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春から梅雨

翌る朝(7)

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 桜木の用意した普段着に遥が着替えをすませると、桜木は下がった。
 その後の朝食の仕度までのわずかの間は、隆人と二人きりになることができた。
 隆人は先ほどとは別の新聞を開いている。遥は隣に腰掛けてその横顔を飽きることなく見つめる。

「昨日もさっきも思ったけど、時代劇ごっこが好きなんだな」

 隆人が苦笑いを浮かべる。

「好きというわけではない。言葉遣いや作法は一種の慣習だ」
「桜木――俊介はよく舌を噛まないな」
「幼い頃から叩き込まれるからな」

 隆人がページを繰った。
 ふと思いついた疑問を口に上らせた。

「あいつらはどうして追放されたんだ? 追放したのは隆人さんだと言っていたよな?」

 隆人が眉をわずかに寄せ、遥を見た。何だか辛そうに見える。心がざわざわと揺れた。

「訊いちゃいけないことだったのか? ならいい」
「そういうわけではない」

 隆人が目を伏せた。何か言うのかと思えば、隆人は何も言わない。その手は新聞をきれいにたたみ、テーブルに戻す。

「はっきりしないヤツだな!」

 そう言い捨てて腰を上げた遥は腕を捕まれ、ソファに引き戻された。顎を捕まれた。
 文句を言おうと隆人の目を見て、言葉につまった。
 隆人は先ほどよりはっきりと苦痛をこらえるような顔をしていた。
 息苦しさに、唾液を飲み込んだ。

「今はまだ早すぎる。すべてが終わったわけではないのだ」

 隆人がそう言った。押さえつけられて動かしにくい顎で訊ねる。

「どういう意味だよ」
「今日、加賀谷の墓所へ参って初めてお前は加賀谷の一族に迎えられる。それまでは凰ではあるが、正式な加賀谷の人間ではない」
「それとこれとどういう関係があるんだよ」
「桜木の件は、加賀谷という一族の中の話だ。まだ部外であるお前に話すには早すぎると言うことだ」
「じゃあ聞かない」

 指が外れたので、ふいと横を向いた。唐突に頬にキスをされた。

「何してっ――」

 唇をふさがれた。
 思考が一瞬止まる。すぐ我に返って隆人の体を突き放そうとした。しかし逆に体を抱き寄せられる。

 ドアがノックされた。しかし隆人はそれを無視している。
 何とか唇をはずした。息が弾んでいる。

「いい加減にしろよ」
「またやりたくなるからか?」

 嫌がらせのように、隆人の唇が頬や目尻に軽く触れる。

「やめろよ」

 身をよじろうとして低く笑われた。

「嘘つきめ」

 びくっと体がはねた。隆人の片手が下腹をさまよっている。鼓動が一気に早まって、考えることができなくなった。

 ノックの音が控えめに繰り返される。

「ノック、されて、る」
「そうだな」

 ノックの替わりに声がかかる。
『隆人様、凰様のご朝食のお仕度に参りました』

 女性の声だ。

「入れ」

 そう答えながらも隆人の腕はゆるまない。慌てた。

「は、放せよ。こら、おい――」

 ドアが開く音がした。が、そちらの方を向くことができない。


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