A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】

夏生青波(なついあおば)

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捧実の儀

(2)

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 今日は着物と隆人に言われていたが、紋付き羽織袴だとは思っていなかった。
 五つ紋の黒羽二重の長着に博多織の角帯、黒地の縞の馬乗袴、白足袋、五つ紋の羽織は長着と同じ黒羽二重である。
 髪を丁寧になでつけられたせいか、女顔で年より若く見えがちな遥は、姿見に向かって思わず「七五三」とつぶやいていた。

「立派なお姿でございますよ」

 羽織紐を結んでくれた俊介が後ろから鏡をのぞいている。その顔は晴れやかに微笑んでいるが、やつれている。その事を指摘すると俊介が苦しそうな顔をするので、もう言わないことにした。


 人前に出る儀式ではこの捧実の儀が一番重要だと聞かされた。この地で生み出された農業、林業、工業のあらゆる生産物が、天に――鳳凰に捧げられるという。

「工業?」

 語尾を上げて遥は問い返した。俊介が頷く。

「はい。加賀谷精機の製品がそれらに当たります。良い案が出るのも、開発が順調に進むのも、営業成績が向上するのも、すべて鳳凰様の恩恵でございます」

 いわゆる秋祭りは豊穣の神への祈りだろうと思っていたが、ここではありとあらゆる物について鳳凰に感謝するのだ。秋の実りを、順調な開発を、すべて人界の鳳凰が望むように、運命の輪を回してくださっているからと。
 本当にそうなのだろうかと、遥は思う。
 当事者になっていながら、まだ信じきれていない自分がいる。
 ただ、務めは果たす。
 隆人に恥はかかせない。


 隆人が部屋まで迎えに来た。

「ほお」

 感心したような第一声に頬が熱くなる。

「よく似合っている」
「ありがとう存じます」

 半分嫌味で儀式用の返事をした。

「素直だと気味が悪いな」
「朝食の席でぶつぶつ言っていたのはどちら様でしたっけ?」

 隆人が堪えるような笑いを漏らした。

「それでは参ろうぞ」

 厳かに隆人が告げた。



 車で乗り付けた瑞光院には、遠目から見てもふだんより人が多くいた。
 遥がそれを指摘すると隆人が「見学者だろうな」と答えた。

「捧げ物をするだけの儀式だよな?」
「言葉」
「でございますよね?」
「捧げ物に選ばれるのは名誉なことであるから、多くの関係者が見に来る」
「農家の方が?」
「加賀谷精機の開発部署の者も。車を降りるぞ」

 先んじて来ていた樺沢家の者が車のドアを開け、まず遥が降りる。遥はその場に控えて、隆人を待つ。隆人が降りると車はゆっくり移動していった。
 慶浄と弟子らしき僧侶姿の男が、頭を下げて出迎えてくれた。

「本日はおめでとう存じます。この一年ひととせの鳳凰様の御慈愛が今日こんにちの幸いをもたらされましたのでしょう。天候にも恵まれ、誠に祝着にございます」
「これも我らの祈りをお聞き遂げくださった、大いなる鳳凰様のおかげでございましょう」

 隆人の視線がちらと遥に向かった。

「これなる新たな凰に寄るところも大きいと思います」
「さようでございますな。初夏に凰様をお迎えしてから、稲の発育もリンゴ等の実りも目立ってよくなったと耳にしております」
「院主、そろそろお時間かと」

 そばの弟子が声をかけた。時間を見計らっていたらしい。

「では、鳳様、凰様お捧げするじつをお持ちください」

 遥の手に一束の稲穂が渡される。和紙で結ばれた根元側を右手で持ち、重く充実した大粒の稲が垂れる側を左手で支える。
 隆人は三方さんぽうを両手で捧げ持つ。折敷の部分には芋や人参、茄子といった野菜が豊富に乗せられている。相当の重量のはずだが、隆人はまったく意に介していない。これを持ってこの麓から頂まで上るのだ。

 慶浄が先頭に立ち、鳳である隆人、凰である遥、慶浄の弟子が列をなし、更に分家の代表が並んで上る。今年の分家代表は披露目司を務めた加賀谷宣章だった。
 遥はとにかく隆人に遅れないことを意識した。慶浄も隆人は恐らく遥のために歩く速度を落としてくれている。昨日慶浄が遥と一緒に墓まで行ってくれたのは速度を知るためもあったのかもしれない。
 今日はギャラリーもいる。息が上がったり、遅れたりするわけにはいかない。

 始めは軽いと思っていた稲束もだんだん腕に負荷をかけてくる。胸の高さ以上で捧げ持つように言われているが、胸ぎりぎりだ。歯を食いしばりつつも、表情はあくまでも平静を保って必死に上った。


 ようやっと頂きまで登りきったときには、額に汗がにじんでいるのを感じた。吹く風が気持ちがいい。四方の緑が見渡せ、その合間から本邸も見える。
(これからが本番だ)
 遥は気を引き締め稲穂の束を持ち直した。




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