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12月◎日、獣神王、そして狸親父と狐と鼓

47.描々懇々、拝啓お元気ですか。

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 ――久しぶりの夢を見た。

 絵世界が、まだ無法地帯だった頃。
 アタシは狐の里に住んでいた。
 狸の一族に襲われて家族を失い、絵世界から逃げ出した。
 
 母の声が聞こえて彷徨うと、一人の女性が鼓を打っていた。


 そんな夢。
 懐かしい光景だなァ。


 拝啓、二人の母さん。

 私は柄にもなく、落ち込んでいます。
 生徒達が成長するのは嬉しいのですが、
 未来を思うと、
 まるで鼓の調べの様に、
 胸が締め付けられてしまいます――


 ミィの寝返り猫パンチでアタシは起きた。

 まったくミィったら。
 いい年して、お腹を出して寝ちゃって。
 アタシは嫌でも早起きしちゃうのに……
 
 ……って、トラもヘソ出してるじゃねぇか。

 まったく人の心配もしらねぇで。
 まぁ、トラはまだまだお子ちゃまだからな。

 同じ格好の二人に布団を掛けてやる。
 昨夜の辰兄しんにいィの件での疲れもあるんだろう。
 二人は、一先ずアタシの家に泊めることにして、カノ子は側近の二人に任すことにした。

 ……あいつらはしっかりしてたよなぁ。


 昨晩、牛屋の牛丼を鳳家に持って行った時、

『カノ子、大丈夫か?』
『はい! 私は大丈夫です!』

 嘘を吐いてないか、又は精神が崩れてないか、心を見るとしっかりと自立した魂が笑っていた。


 ――心配しなくても、私は大丈夫ですよ?
 こう見えても、しっかり屋さんなんですから!
 それよりも……ジュラが心配です……


 カノ子と顔つきが少し違うようだが、肩透かしを食らった気分だった。
 自分の心配よりも他人の心配か……。
 余りにも心に傷がついていたなら、記憶の改竄かいざんも有りうると思ったんだがなァ……

『ほら、これ買ってきたから……』

 トラとミィを寝かせてから買ってきた牛丼をカノ子に差し出したら、

『駄目です先生、ファストフードをお嬢様には渡せません』

 ……と、櫻が怒った。

『えー、櫻。たまにはいいじゃない!』

 ……と、カノ子も怒る。

『駄目です。旦那様は……もう、どうでもいいとして、京子様が知ったら何を言われるか分かりません』
『んー、確かにママは何て言うかなぁ……慶はどう思う?』

 そんなカノ子が慶に言葉を振ると、

『お嬢様と一つ屋根の下で寝食……おじょうさまとひとつやねのしたで……』

 んー。
 さっきまであんな大変な事があったのに大物だな、コイツら。
 アタシは気を変えて、

『京子ちゃんなら「バランス良く摂れば、大丈夫!」って言いそうだけどな。……まぁとりあえず皆、元気そうで安心したよ。冬休みまでまだあるし、さっきの事もある。早く寝ろよー』
『お嬢様と寝る、ねる、ねる……』

 狂犬のような慶も、やはりカノ子には敵わないみたいだ。

『先生、わざわざ牛丼を買って頂いたのに申し訳ありません。ここは私達二人が御嬢様を必ず守りますので、安心してください』
『あーいや。逆に気を遣わせて、すまんかったな』

 牛丼ならいくらでも、アタシは食べられるしなァ。

『先生。トラくんとミィちゃんをよろしくお願いします……!』

 まーた他人の心配をして……


 アタシはそんなカノ子が愛おしくなり、つい抱きしめてしまった。


『カノ子が皆を心配するように、先生はカノ子が心配なんだ。たまには甘えてくれよな?』


 カノ子は、きゅっと優しく抱きしめ返してくれた。
 やっぱりこの子は、アタシなんかよりも数倍、いや数十倍も優しくて強い子だ。
 慶は置いといて、ここは櫻に任せておけゃァ大丈夫だろうと、結界を家全体に掛けて帰路に就いた。

 その途中で鳥居の前を通り、余った牛丼を思い出し、アタシは大きな鳥居をくぐる。
 本殿の脇には小さな数基の鳥居。
 また鳥居を潜ると小さな稲荷神社があり、狐の石像が複数置いてある。
 
「明日には片付けるからいいよな」
 
 妖術で牛丼の玉葱をチョチョイと取り除き、石像の前にお供えして手を合わす。


 
 ――みんな。アタシの大好物だよ。



「ふにゃごーーーーっ‼︎」

 ミィのイビキでハッとする。
 ……やべっ、少し思い耽り過ぎたな。
 二人が起きる前にちゃちゃっと作るかァ。

 一人暮らし用の小さい冷蔵庫から、卵とベーコンを取り出して、鮭の切り身も特売の日に買い溜めておいたから人数分はあるな。
 ご飯は久々に3合分炊いたから良し。
 まぁ、味噌汁はインスタントだな。
 お湯はケトルで沸かしてっとー。

 小さい頃、まさかこんな人間染みた事をするとは夢にも思っていなかった。

 あ、食器がアタシの分しかないや。
 ま。これでいいだろ。

 妖術で食器類を召喚する。

「また妖力使うと氾濫罪とか言われますよ……?」
「おぉー、トラ。起きたか!」
「おはようございます……」

 寝ぼけたつらで目を擦りつつ挨拶をする無礼者。
 寝ぐせまでつけやがって、可愛い奴だな。

「妖力の件は、どーせ巳雲のいちゃもんにすぎん!」
「あー、そうですか。……あの、作ってもらって申し訳ないんですが、食欲無くて……」

 メンタルが豆腐並みのトラだ、昨日の件を引きずってるなァ?

「ダメだ、ほら! 腹が減っては何とやらって言うだろう? 辛い時こそ、ご飯を食べて元気を出すんだ!」
「……わかりました。じゃあ、ちょっとトイレ借りますね」
「おぅいいぞー。あ、洗濯機に入ってるアタシの下着で変な事するなよなァー」
「……だ、誰がするかッ‼」

 どうやら目が覚めたようだ。
 さて卓袱台ちゃぶだいに並べてっと。
 ご飯は左、お揚げの味噌汁は右で、ベーコンエッグと鮭は……

「にゃー! しゃけのにおいだにゃーっ!」
「おい、こら! 摘まみ食いはダメだぞ!」
「ふにゃぁ……」
「それに食べる前には『いただきます』だ。ちゃんと自然の恵みと、動物達の命への感謝を忘れずに!」
「はーいだにゃー」

 耳を萎れさせるミィを見て思わず笑ってしまう。
 猫だった時、いただきますなんて言わないもんな。

「あ。待たせちゃって、ごめんなさい」
「ほんとだぞー、トラ。まさかアタシの下着で……」
「怒りますよ……?」
「あっはっは、冗談だ冗談。それじゃ!」

「「「いただきますッ!」」」


 久々に家族の様に囲む食卓は、私の心を癒してくれました――
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