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【第一章・彷 徨 う 混 沌】
ANOTHER/PROLOGUE ~Life Goes On…~ ②
しおりを挟む私に武術の心得はない。
日本の伝統文化に傾倒しており
刀剣や武芸書の類を読み漁った時期は有ったが、
ただそれだけだ。
対人訓練などした事もなければ
身体の運用も体調管理の競技程度が精々、
真に不覚、 否、 不徳の致す処だ。
狂乱の元凶を制圧出来ないなら
早急にこの場を離れ警察機構に通報、
または未だこの凶行を知らない人々への
避難誘導を行うべきだった。
なのにどうして私は呆けていた?
一言 「逃げろ!」 と叫ぶだけで
あの女性は刺されなかったかもしれない。
己の未熟に歯噛みしながらも踵を返そうとした瞬間、
その光景が眼に入ってしまった。
「――ッ!」
逃げ惑う人々、 無差別に凶刃を振り回す
ソイツの直線状に、 蹲る二人の姿。
幼い子供とそれを立たせようとする母親。
足元が縺れたのか逃げ惑う人々に突き飛ばされたのか、
怪我を負ったらしく子供は号泣しすぐに立ち上がる素振りを見せない。
傍らの女性が気を違えたように叫び必死で促す。
その声に気づいたのか、 運命はどこまでも残酷に出来ている、
ソイツが首だけを回してゆっくりとこちらを見た。
血と脂に塗れ所々刃毀れした牛刀が、
より残虐性を増してギラついている。
「――――――――――――――!!!!!!!!!!!」
とても人のものとは想えぬ、
理解不能の狂声をあげ一直線にソイツが駆け出してくる。
周りの人間には眼もくれず、
まるで初めからこの二人が標的であったかのように。
理由は解らない、 解りたくもない、
ただ確かなのはこの二人の命は風前の灯火、
母親が覆い被さるようにその子の小さな体を余さず包み込む。
ただそれでも子供を守り抜ける可能性はゼロに等しいだろう、
その場に留まった時点で滅多刺しにされ
諸共に惨殺されるのは眼に見えている。
そこに障害物が無ければの話だがな!
身体が勝手に動いた、 等と言うつもりは毛頭ない。
そのとき、 私を動かしたのは紛れもなき 「怒り」 であった。
どうしてこんな屑のために、
この親子が殺されなければならない?
他の被害に会った人々も同様、
日常の中の、 ほんのささやかな幸福を、
どうしてこんな塵芥にも劣る奴に蹂躙されなければならない!
そのような、 半ば理屈が抜けた理不尽や不条理、
有り体に云えば 『運命』 に対する怒り。
故に視点は背景を消失し一局に集中、 更に凝縮した。
脇腹に衝撃、 ほぼ同時に冷たい硬質な感触、
痛みは有った筈だが脳内が熱くなり極限状況というのもあっての事なのか、
感覚の処理が追いつかず堪えきれない程ではなかった。
神経が激痛に苛まれ身体が屈曲する事を避けられた為、
私は目的のため機械的に動く事が出来た。
刺さった刃物は、 当然の如く動きを止める、
それを持っている手は猶更、 故に私はソイツの腕を冷静に掴む事が出来た。
右手で手首を掴み、 左手は肘の付け根を押さえる。
紙の上の知識に過ぎないが、
そのようにすると力が入り難いと直観的に判断した。
ソイツは呆気に取られたように、 初めて焦点の狂った瞳をこちらに向けてきた。
やはり薬物でもやっているのか、 片手だけでも恐ろしい力を込めて
牛刀を抜こうとするがこちらは両手、
手負い相手でもそう簡単に引き抜く事は出来ない。
ソイツは、 ん、 だよぉ~、 なんでだよぉ~等と
癇癪を起した子供のように柄を乱暴に振って強引に引き抜こうとする。
だがさせない、 それだけは。
脇腹から飛び散る血がズボンと靴に滴り自分の顔にもかかったが、
瞳孔が捲れあがるほどにソイツの眼だけを射殺すように睨み付け、
手には爪を立てて力を込め続けた。
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