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年越しの儀
大晦(6)
しおりを挟む暖められた廊下を通って案内されたのはあの鳳凰の間だ。
次の間へ入って他の三人が止まったので、遥も立ち止まる。
鳳凰の間との境の襖を開けるためなのだろう、紫が左の襖、基が右の襖の前に場所を移り、膝をつく。それぞれが手かけに手をかけた。二人が目でタイミングを合わせるのがわかった。
二枚の襖は同時に左右へ開かれた。
遥の目に「鳥籠」こと凰の御座所が飛び込んでくる。
鳥籠という俗称を持つ座敷牢は部屋の中央よりやや奥にしつらえられている。何度見ても違和感を覚える場所だ。
隆人が遥の手を取った。
遥はその手に導かれて、鳳凰の間に入る。そのまま遥は鳥籠の中へ連れて行かれた。
四畳半ほどの鳥籠の真ん中に普通の座布団よりは大きく厚い座布団が置かれていた。そこへ座るよう隆人に促された。
遥が座ると、隆人は鳥籠の外へ出た。鳥籠の前方にも同じ大きさの座布団が基によって据えられ、隆人はそこへ座る。
紫は次の間から二客の茶碗を運んできた。ひとつは隆人の前で、もう一つは鳥籠の入り口におかれた。
今の鳥籠は出入りのための戸の部分はない。戸は隆人が外させたと言っていた。ただ基本的に中へ入れるのは鳳と凰のみのため、茶碗は自分で取りに行くことになる。
世話係の二人は鳳凰の間の下座に二人並んで座ると、畳に手をつき頭を下げた。
「次の間に下がらせていただきます。御用の折はお呼びくださいませ。失礼をいたします」
二人が鳳凰の間を出ると襖は静かに両側から閉じられた。
次の瞬間、遥は呑気に茶碗を手を伸ばす隆人に向かい、鳥籠の檻越しに食ってかかった。
「さっきのやりとりは何なんだよ」
「しっ」
隆人が唇に立てた人差し指を当てた。しかめられた顔は機嫌が余りよくなさそうだ。遥は大人しく黙る。茶を飲みほしたらしい隆人が茶碗を茶托に戻した。
「お前も冷めないうちに飲んでおけ」
遥は自分のための茶碗を見て、ため息をつくと立ちあがって茶碗のところまで行った。
その場にぺたりと座ると茶碗を手に取り、開けた茶碗の蓋を持ったまま、暖かく甘い茶を飲む。体が中から温もり、ほっと息を吐いた。
そこでようやく遥はこの鳳凰の間にはエアコンが設置されていないことを思い出した。欄間に鳳凰の彫刻が施されている上、周囲に縁側が巡らされているため取り付けられないのだと聞いた。夏鎮めの儀では暑さ対策に氷柱が持ちこまれた。それにさっき歩いてきた廊下の方が暖かかった。
どうやら年越しの儀では寒さにも耐えなければならないらしい。
「茶を飲むときのマナーはどうした?」
隆人が立ちあがり、近づいてきた。
「小野先生は筋がいいと誉めていらしたらしいが、猫かぶりか」
小野というのは遥が作法全般を習っている上品な老女だ。
「先生のお手本を見た直後ならできる。これでも人前で恥をかかせないように努力はしてるだろう? 非公式な場では勘弁してくれ」
入門してたった八ヶ月の遥にとって、無意識の美しい立ち居振る舞いはまだ身についていない。譲歩はして欲しい。隆人が檻の向こう側から遥を見おろす。
「遥、今は儀式の最中だから、公式だ」
指摘されて、あ、そうかと声を漏らした。
「でも四日間ずっと行儀よく過ごすのは俺には難しいと思うぞ――ごちそうさまでした」
茶を飲み干した遥はきちんと茶碗を茶托に戻し、蓋をして両手を合わせた。
隆人がため息をついた。
「本来はこうして自由に口をきくことも禁忌だ。お前がわかってやっているのかどうかは知らんが」
「それは読んだ覚えがあるな」
そう答えると隆人がまたため息をついた。
「一族外のお前に定めを暗記しろなどと無茶を言う気はないが、もう少し真面目にやれ」
遥はもとの座布団に戻ると上目に隆人を見た。
「定めを読まなかったことは反省してる。あの中になら本来言うべきことが書いてあったんだろうけど。まあ、どうせ読んであったとしても、丁寧な言いまわしはできなかったと思う」
「何の話だ?」
隆人に冷たく訊き返され、遥はぎょっとした。隆人の表情は不審気に顰められている。
「何って、さっき風呂場を出るときに俺に話を振ったじゃないか。あの答えだよ」
「答え? あの世話係の謎かけの話ではないのか? その答えと定めに何の関係がある?」
不機嫌にさえ見える隆人のようすに遥もだんだんいらついてきた。
「何の関係って、俺が定めを読んでないってわかっていたくせに、俺に答えろって話を振っただろう? 覚えてないのか?」
隆人が遥をにらんでいる。何かを言うのかと待っているのに、何も言わない。その視線に不安が湧いて落ちつかない。訳のわからない状況に感情を持てあまし、遥が隆人に食ってかかろうとした瞬間――
「お前、もしかして最も読まなくてはならないところだけを読まなかったのか?」
呆れたように隆人が言った。遥はぽかんと口を開けた。目を瞑った隆人が眉間を揉む。
「お前が定めを読んでいないと言うことはよくわかった。読んでいないからこそ、書いてあることを誤解していることもな」
「え? そ、そうなのか?」
遥はうろたえた。
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