A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】

夏生青波(なついあおば)

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年越しの儀

大晦(16)

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 鳳凰の間で則之が襖を開けた瞬間、中のようすに遥は、またかと思った。
 鳥籠の前に大きな布団が一組敷かれている。すべてが真っ白な絹で仕立てられているその布団は、ダブルサイズのベッドより広く、鳳凰の臥所ふしどと呼ばれる。
「ささ、どうぞお入りくださいませ」
 促されて鳳凰の間へ入ると布団を避けて鳥籠へ向かう。中に入って座布団に座ると例の茶が運ばれてきた。
「鳳様のお運びまで今しばらくお待ちください」
「何かあったのか」
 儀式に慣れている隆人の方が先に戻ってきていてもおかしくはない。
「鳳様にも年越しの儀の定めがございますれば、それに従っていらっしゃるかと存じます」
 鳳にも為すべき定めがあるのなら時間が掛かるのも当然だろう。遥は大人しく甘い茶を飲みほした。
 則之が茶碗を持って次の間に下がった。
 一人になった遥は檻の間から覗く布団を見つめる。隆人が戻れば、そこで抱かれるのだ。そう思うだけで体がうずき、根元にはめた小さなベルトが食い込むのを強く意識してしまう。
 恥ずかしい。でも、期待している。早く隆人の体に触れたい。きちんと年越しを遂げたいが、それ以上にこの待っている時間は焦らされている気がする。

 気を散らすために、室内に目を向けた。
 ろうそくはすべて新しいものに取り替えられたらしい。

 夏鎮めの儀の夜は行灯が使われていた。捧実の儀はメインは昼間だった。年越しの儀では他の儀式とは比べものにならないほど多くのろうそくを用い、闇を払っている。それだけこの儀式が特別なのだろう。
 会社社長として効率重視の隆人のイメージと、非効率な儀式を統べる当主の隆人のイメージはぴったりとは重ならない。
 だが、そのどちらも加賀谷隆人だ。遥が守ってやりたい、寄りそってみたいと思った男なのだ。



 宵の禊ぎからかなり長い時間が経った。だが、まだ隆人は戻ってきていない。
 儀式において基本的に凰は従である。主である鳳には遥の知らない特別の儀式があるのかもしれない。隆人のことだ。真面目に定めに従っているのだろう。

 そのとき、襖の向こうで衣擦れを聞いた気がした。
「鳳様のお戻りにございます」
 則之の声がした。
 遥は無意識に息を吸うと、座布団を降りて畳に手をつき深く頭を下げた。
 襖の開く音がした。衣擦れが近づいてきて、襖が閉められたようだ。
おもてを上げよ」
 隆人が古風な言い回しをしている。ということは遥もそのつもりで応対しなくてはならない。
 そっと姿勢を戻すと、隆人に見つめられていた。鼓動が速まり、おさまっていたはずの欲望が兆す。
 隆人は無言だ。わずかも動かない。向きあって座っているだけだ。
 もしかしたら遥が何かしなくてはいけなかったのだろうか。だが禊ぎの前に言わされた言葉は遥が飛ばした部分の後に出てきたことだった。たぶんもう遥からアクションを取ることはないはずだ。その後の部分で覚えているのは『新たなる年は鳳凰和合のもとに迎ふるべきものなり』だけだ。
 和合がセックスとだということは、今まで読んだ他の定めでも明らかだ。同様に明らかなのは、和合の誘いの主は鳳で、凰は従――動くとしたら隆人からのはずだ。なのにここへ戻ってきて以来、隆人は何も動きを見せない。黙って遥を見ている。
 その眼差しはろうそくの明かりの下でははっきりしないが、昼間のようないかがわしいものではないようだ。だから、よけい遥は緊張してしまう。
 いつの間にか遥の欲望はおさまってしまっていた。

 隆人が視線をはずしてふっと息を吐いた。
 どきっとする。
 再び隆人が遥を見ると、やっと口を開いた。
「そなたが我のもとへ参りて、初めての年越しと相成った。凰として迎えて後より今宵まで、そなたは我によう仕えた」
 遥は唾液を飲み下し、隆人の前に頭を下げた。
「あ、ありがとう存じます」
 そうせよと教えられていたわけではない。だが、そうしなくてはならない気がした。
「一族の外より迎えしそなたなれば、我と我が眷属に申し述べたきこともあろう。今宵は除夜。そなたの胸の内に潜むる屈託、心憂きことどもを明かせ。そを経て、そなたの清き身にそぐいし清き心が備わろうぞ」
 思うことや文句があるなら言っていいと、言われたらしい。だが、本当に促されたとおりに明かしてしまっていいのだろうか。
 遥は視線を下に向けた。

 隆人がため息をついた。
「早い話、不満があるなら今言えと言っている。新しい年に持ち越すなとな」
 遥は視線を隆人に戻す。逆に隆人が遥から視線をはずして口早に言う。
「言いたいことはたっぷりあるだろう? 今なら聞いてやる。来年になって過去の話をしても絶対に聞かないからな」
 まるですねた子どものような態度だ。聞くと言いながらのこの態度はいったい何だ。
 苦笑いが浮かんでしまう。

「言いたいこと、ね」
 遥は頬を歪めて笑った。
「いっぱいありすぎだ。でも聞くんだよな、俺が何を言っても」
 自分でもふてぶてしい口調だと遥は思った。隆人もそう感じているのだろう。顔をしかめている。
「ああ、今だけはな」
「どーも」
 遥は深く息を吐いた。
 それから隆人の目を真っ直ぐ見据えた。これほど遠くなければ、そして暗くなければ、自分自身の影が映っているところが見られたかもしれない。
 隆人の表情がろうそくのともしびに揺らめくのを見つめながら、一番言いたかったことを唇に載せる。




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