないが特別な友達ということで、友達より一歩進んだ関係のような曖昧なものを続けているだけだ。

 亜蘭は俺とは何もかも違う神獣さまだ。
 浮かれて深みにハマってしまったら、もういいと役を下された時、俺は立ち直れなくなってしまう。
 こんな風に性的な接触を持つようになって、亜蘭はますます俺の中で大きくなっている。
 俺を抱きしめながら気持ち良さそうに眠る、天使のような寝顔を見ながら、俺は深いため息をついた。






「行きたいところ?」

「そう、うちでゆっくりするのもいいけど、たまには学と外に行ってみたくて」

 お昼寝から目覚めた亜蘭は目を擦ってあくびをしながら、俺に行きたいところはないかと尋ねてきた。

「そうだなぁ……、そういえば先月オープンした駅前の商業施設、水族館もあるって聞いたから、そこに行ってみたいな」

「いいね。そこにしよう」

 柔らかく笑う亜蘭を見ながら、俺はまるでデートみたいだなと思って顔を赤くした。

 週末の約束をした後、亜蘭は会社の方に呼ばれたとかで午後の講義には出ずにそのまま帰って行った。
 別れ際、手を絡ませて目の上にキスをされてしまった。

 手を振って背中を見送った後に、今のシーンを誰かに見られていたらなんと思われるだろうと考えてしまった。
 その考えの答えをくれる男が、がさりと中庭の草をかき分けながら登場したので、俺は驚いて声を上げてしまった。

「わっっ、兵藤くん!!」

「おう、久々だな。落合」

 頭に葉っぱを乗せて、兵藤がのそのそと歩いてきた。
 まさかのベンチなら分かるが、草むらに入って寝転んでいたらしい。
 さすが獣人、野生的過ぎてびっくりしてしまった。

「声がすると思ったら、変な場面を見せられたじゃないか。お前らやっぱり付き合ってたんだな」

「えっ……いや、さっきのは……挨拶? みたいなもので……」

「はぁ? ずいぶんと濃厚な挨拶だな。あのさ、ちょっといいか?」

 どうやら俺に何か話があるらしく、カフェに行かないかと誘われてしまった。
 兵藤と二人という状況に少しビビっていたが、コーヒーを奢るからと押し切られて、俺は仕方なく頷いた。
 じゃあ行こうと、足取り軽く歩いて行く兵藤の後を追って、俺も歩き出した。






 まるでこの前の再現みたいだと思いながら、コーヒーを飲んで顔を上げると、目の前に座っているのは亜蘭ではなく別の顔、兵藤だった。
 停学から復帰して、しばらく顔を合わせていなかったが、大人しくしていたようだ。

「この前の件さ……、色々と悪かったな。巻き込んじまって」

「もう、いいよ。足の方は大丈夫なの?」

「足? ああ、あれくらい、蚊に刺されたようなモンだ」

 気まずそうな顔で、生クリームがたっぷり載った甘いドリンクを飲んでいる兵藤を見て、思わずぷっと噴き出してしまった。

「な、なんだよ」

「ずいぶんと可愛いの頼むんだなと……」

「んだよ、うっせー。好きなんだからいいだろう」

 口にしてから、バカにされたと怒られるかと思ったが、兵藤は恥ずかしそうにしながら、ごにょごにょと呟いた。
 その姿が昔隣の家が飼っていた犬に見えて可愛く思えてしまった。
 よく学校から帰った後、撫でて一緒に遊んだ。
 懐かしいなと心がキュッとしてしまった。

「お前って、草食系のタヌキにしては珍しいな。だいたい俺達のこと恐がって目も合わせないのに」

「もともとはそうだったよ。兵藤くんとは少し話をして、なんとなく恐くなくなったから……」

「草食系のヤツらは怯え過ぎなんだよ。こっちだって、何もしてねーのに、ビクビクされたら、どう扱っていいのか分からん」

「そりゃ、本能的なものがあるし……、だいたい兵藤くん達だって、普段から食ったとか……残虐なことを口にしているから……」

 教室で何人食ったとかの会話を聞かされたら、怯えるなと言われるのは無理な話だ。
 それを言うと兵藤は、ポカンとした顔で口を開けて驚いていた。

「おまっ……、もしかして、マジで食い殺しているとか思っていたのか? いつの時代だよ! 食うってのはヤるって意味だよ。仕方ないだろう、モテるんだから、黙っていても種付けしてくれってヤツがくるんだよ」

「そうだったの……てっきり……」

「アホっ、この食に溢れた現代で、わざわざ獣人を食べるなんて危険なことをするのは、犯罪者だけだ」

 そう言われたら、ただのパリピのモテ自慢だったのかと、気が抜けてしまった。
 またもや、この世界の常識を確認したところで、兵藤が顔を近づけてきた。

「お前こそ、あんなところで耳を出すなんて、驚いたぞ」

「あ……あれは、変な意味じゃなくて、俺、コントロールができないから」

「なんだそれ、マジかよ」

 言い訳するのが面倒くさくなって、ハッキリ言ったら、俺ではなく兵藤の方が恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

「エロ……」

「は? 何で? そんなの変態でしょ」

「いや、エロいわ……。それにお前、前よりエロくなった?」

 何を言い出すんだと、カッと顔が熱くなった。
 さっきまで萎れていた兵藤が、急に目をギラつかせて俺のことを見てきたので、椅子を鳴らして後ろに引いた。

「なぁ、白馬と付き合ってないなら、俺と付き合わないか?」

「へ!? なっ……! ええ!?」

「いや……、なんかさ。この前から気になっちまって……。俺、そっちの方は凄いって自信あるし」

「そんなところアピールされても……。えっ、本気なの? 俺、草食系だよ……」

「今どき、そんなの気にしてんのかよ。俺の両親はヒョウとクマだけど、仲悪くて家の中ぐちゃぐちゃだ。グループがどうとかなんて、関係ねーよ」

 兵藤の強い言葉に胸が揺れた。
 何もかも違う、そうやって線引きしていたのは俺自身で、それぞれ違うことなんて当たり前なのだ。
 俺の中で固まっていた何かが、ゆっくり溶けていくような気がした。

「ごめん、兵藤くん。……俺、気になっている人がいるんだ」

 頭の中に思い浮かべているのは、あの笑顔だ。
 手が届きそうもないくらい、遥か遠いところにいる人。

 手を伸ばしてみてもいいだろうか。

 心に小さな火が灯ったのを感じた。






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