竹盗物語

江洲 憩

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序幕「銭形門左衛門」

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 ――狙った獲物の『黄金のなよ竹』は、眩い光を放ち美少女になっていた。

 なよ竹のかぐや。

 彼女は、澄んだ瞳でそう名乗った――


「どうしたのですか? お父様、お母様。黙ってしまって」

 お父様と呼ばれる俺は、状況の把握と整理に混乱していた。
 俺がからくり人形であったなら、頭のゼンマイがぶっ飛んでいただろう。
 そんな俺の傍らで、阿国が口を開きだす。

「かぐや。これからはアタシ達が親だからね、困ったことがあったら何でも言っておくれな?」
「はぁッ⁉︎」

 何をおっしゃる、阿国さん!
 かぐやとかいう娘が一礼をした隙に、阿国のたもとを引っ張り文句を言う。

「……なにサラッと親になってんだ」
「この子が久吉の宝で間違い無いだろうからね、何か秘密がある。ここで親と認めた方がアタシ達の得になるってもんさ」

 この一瞬で阿国は冷静に算盤そろばんを弾き、すぐさま損得勘定に持ち込んだ。
 悔しいが俺と違って頭の歯車がうまく噛み合っているらしい。

「だからって、俺とオメェが家族だなんて……」
「なんだい。アタシ達は腐れ縁だし、家族みたいなもんじゃぁないか?」
「ま、まぁ阿国がそういうなら……」

 長い付き合いで阿国を異性として見ないもんだが、不覚にもドキッとしてしまった。
 見た目は正直、そこらの花魁おいらんなんかよりも色っぽく守銭奴しゅせんど以外は良い女だ。

「お父様、顔が赤いです。熱でもあるんじゃ?」

 かぐやは心配そうに綺麗な顔で俺の顔を覗き込む。

「え、あぁ、ちょっと体調が悪くてなぁ!」
「大変、お薬を用意しなきゃ」
「薬なんかいらねぇよッ‼︎」
「バカ、声が大きい……!」

 照れ隠しで大きな声を出してしまったが、よくよく考えたら俺達は盗みに入っている最中であった。
 俺の大声よりも更に大きな声が響き渡る。

「石川五右衛門、しばらく待てぇえーッ‼︎」
「やべッ……この声は……」

 月夜に照らされていたはずが、声の主率いる無数の御用提灯ごようちょうちんに照らされ囲まれる。

「ふははははッ! 盗人ぬすっとめ、袋の鼠とはこのことよ‼︎  この銭形門左衛門の包囲網、いざ神妙に縄にかかれぇッ‼︎」
「相変わらず手厚いお迎えでご苦労なこったな、悶々もんもんちゃん」
「悶々ではない、門左衛門だ!」
「あら門左衛門の旦那、ここで見逃してくれたら後で良いことしてあげるわよ?」

 阿国は自分の手でうなじから肩へと襟を広げて誘惑する。
 門左衛門は頬を赤らめ悶々としているが、俺はこいつと同じ顔をしていたのかと思うと悲しくなった。

「阿国様と良いこと……! いやいやッ、久吉様の宝である『かぐや姫』を御守りするのが我が役目。者ども、五右衛門をとらまえよぉおーッ‼︎」
「「はぁっ!」」

 十手じって捕縄とりなわを駆使して襲いかかってくる捕手とりて達。
 俺はそいつらを軽くあしらい、黄金のキセルでバッタバッタと薙ぎ倒していく。

「阿国! 悶々はオメェに任せたぞ!」
「あいよっ、その代わり大事な娘はアンタに任せたよ!」

 阿国は門左衛門を誘惑して消えていった。
 俺は、かぐやをお姫様抱っこして走り出す。
 向かい風と共に襲いかかってくる奴らを蹴りで仕留めながら、尚走る。

「お父様、体調悪いんじゃ……」
「元気になったから安心しろ!」

 こんな状況で他人の心配なんて、よく出来た娘だ。
 かぐやは抵抗もせず抱えられている。

「そーいやオメェ、本当の親はいねぇのか?」
「……? いま目の前に」
「ちげぇよ、俺たちよりも前に……」
「わかりません……」
「……孤児みなしごってとこか」

 前の親は知らないと聞きながら、目の前の敵を蹴り倒していく。

「お父様、気絶ではなく止めを刺すべきでは?」
「……オメェ、可愛い顔の割にゃぁひでぇこと言うなぁ」

 段々と提灯の明かりが減っていく。

「かぐやぁ、よっく聞けぇえッ‼︎」

 一人また一人と気絶させ、大見得切って芝居じみたセリフを聞かす。

「盗みはすれど非道はせず! これが俺様、石川五右衛門のモットーだぁッ!」
「非道はせず……」

 かぐやは綺麗な瞳で俺を見る。

「悪りぃ野郎の私欲は盗むが、人の命は尊いもんだ。そればっかりゃぁ盗んじゃいけねぇ。ふふん、どうだカッコいいだろう!」
「カッコいい」
「イケメンだろ?」
「イケメン」
「おーおー、この五右衛門様の魅力が分かるタァ、中々に見込みがあるじゃぁねぇか! よしっ、気に入った‼︎」

 満月の夜。
 俺に姫様抱っこされている姫様を見て、高らかに宣言する。

「かぐや! オメェは俺の可愛い娘だ‼︎」
「はい、お父様!」

 笑顔で語りかけると、かたりではないであろう綺麗な笑顔で返事をしてくれた――
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