16 / 16
PSYCHIC 16
しおりを挟む
「多分、ポケットに入っているんじゃないか?」
「え……ぼ、ぼくがやらなきゃダメなんでしょうか?」
「お前以外、誰がやるんだよ」
「オイラが渡した電波遮断装置はどこら辺に設置したんだぁ~?」
「それは私が取って来ますよ」
闇夜に響く男達の声。
彼らの持つ懐中電灯の明かりを目印についてきたものの、彼らにバレないよう神代は少し離れた草藪で息を顰める。
虫よけスプレーや、手首に装着するタイプの虫よけをつけているが、いくつものモスキート音が鼓膜を震わせ不愉快極まりない。
そんな中でも、じっと身を小さく丸めて彼らの会話を盗み聞きし、動きを観察していた神代は、「なるほどね……」と小さく呟いた。
『ポケットかバッグの中』
『電波遮断装置』
その二つの単語から導き出されるものは、『中山の死は他殺』だということ。
まず、ポケットの中に入っているものと言ったら、ハンカチかスマホぐらいであろう。
スタッフが一斉に彼女からのメールを受信したのは、間違いなく予約送信アプリか何かを使っていた筈。
その痕跡を消し去りたいからであろう。
もしくは、スマホの中に見られたらヤバい情報が入っているのかもしれない。
それと、電波遮断装置。
あの時、いきなり電波が届かなくなり、スマホを使えない状況に仕立てた装置だ。
これもまた、何も知らない人達が霊障だと勘違いさせ、パニックを引き起こして、誰一人反対意見を言わせずに、すぐにでもこの場を離れさせる為の作戦。
そうすることで、犯人は後々理由をつけて、警察が来る前に殺害現場に戻って証拠を隠滅させるつもりだったことは、この状況を見れば明らかだ。
しかし、腑に落ちないのが、これだけの人間が中山の死に関係しているということ。
彼女はそこまで彼らに恨まれていたのか?
それとも、彼らの絶対に世間に知られたくない秘密や弱味でも握っていたのか?
後者だとするなら、人を殺す程の秘密とやらが気になるところ。
今、遺体の周りで証拠隠滅処理を行ってる四人は、全員中山殺害に関与している。
いわば『仲間』だ。
周りには彼らの他、誰もいないと思い込んでいる状況下において、大罪を犯した共犯者たちは、他では決して話せないことをポロリと口にするだろう。
人の心とは、罪悪感や後ろめたさといったものに、そこまで耐えられるものではない。
誰にも話せないということは、それだけストレスも溜まるし、罪の意識も時間が経てば経つほど深まっていくもの。
同じ気持ちを共有出来る「仲間」がいることに安堵し、仲間の前だけなら、自分の抱えている不安な気持ちや後悔、そして、何でこんなことになってしまったのかを吐露したくなるものだ。
誰か一人でも口を開けば、あとはそれに同調するかのように、皆が喋り出す。
では、彼らが後悔も罪悪も感じない残虐非道な極悪人だとしたら?
それなら逆に、殺人を犯した快感と恍惚感から人に話したくて、自慢したくて仕方がないだろう。
むしろ、皆のいる前で犯人のヒントになることや、ついつい表情が緩むだとか、何かしらあってもおかしくはない。
中山に対し、相当な恨みがあっての計画的な殺人ならば、余程の理由や、相手への信頼感がなければ人には頼まないはず。
共犯者がいることでかえって自分の身を危険に晒すデメリットもあるのだから、彼らのようにつるんで行動することなどない。
神代は色々な場合をシュミレーションし、誰かが一言を漏らすのを虎視眈々と待つ。
慎重に中山の遺体に手を伸ばす瀬奈川と、彼の手元を明るく照らす野々村。
これじゃぁどっちが照明係だよとつっこみたくなる。
本来、現場に足跡を沢山残すことは、犯人の痕跡を消す事になるので、絶対にやってはいけないこと。
だが、中山の遺体を発見した時点で、多くの人間が周りを踏み荒らし、犯人の足跡など、もう既に消えてしまっているであろうし、もし、実行犯が彼らの中の誰かだとしたら――万が一、ここにはいない彼らの知り合いだとしたら、逆にわざと痕跡を消しているのかもしれない。
「の、野々村さん……ないんですけど……」
「そんなワケねぇだろ。もっと探せよ」
「でも……ほ、本当に……」
泣きだしそうな声を出す瀬奈川に苛立った様子の野々村も、冷たくなった彼女の体に障ろうとした時、電波遮断装置を回収した二人が戻って来た。
「もう電波は届くはずっすよぉ~。見つからないなら、電話かけてみりゃぁいいんじゃないんですかぁ~? そうすりゃ、着信音でどこにあるかわかるっしょぉ?」
「山岸さんは馬鹿なんですか? さっきの段階で彼女の遺体を皆で発見したんですよ? 死んでいると分かっている中山さんに電話をかける必要性が普通ならありません。そうなると、警察が捜査した時、着信履歴を消したとしても、電話会社に記録の提示を求められたら一発で怪しまれますよ」
冷静な賀茂の判断は正しい。
やはり彼は頭がいいなと、神代は感心した。
「じゃあ、スマホの回収はどうする? ずる賢いコイツのことだ。スマホの中のデータに色々不都合なことが残してある可能性だってあるぞ」
「そ、そうですよ……この人……あの時のことだって……こっそり携帯の動画に撮っていましたし」
「その辺のことは多分、あの人が何とかしたんだろ。じゃなきゃ、こんな指令なんてしねぇよ」
「そうですね。ボク達にこんなことをさせるということは、例の動画はちゃんと処理されているんでしょう」
彼らの話を聞いて神代は、ここにいる人間意外に黒幕がいることを確信した。
野々村の言う「あの人」というのは一体誰なのか。
会話の中で出て来た「動画」という単語。
これだって、かなり重要なポイントだ。
中山はその動画を使って彼らを脅していたのかもしれない。
男数人を脅せるような動画。
しかも、その動画を出回せないために殺人、もしくは殺人幇助という犯罪に手を染めるなんてことは、よっぽどの内容なのだろう。
彼らは一体何をしたのか。
一つの謎が解ければ、また、一つ二つと謎が増えていく。
蚊の羽音が気にならなくなるほど、神代は四人の言動を注視していたのだが、その時、背後からゾクリとする視線を感じた。
『人ではない――――』
震えるような怒りに満ちた気配が辺りに充満していく。
とはいえ、当然のことながら、何の能力ももたない彼らは気が付いてはいない。
スタジオの中でも。
そしてロケ中でも。
陰陽師の名を語り、多くの呪術や浄霊を行ってきた賀茂ですら、何の反応もせずに、四人で話し合っている。
『やっぱりな』
最初から分かっていたことではあるが、彼には何の能力もない。
それどころか、陰陽師の末裔だというのも、番組が作り上げたでっち上げなのだろう。
霊能者や陰陽師といった特殊な能力を持つ人間はオーラ(生体エネルギー)が普通の人間よりもかなり多いだけでなく、霊的なオーラも漂わせているもの。
普段、能力を使わないときでも、強いパワーを持っている人からはどうしても漏れてしまうのだが、賀茂からはそういったオーラを感じることが一度もなかった。
除霊や浄霊といった霊能力を使っている時にですらなかった。
それが人気番組を作るうえで必要なことなのも分かるし、演出なのも分かっていた。
けれど、今回のロケバスの中での騒動やロケ地での彼の行動は、ディレクターの田口ですら知らなかった様子。
番組の演出でもない不可思議な出来事に、黙って様子を見守って来たのだが――――
『そういうことね……』
人間の持つ生体エネルギーというものは千差万別。
指紋や遺伝子が違うように魂や霊が放つオーラやエネルギーというものも個々に違う。
恨みつらみ、嫉妬や欲望といったドス黒い念とは違い、怒りの中にも悲しみと、信念とでも言うべき強い想いが込められた真っ赤な炎のような念が、自分の知っている霊が持つ霊エネルギーと同じ波動を持つことに気が付いた神代は、今まで疑問であったことの点と点とが結ばれて、妙に納得したものの、それでもまだ謎が残る。
だが、ここで考え込むわけにはいかない。
自分の背後から彼らに向かって移動する気配を感じ、思考の世界に入り込む前に、現実の世界に引き戻される。
『ったく。面倒くせぇなぁ……』
頭をボリボリと掻き、小さく息を吐き出すと、自分の横を通り過ぎた時にポソリと呟かれた言葉を思い返し、「そうはいかないっしょ」と呟き、すぐにでも四人に襲い掛かろうとしている霊に向かって、自身の念を送り込む。
『手を出したら、あんたもアッチ側に引きずり込まれるよ』
そっけない言い方ではあるが、その語りかける口調は柔らかい。
決して声を出しているわけではなく、相手の思念に直接自分の考えを脳波に乗せて送り込む。
ザワリと空気が揺れるのを感じ取る。
辺りの闇に紛れて四人の周辺を取り囲もうとしていた黒い霧のようなものが、一ヶ所に集まりだすと、人の形へと変わっていく。
神代に背を向けた格好で姿を現したのは、女性の霊体。
映画やドラマなんかで見るような、コンピューターグラフィックで造られた3D映像のように透き通った姿を幽霊はしていると勘違いしている人はかなり多いのだが、実際はそれだけではない。
フルカラーでしっかりと目に視えるものもいれば、灰色のノイズがかったような場合もあるし、黒い影しか視えない場合だってある。
それはその人自身の能力の強さや、霊感のチャンネルの合わせ方、相手との相性もあるが、それだけではなく、霊体の死因や死んだときの感情、地縛霊や浮遊霊、悪霊に守護霊等と様々なパターンで視え方が違って来る。
今、神代が見ている彼女の姿は少し前まで見えていた彼女とは違う。
薄く透けたような姿ではあるものの、その表情は、時折悔しそうに下唇を噛む事はあっても、基本的には穏やかで温かく、それでいて心配そうにたった一人を見守っていた。
それが今では、全体に歪みが生じ、どこか薄ら暗い。
これは彼女の心に曇りが生じている証拠である。
『こいつらが貴女に何かをしたんですか?』
なるべく刺激しないように丁寧な口調で問いかける。
ゆっくりと振り返った彼女の顔を見て、神代は少しホッとしたように肩から力を抜いた。
禍々しい雰囲気を纏ってはいるものの、まだ、彼女の目は冷静な光を湛え、憎しみや殺気といったものを自分自身でコントロールしているのが分かった。
心の全てが悪しきものに乗っ取られ、生きている者に手を出してしまってからでは遅い。
良心がまだあるうちならば、彼女を救うことは可能だ。
ジッと彼女の目を見つめ、急かさず静かに答えを待つ。
彼女の周りに揺らめく嫌な『気』が、どんどん小さくなっていく。
男性ウケのする綺麗な顔立ち。
少しキツそうではあるものの、凛とした雰囲気を持った彼女の正体は初めて見た時から分かっていた。
伊達に、サブ霊能者をやっているわけではない。
仕事に入る前に、きちんと下準備っていうものもちゃんとやっている。
特に、今回のようにターゲットである霊が決まっていて、更に、心霊スポットなんていう場所での仕事だった尚更だ。
ターゲットの生前の写真をチェックしておくのは当然のこと。
ためらうような表情で中々口を開かない彼女に対し、自らの口から自分の名前や過去に何が起きたのかを話してもらいたかったが、そうはいかなくなった。
邪悪な気配が木々を搔き分け、森林の中をこちらに向かってやってくるのを感じる。
多分、この地で亡くなった人や、あの崖で自殺した人たちの怨念が集まったものであろう。
彼らは、自分達と同じ嫉妬や欲、恨みや怒りといった悪しき波動に吸い寄せられ、それを自分達の中に取り込む。
一体一体の力は弱い低級霊でも、蟻集まって樹を揺るがすがごとく、負のパワーを増大させ、やがて人だけでなく、その地域全体に悪影響を及ぼすことにもなりかねない。
しかも、一度、奴らに取り込まれたら最後。
例え自分の意志ではなくても、彼らの誰かが悪事を働けば、取り込まれただけで何の意志もない霊ですらも同じ一部であるが為に連帯責任を取らされ、霊体としての格が下がり、成仏できなくなる。
今、こちらに向かってきている悪霊の塊は、間違いなく、彼女の霊体から先程放出されていた怒りと恨みの怨念に吸い寄せられてきたはず。
彼女の姿はまだわずかに歪んでいる。
このままでは、彼らに彼女が吸収されてしまう。
それだけは避けたい。
一か八か。
彼女が正気を取り戻すことを祈り、神代は口を開いた。
「合田 日菜(あいだ ひな)さん……ですよね?」
彼が名前を口にすると、驚いたような表情を見せる彼女に立てつづけに言葉を放つ。
「貴女は、数年前、ここで行方不明となったグラビアアイドルの合田さんで間違いありませんよね? オレ自身、生前の貴女の写真を何枚も見てきたんだから、誤魔化しようはありませんけどね……」
そこで一旦区切ると、彼女は少し悲しげに目を伏せ、小さく頷いた。
神代は、大きく息を吸いこみ、「あの四人が何をしたかはオレには分からない。でも、貴女の死に関係していることぐらいは分かる」と言った。
彼らのことを口にすれば、彼女の感情が昂ることは予測できた。
案の定、彼女の瞳に憎しみの炎が一瞬立ち上がった。
けれど、神代は続けた。
「でも、貴女は彼女のことを守りたいんだろ? 貴女がアッチ側にいってしまったら、彼女が一番悲しむ」
『何故それを――』
一際大きく目を見開いた合田の瞳から憎しみは消え、今度は困惑した色を浮かべた。
「理由は簡単です。貴女のその大きな猫目は彼女とそっくりだ。それに、オレがずっと貴女のことを視えていたことぐらい気が付いていたでしょう?」
この時、実は言いようのない不安が神代を襲っていた。
何故かといえば、凶悪な何かがこちらに向かって来るスピードを速めたことに気が付いたからだ。
しかも、霊的エネルギーだけでなく、生体エネルギーも混じっているだけでなく、直接嗅覚に刺激があるわけではないのだが、どこか、血生臭さを感じさせる悍ましい空気を感じていた。
彼女の件は会話で解決しようと思っていたが、そんな余裕はない。
霊体である合田が、神代に『彼女』と自分との関係までバレていたことに動揺したことによって、隙が出来た。
「ごめん、合田さん。少しだけ我慢してっ」
『え?――』
ポカンとする彼女の返事を待たずに、神代は自身の前髪を片手でサラリと片側に流すと、合田は彼の目を見て、まさに『あっ』という間に、誰もが心奪われるような天色(あまいろ:晴天の澄んだ空のような鮮やかな青色)に輝く瞳の中へと吸い込まれていった。
痛みを堪えるように片目を押さえて、腰を少し屈めたまま足を踏ん張る神代は、「ったく。ちったぁ空気読んで、もう少し休ませてくれっつぅの」と、苦笑いを浮かべた。
再び前髪に覆い隠された彼の目は、まだ誰も気が付いていない狂気に満ちた邪なエネルギーが間近に迫っているのを捉え、今、自分の中へと保護した彼女を守るために、咄嗟に身構えたのだった。
「え……ぼ、ぼくがやらなきゃダメなんでしょうか?」
「お前以外、誰がやるんだよ」
「オイラが渡した電波遮断装置はどこら辺に設置したんだぁ~?」
「それは私が取って来ますよ」
闇夜に響く男達の声。
彼らの持つ懐中電灯の明かりを目印についてきたものの、彼らにバレないよう神代は少し離れた草藪で息を顰める。
虫よけスプレーや、手首に装着するタイプの虫よけをつけているが、いくつものモスキート音が鼓膜を震わせ不愉快極まりない。
そんな中でも、じっと身を小さく丸めて彼らの会話を盗み聞きし、動きを観察していた神代は、「なるほどね……」と小さく呟いた。
『ポケットかバッグの中』
『電波遮断装置』
その二つの単語から導き出されるものは、『中山の死は他殺』だということ。
まず、ポケットの中に入っているものと言ったら、ハンカチかスマホぐらいであろう。
スタッフが一斉に彼女からのメールを受信したのは、間違いなく予約送信アプリか何かを使っていた筈。
その痕跡を消し去りたいからであろう。
もしくは、スマホの中に見られたらヤバい情報が入っているのかもしれない。
それと、電波遮断装置。
あの時、いきなり電波が届かなくなり、スマホを使えない状況に仕立てた装置だ。
これもまた、何も知らない人達が霊障だと勘違いさせ、パニックを引き起こして、誰一人反対意見を言わせずに、すぐにでもこの場を離れさせる為の作戦。
そうすることで、犯人は後々理由をつけて、警察が来る前に殺害現場に戻って証拠を隠滅させるつもりだったことは、この状況を見れば明らかだ。
しかし、腑に落ちないのが、これだけの人間が中山の死に関係しているということ。
彼女はそこまで彼らに恨まれていたのか?
それとも、彼らの絶対に世間に知られたくない秘密や弱味でも握っていたのか?
後者だとするなら、人を殺す程の秘密とやらが気になるところ。
今、遺体の周りで証拠隠滅処理を行ってる四人は、全員中山殺害に関与している。
いわば『仲間』だ。
周りには彼らの他、誰もいないと思い込んでいる状況下において、大罪を犯した共犯者たちは、他では決して話せないことをポロリと口にするだろう。
人の心とは、罪悪感や後ろめたさといったものに、そこまで耐えられるものではない。
誰にも話せないということは、それだけストレスも溜まるし、罪の意識も時間が経てば経つほど深まっていくもの。
同じ気持ちを共有出来る「仲間」がいることに安堵し、仲間の前だけなら、自分の抱えている不安な気持ちや後悔、そして、何でこんなことになってしまったのかを吐露したくなるものだ。
誰か一人でも口を開けば、あとはそれに同調するかのように、皆が喋り出す。
では、彼らが後悔も罪悪も感じない残虐非道な極悪人だとしたら?
それなら逆に、殺人を犯した快感と恍惚感から人に話したくて、自慢したくて仕方がないだろう。
むしろ、皆のいる前で犯人のヒントになることや、ついつい表情が緩むだとか、何かしらあってもおかしくはない。
中山に対し、相当な恨みがあっての計画的な殺人ならば、余程の理由や、相手への信頼感がなければ人には頼まないはず。
共犯者がいることでかえって自分の身を危険に晒すデメリットもあるのだから、彼らのようにつるんで行動することなどない。
神代は色々な場合をシュミレーションし、誰かが一言を漏らすのを虎視眈々と待つ。
慎重に中山の遺体に手を伸ばす瀬奈川と、彼の手元を明るく照らす野々村。
これじゃぁどっちが照明係だよとつっこみたくなる。
本来、現場に足跡を沢山残すことは、犯人の痕跡を消す事になるので、絶対にやってはいけないこと。
だが、中山の遺体を発見した時点で、多くの人間が周りを踏み荒らし、犯人の足跡など、もう既に消えてしまっているであろうし、もし、実行犯が彼らの中の誰かだとしたら――万が一、ここにはいない彼らの知り合いだとしたら、逆にわざと痕跡を消しているのかもしれない。
「の、野々村さん……ないんですけど……」
「そんなワケねぇだろ。もっと探せよ」
「でも……ほ、本当に……」
泣きだしそうな声を出す瀬奈川に苛立った様子の野々村も、冷たくなった彼女の体に障ろうとした時、電波遮断装置を回収した二人が戻って来た。
「もう電波は届くはずっすよぉ~。見つからないなら、電話かけてみりゃぁいいんじゃないんですかぁ~? そうすりゃ、着信音でどこにあるかわかるっしょぉ?」
「山岸さんは馬鹿なんですか? さっきの段階で彼女の遺体を皆で発見したんですよ? 死んでいると分かっている中山さんに電話をかける必要性が普通ならありません。そうなると、警察が捜査した時、着信履歴を消したとしても、電話会社に記録の提示を求められたら一発で怪しまれますよ」
冷静な賀茂の判断は正しい。
やはり彼は頭がいいなと、神代は感心した。
「じゃあ、スマホの回収はどうする? ずる賢いコイツのことだ。スマホの中のデータに色々不都合なことが残してある可能性だってあるぞ」
「そ、そうですよ……この人……あの時のことだって……こっそり携帯の動画に撮っていましたし」
「その辺のことは多分、あの人が何とかしたんだろ。じゃなきゃ、こんな指令なんてしねぇよ」
「そうですね。ボク達にこんなことをさせるということは、例の動画はちゃんと処理されているんでしょう」
彼らの話を聞いて神代は、ここにいる人間意外に黒幕がいることを確信した。
野々村の言う「あの人」というのは一体誰なのか。
会話の中で出て来た「動画」という単語。
これだって、かなり重要なポイントだ。
中山はその動画を使って彼らを脅していたのかもしれない。
男数人を脅せるような動画。
しかも、その動画を出回せないために殺人、もしくは殺人幇助という犯罪に手を染めるなんてことは、よっぽどの内容なのだろう。
彼らは一体何をしたのか。
一つの謎が解ければ、また、一つ二つと謎が増えていく。
蚊の羽音が気にならなくなるほど、神代は四人の言動を注視していたのだが、その時、背後からゾクリとする視線を感じた。
『人ではない――――』
震えるような怒りに満ちた気配が辺りに充満していく。
とはいえ、当然のことながら、何の能力ももたない彼らは気が付いてはいない。
スタジオの中でも。
そしてロケ中でも。
陰陽師の名を語り、多くの呪術や浄霊を行ってきた賀茂ですら、何の反応もせずに、四人で話し合っている。
『やっぱりな』
最初から分かっていたことではあるが、彼には何の能力もない。
それどころか、陰陽師の末裔だというのも、番組が作り上げたでっち上げなのだろう。
霊能者や陰陽師といった特殊な能力を持つ人間はオーラ(生体エネルギー)が普通の人間よりもかなり多いだけでなく、霊的なオーラも漂わせているもの。
普段、能力を使わないときでも、強いパワーを持っている人からはどうしても漏れてしまうのだが、賀茂からはそういったオーラを感じることが一度もなかった。
除霊や浄霊といった霊能力を使っている時にですらなかった。
それが人気番組を作るうえで必要なことなのも分かるし、演出なのも分かっていた。
けれど、今回のロケバスの中での騒動やロケ地での彼の行動は、ディレクターの田口ですら知らなかった様子。
番組の演出でもない不可思議な出来事に、黙って様子を見守って来たのだが――――
『そういうことね……』
人間の持つ生体エネルギーというものは千差万別。
指紋や遺伝子が違うように魂や霊が放つオーラやエネルギーというものも個々に違う。
恨みつらみ、嫉妬や欲望といったドス黒い念とは違い、怒りの中にも悲しみと、信念とでも言うべき強い想いが込められた真っ赤な炎のような念が、自分の知っている霊が持つ霊エネルギーと同じ波動を持つことに気が付いた神代は、今まで疑問であったことの点と点とが結ばれて、妙に納得したものの、それでもまだ謎が残る。
だが、ここで考え込むわけにはいかない。
自分の背後から彼らに向かって移動する気配を感じ、思考の世界に入り込む前に、現実の世界に引き戻される。
『ったく。面倒くせぇなぁ……』
頭をボリボリと掻き、小さく息を吐き出すと、自分の横を通り過ぎた時にポソリと呟かれた言葉を思い返し、「そうはいかないっしょ」と呟き、すぐにでも四人に襲い掛かろうとしている霊に向かって、自身の念を送り込む。
『手を出したら、あんたもアッチ側に引きずり込まれるよ』
そっけない言い方ではあるが、その語りかける口調は柔らかい。
決して声を出しているわけではなく、相手の思念に直接自分の考えを脳波に乗せて送り込む。
ザワリと空気が揺れるのを感じ取る。
辺りの闇に紛れて四人の周辺を取り囲もうとしていた黒い霧のようなものが、一ヶ所に集まりだすと、人の形へと変わっていく。
神代に背を向けた格好で姿を現したのは、女性の霊体。
映画やドラマなんかで見るような、コンピューターグラフィックで造られた3D映像のように透き通った姿を幽霊はしていると勘違いしている人はかなり多いのだが、実際はそれだけではない。
フルカラーでしっかりと目に視えるものもいれば、灰色のノイズがかったような場合もあるし、黒い影しか視えない場合だってある。
それはその人自身の能力の強さや、霊感のチャンネルの合わせ方、相手との相性もあるが、それだけではなく、霊体の死因や死んだときの感情、地縛霊や浮遊霊、悪霊に守護霊等と様々なパターンで視え方が違って来る。
今、神代が見ている彼女の姿は少し前まで見えていた彼女とは違う。
薄く透けたような姿ではあるものの、その表情は、時折悔しそうに下唇を噛む事はあっても、基本的には穏やかで温かく、それでいて心配そうにたった一人を見守っていた。
それが今では、全体に歪みが生じ、どこか薄ら暗い。
これは彼女の心に曇りが生じている証拠である。
『こいつらが貴女に何かをしたんですか?』
なるべく刺激しないように丁寧な口調で問いかける。
ゆっくりと振り返った彼女の顔を見て、神代は少しホッとしたように肩から力を抜いた。
禍々しい雰囲気を纏ってはいるものの、まだ、彼女の目は冷静な光を湛え、憎しみや殺気といったものを自分自身でコントロールしているのが分かった。
心の全てが悪しきものに乗っ取られ、生きている者に手を出してしまってからでは遅い。
良心がまだあるうちならば、彼女を救うことは可能だ。
ジッと彼女の目を見つめ、急かさず静かに答えを待つ。
彼女の周りに揺らめく嫌な『気』が、どんどん小さくなっていく。
男性ウケのする綺麗な顔立ち。
少しキツそうではあるものの、凛とした雰囲気を持った彼女の正体は初めて見た時から分かっていた。
伊達に、サブ霊能者をやっているわけではない。
仕事に入る前に、きちんと下準備っていうものもちゃんとやっている。
特に、今回のようにターゲットである霊が決まっていて、更に、心霊スポットなんていう場所での仕事だった尚更だ。
ターゲットの生前の写真をチェックしておくのは当然のこと。
ためらうような表情で中々口を開かない彼女に対し、自らの口から自分の名前や過去に何が起きたのかを話してもらいたかったが、そうはいかなくなった。
邪悪な気配が木々を搔き分け、森林の中をこちらに向かってやってくるのを感じる。
多分、この地で亡くなった人や、あの崖で自殺した人たちの怨念が集まったものであろう。
彼らは、自分達と同じ嫉妬や欲、恨みや怒りといった悪しき波動に吸い寄せられ、それを自分達の中に取り込む。
一体一体の力は弱い低級霊でも、蟻集まって樹を揺るがすがごとく、負のパワーを増大させ、やがて人だけでなく、その地域全体に悪影響を及ぼすことにもなりかねない。
しかも、一度、奴らに取り込まれたら最後。
例え自分の意志ではなくても、彼らの誰かが悪事を働けば、取り込まれただけで何の意志もない霊ですらも同じ一部であるが為に連帯責任を取らされ、霊体としての格が下がり、成仏できなくなる。
今、こちらに向かってきている悪霊の塊は、間違いなく、彼女の霊体から先程放出されていた怒りと恨みの怨念に吸い寄せられてきたはず。
彼女の姿はまだわずかに歪んでいる。
このままでは、彼らに彼女が吸収されてしまう。
それだけは避けたい。
一か八か。
彼女が正気を取り戻すことを祈り、神代は口を開いた。
「合田 日菜(あいだ ひな)さん……ですよね?」
彼が名前を口にすると、驚いたような表情を見せる彼女に立てつづけに言葉を放つ。
「貴女は、数年前、ここで行方不明となったグラビアアイドルの合田さんで間違いありませんよね? オレ自身、生前の貴女の写真を何枚も見てきたんだから、誤魔化しようはありませんけどね……」
そこで一旦区切ると、彼女は少し悲しげに目を伏せ、小さく頷いた。
神代は、大きく息を吸いこみ、「あの四人が何をしたかはオレには分からない。でも、貴女の死に関係していることぐらいは分かる」と言った。
彼らのことを口にすれば、彼女の感情が昂ることは予測できた。
案の定、彼女の瞳に憎しみの炎が一瞬立ち上がった。
けれど、神代は続けた。
「でも、貴女は彼女のことを守りたいんだろ? 貴女がアッチ側にいってしまったら、彼女が一番悲しむ」
『何故それを――』
一際大きく目を見開いた合田の瞳から憎しみは消え、今度は困惑した色を浮かべた。
「理由は簡単です。貴女のその大きな猫目は彼女とそっくりだ。それに、オレがずっと貴女のことを視えていたことぐらい気が付いていたでしょう?」
この時、実は言いようのない不安が神代を襲っていた。
何故かといえば、凶悪な何かがこちらに向かって来るスピードを速めたことに気が付いたからだ。
しかも、霊的エネルギーだけでなく、生体エネルギーも混じっているだけでなく、直接嗅覚に刺激があるわけではないのだが、どこか、血生臭さを感じさせる悍ましい空気を感じていた。
彼女の件は会話で解決しようと思っていたが、そんな余裕はない。
霊体である合田が、神代に『彼女』と自分との関係までバレていたことに動揺したことによって、隙が出来た。
「ごめん、合田さん。少しだけ我慢してっ」
『え?――』
ポカンとする彼女の返事を待たずに、神代は自身の前髪を片手でサラリと片側に流すと、合田は彼の目を見て、まさに『あっ』という間に、誰もが心奪われるような天色(あまいろ:晴天の澄んだ空のような鮮やかな青色)に輝く瞳の中へと吸い込まれていった。
痛みを堪えるように片目を押さえて、腰を少し屈めたまま足を踏ん張る神代は、「ったく。ちったぁ空気読んで、もう少し休ませてくれっつぅの」と、苦笑いを浮かべた。
再び前髪に覆い隠された彼の目は、まだ誰も気が付いていない狂気に満ちた邪なエネルギーが間近に迫っているのを捉え、今、自分の中へと保護した彼女を守るために、咄嗟に身構えたのだった。
0
お気に入りに追加
6
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
怪しい人がポツポツと出てくる中、一体誰が犯人なのか考えながら読むのは楽しいです。
マイペースな神代ですが、彼の行動も誰から何を聞いて、何を見てその発言をその仕草をしたのか、非常に楽しみながら読めます。
雰囲気も良いですし、先が楽しみです。