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捧実の儀

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 墓石の前には祭壇がしつらえられており、そこには既に捧げられるべきものの大半が並べられていた。
 両脇に花が活けられ、中央は鳳凰が食すという竹の実の代わりに、同じイネ科の脱穀前の籾が積まれた三方である。間を開けてレタス・セロリ・キャベツといった高原野菜や、トマトやキュウリなどの日常的な野菜、ブドウや梨、リンゴといったものが並んでいる。その一方で、遥には用途のわからない金属の部品、分厚い書類の挟まれたファイルが五冊以上、更にはプリンターと覚しきものまで所狭しと並べられていた。
 本当に何でもあることに遥は驚きのあまり、稲穂を大きく揺らしてしまった。


 慶浄が祭壇に礼をし、隆人と遥もそれに倣う。

「ただいまより今年こんとせじつを我らがたっとき鳳凰様におん捧げ奉りまする」

 慶浄は決して声を張っていない。なのにその言葉は、野外にもかかわらずよく響いた。
 そして、あの謎の経文である。

 鳳凰の由来は中国であるから中国語かと思ったが、そうではないという。加賀谷と鳳凰との関わりは、平安末期頃から連綿と続いてきた。このためいにしえの表現や発音が今も使われており、鳳凰は時に直接応えさえすると言われていると俊介が教えてくれた。
 それだけ聞くととんだ狂信者のオカルト話だが、加賀谷の一族、そしてこの町が長く鳳凰の恩恵を受け、守られてきたという話を聞かされると、そこに加わるに至った自分もそれを史実とし、鳳凰をあがめなければならないのだと徐々に覚悟ができてきた。


 慶浄が振り向きながら、脇に退いた。

「人の子の鳳凰様よ、今年の実を御捧げください」

 遥は稲束を額あたりまで捧げ持ち、隆人とともに祭壇へ向かった。カシャカシャと写真を撮る音がする。
 祭壇の前で立ち止まると深く礼をし、覚えさせられた言葉を隆人とともに唱える。

「我らが大いなる鳳凰様に今年の実を御捧げ申し奉ります。願わくは末永く我らをその篤き翼にてはぐくみたまえ」

 隆人は三方を、遥は何も乗せられていない三方に稲穂の束をそっと置いた。そしてまた深く礼をし、そのまま下がる。
 また慶浄が前に進み出て、経文を唱える。最後はあの鳳凰の鳴き声と言われる音声おんじょうだ。
「チーチー」と慶浄が高く唱え、弟子が「ズーズー」と低く受ける。それが徐々に早くなりやがて「チャンチャン」と聞こえるようになる。何度聞いても自然な移り変わりに聞き惚れてしまう。
 儀式を締めるように、慶浄がまた経文を唱え、祭壇に礼をした。そして振り返ると、厳かにこう告げた。

「我らが鳳凰様は実をお喜びあそばした。皆、次の一年ひととせもご期待にお応えしましょうぞ」


 わあっと声が上がって、遥はびくっとした。隆人の手が頭に乗せられる。

「さ、ここにいては邪魔だ。行くぞ」

 遥たちが退くと、写真撮影会が始まっていた。どの顔もにこにこして、自分が関わったと覚しき品とともに写真を撮っている。
 賑やかな頂きを後にして、遥は隆人の背を追う。
 隆人は慶浄に声をかけた。

「祭礼の取り仕切りありがとう」
「いえいえ。今年は凰様がおいでなのでたいそうお喜びのご様子です」
「それはよかった」

 二人の交わす内容に違和感を覚える。
 慶浄の視線がこちらを向いた。

「凰様も見事なお振る舞いでした。後の儀式はおまかせいたしますぞ」

 遥は顔が真っ赤になるのがわかった。そして小さい声で「はい」とだけ答えた。

「大人しいこと」

 隆人にからかわれた。カッとなったが、さすがにここでやり返すのははばかられた。
 俊介が助け船を出してくれた。

「高遠様のお墓へ参りましょうか?」
「行く」
「では駐車場で落ち合おう。私はもう少し話がある」


 隆人たちと別れて、墓地を下る。行き過ぎるものが皆頭を下げていく。

「黒紋付きは目印だよな」
「お父様にご覧いただけますよ」
「あくまでも俺は馬子まごなんだけどな」

 他愛もない話をしているうちに墓についた。遥だけが植栽に囲まれた中に入り、俊介たちはまわりを固める。


 遥は跪き、慈愛と刻まれた墓石に心の中で話しかける。

(今日は儀式だったんだ。捧実の儀って言うんだって。こんな立派な着物着せられちゃったよ)

 両手を左右に開いて見せる。父なら何と言うだろうか。似合うと言ってくれるだろうか。

(プリンタが備えられててさ、笑いそうになって困ったよ。あと、わけのわからない部品とか、書類とか。本当にここはよそとは違うんだと思った。本当に鳳凰がいるものとしてみんな働いているんだよ)

(俺はその使いっ走りみたいなものだ)

 墓石に彫られた、慈愛の文字を撫でる。

(とりあえず俺は元気にやっているから、安心して父さん)

「じゃ、またくる」

 遥は微笑み、立ち上がった。




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