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春から梅雨

墓参(4)

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 建物から墓所への通路を、香を焚いた炉を持った若い僧侶を先頭に慶浄、隆人、遥、篤子、かえで、暁の順で通っていく。もちろん護衛の桜谷隼人も一緒だ。

 くぐり戸を抜けて、遥は目を丸くした。
 墓が山の斜面を階段状に覆っていた。当たり前のように隆人たちが中央の階段を上り出すので、慌ててそれについて行く。

 上り始めてみると意外にきつい。腿の筋肉を使っているのがわかる。
 隆人の今朝の言葉を今更ながらに思いだした。

『今日の墓参りでは坂道を歩いてもらわなくてはならない。加賀谷の墓とお前のお父上の墓、両方を回る。それなりの距離だ』

 息を乱しそうになるのを歯を食いしばって堪える。

 途中墓参りをしている者が隆人や慶浄に気がつくと、立ち上がって丁寧に頭を下げた。それに対し隆人達はその存在を認めるかのように微笑み、うなずくように会釈を返す。そして再び上り始める。

 どこまで上るんだ。まさか頂上までか?
 可能性はある。
 後ろを振り返ると、さすがに和服の二人はやや遅れていた。暁は姉であるかえでの手を取ってエスコートしている。

 随分スマートな小学生だな。
 昨日の物怖じしない態度も好感が持てた。だが、女性二人は何を考えているのかまるでわからない。
 わからないものを考えるだけ無駄だ。遥は隆人を見上げて歩くことだけに集中するよう努めた。


 ついに登り切った。空が青い。吹く風が木々を揺すり、心地よく額の汗を撫でていく。
 そこには既に俊介がおり、「失礼いたします」と遥の額の汗を拭ってくれた。他にも見たことのある桜谷の者が姿を見せており、さえ子もいた。
 果たして、加賀谷家の墓は頂上にあったのだ。

 二メートルほどもあろうかという天然石が墓標だった。中央上部に紋が彫られ、その下に加賀谷家先祖代々之墓と彫られている。左右にその半分ほどの墓石があった。
 見比べていると隆人が教えてくれた。

「中央が鳳となった当主の墓、右にあるのが代々の凰の為のもので、対をなす左のものが当主以外の者が眠っている墓だ」

 さえ子が線香の用意をしていた。若い僧侶の持つ香炉と同じ香りだ。
 慶浄が袂から経典を出した。丁寧に開き唱え出す。無論普通の経ではなく、鳳凰の交わりの深さをたたえる文言もんごんだ。

「俺の真似をしろ」

 隆人に囁かれた。
 遥は隆人のやったとおり、中央の墓に手を合わせて線香を供え、次いで右の墓、左の墓と参ってそれぞれ線香を供えた。その後に篤子と子どもたちが続く。更に桜谷の面々や俊介も墓に手を合わせた。

 二人の僧侶の声が重なり合う。それは言葉ではない。高さの異なるおうおうという咆哮のような声だ。それが丘の頂から風に乗って四方へ散る。
 遥にはそれが何だかもの悲しく聞こえた。


 墓参を終え、遥は正式に凰として加賀谷本家の一員となった。

 今まで無言を通してきたかえでが口を開いた。

「これでわたくしの今回のお役は御免でございますね、鳳様」

 少女の髪が風に激しくあおられた。その目は真っ直ぐに隆人を向いている。
 遥には少女が腹を立てているように見えた。髪が逆立ったからそう思ったのかもしれない。

「ああ、ご苦労だったな」
「お先に失礼致します。ごめんくださいませ」

 かえでは優雅に遥に向かって頭を下げた。

「僕も一緒に帰るよ。それでは失礼致します」

 そう暁も言って、遥に頭を下げると、二人で階段を下っていく。護衛も慌てたようすで三人ほどついていった。

「しようのない子たち」

 篤子のつぶやきが届いた。
 思ったより、隆人の家庭は複雑そうだ。


「凰様」

 篤子に話しかけられた。

「これをお渡しせねばと思っておりました」

 差し出されたのはたたまれた小さな白いハンカチだ。わけもわからないまま手のひらに受けると、中に小さな固いものが包まれているのがわかった。

「それは別邸内にございます凰様のお部屋の鍵です。代々凰様以外の者は立ち入ることを許されておりません。ですからお義母様が亡くなって以来、ドアすら開けられたことがございませんの。中に何があるのかも誰も存じません。
 今後は新たに凰になられた遥様の――遥様と呼ばせていただきますね――お部屋ですので、どうかご自由にお使いくださいませ」

 包みを開くと確かに鍵が入っていた。遥は再びそれを包み、頭を下げた。

「わかりました。お預かりします」

 篤子がかすかに笑みを浮かべて、遥に軽く頭を下げた。


 それから篤子は隆人を見上げた。

「わたくしも子らと参ります。今日はお戻りですの?」
「ああ」
「お待ちいたしております」

 その時浮かんだ篤子の微笑に、遥は何か言いようのない不快感を覚えた。
 篤子の視線が再び遥に向き、ゆったりと頭を下げる。

「お先に失礼をいたします」

 そしてふもとへ向かって歩き出した。
 片づけが済んだのか、若い僧侶も遥たちに頭を下げて降りていく。
 遥は僧侶の影に見え隠れする、篤子の後ろ姿をじっと見つめていた。


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