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年越しの儀

一月二日、三日(8)

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 碧が口を開いた。
「凰方の、お静まりなさい」
 皆の視線が一旦伏せられた。それを確認してから碧が遥を見た。
「凰のおおとり様は凰方の者の申しあぐる言の葉に惑うておいでのごようす。少々ご説明をさせていただきますことお許しくださりませ」
 遥は無言のままうなずいた。

 碧のようすは落ち着いていた。だが、その言葉はたたみかけるような早口だった。
「我ら加賀谷の者はご守護くださる鳳凰様をお祀りするする者にございます。その体現として加賀谷御本家の当主様を鳳に、その御方に添うてくださる方を凰と見なし、お尽くしいたしますことは、先刻ご承知かと存じます。現世にて鳳のおおとり様、凰のおおとり様が、善き鳳善き凰にして初めて、仲睦まじき御つがいと成られるものと我らは信じ、お役目を務めてございます。ゆえに年越しの儀の折、新しき年を占う意味を込めまして、御世話承りし我らが鳳方凰方よりそれぞれ鳳様凰様のお過ごしぶりを拝見させていただき、またそれまでの一年ひととせについても勘案いたします。万が一いずれかのおおとり様に改めていただきたきことございますれば、年越しの儀の終わりにて御つがいたるおおとり様に御処分をお定めいただくようお願い申しあげております。すなわち――」
 碧が一呼吸置いた。
「裁定を受くるは凰のおおとり様のみにあらず。並び立たれます鳳のおおとり様も御同様に裁定を受けまする。御納得いただけましたでしょうや」

 遥は口を引き結んで世話係たちを見た。それから隆人に視線をやってから、再び世話係の方を向いた。
「凰様?」
 いぶかしげに遥を上目にうかがう碧に、遥は言い返した。

「納得してない!」

 気がついた時には、遥は立ちあがっていた。体はぶるぶる震えている。唇もわなないているのがわかる。目の前が貧血を起こしたときのようにちらついて、皆の顔がよく見えなかい。完全に頭に血が上っていると、わずかに残る冷静な部分が分析している。
 遥は世話係に向かって腹の底から絞りだすように、声を発した。

「お前たちの言う、よき鳳よき凰とは何だ。道徳の教科書みたいに行儀がいいってことか? もし、そんなものを期待しているなら、間違っても俺はよい凰にはなれない。そんな品行方正で四角四面な鳳とつがい呼ばわりされたくもない。そんな非人間的な奴ならこっちから願い下げだ」

 遥は隣を指さした。
「俺はこの加賀谷隆人というこの男が、強引でわがままなだなんて承知の上で、凰になることを受けいれた。確かに始めは俺を脅迫したし、サディストじゃないかと思うときは今でもある。だけど俺はこいつのそういうところまでひっくるめて好きになったんだ。今更それを矯正して別人になってもらう気はない。それにこいつは去年俺のところに帰ってくるのが少なかったと反省している。今年はもっと帰ってくると約束した。俺の心を乱すことを言わないと誓った。何より俺が一番だと言った」
 遥は深く息を継いだ。
「俺はこいつのつがいだ。だから、こいつの言ったことは信じる。信じなくてつがいだなんて名乗れるかッ」
 世話係をにらみつけ、その表情のまま遥は隆人を見おろした。正面を向いている隆人がどんな顔をしているかはどうでもいい。遥は隆人に対し言いはなった。
「俺はあんたでいいんじゃなくて、あんたがいいんだからな。俺があんたを選んだんだ。それを絶対に忘れるなよッ」

 乱れていた呼吸が徐々に治まってくると同時に興奮が冷めてきた。膝ががくがくと震えている。そう気がついた途端、脚の力が抜けた。遥はドスンと音が立つ勢いで畳に尻をしたたか打ち付けた。
 凰様っと叫んだのは基だった気がする。
「――っ」
 骨に体重がかかり息が止まるほど痛かった。じわりと涙が込みあげたが、そんな無様なところを気づかれたくない。必死に歯を食いしばり這って座布団に戻った。

「まったくどうしようもなく口の悪い凰だ」
 嘆くように、呆れたように隆人がため息まじりに言った。
「うるさ――っ」
 最後まで罵言を発することができなかった。代わりに溢れてきたのは慟哭だった。それを追うように涙が勝手にぽろぽろこぼれだした。
 どうしてなのかはわからない。とにかく隆人を責められるのが我慢ならなかった。身を切られるように痛くて耐えられなかった。悔しくてつらくて、逆上してしまった。
 隆人は遥のものだ。その自分のものを悪く言われるのが単に許せなかっただけなのかもしれない。世話係にとってはこれもあくまでも儀式の一環なのだろう。それでも許せなかったのだ、どうしても。

「遥」
 抱きしめられた。
「お前を愛している。お前もそうだろう?」

 そうだと言うことさえできず、遥は隆人にしがみついて泣く。
 子どもじみていると自分でも思う。わかっているのに、感情の暴走を止められない。こんなさまを世話係に見せる自分がみっともない。隆人のつがいににふさわしくないように感じられ、いっそう惨めになった。




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