65 / 182
A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】
(65)
しおりを挟む
薄暗くなり、部屋に明かりがともされた。
その中で身なりを整えた加賀谷に遥は訊ねた。
「父さんの遺骨をどこへやった?」
「俺が檀家総代を務める菩提寺に墓を建てて、そこに埋葬してある。お前の祖父母も一緒だ」
遥は加賀谷の顔をしばらく見つめた。それから顔を歪めた。
「何で勝手にそんなことしたんだよ」
「違法行為は承知の上だ。それとも骨壺のままずっとおいておけというのか?」
遥は唇を噛む。
「俺には、そんなこと、できなかった」
「当たり前だ。そう簡単にできてたまるか」
加賀谷が遥のパジャマの肩をつかんだ。真剣な眼差しだった。
「この件で勝手に動いたことは詫びる。お父上がお前にきれいな体のままでいてもらいたかったことはよく知っている。それを私は無視した。その償いをどうやってすればいいか考えたが、死者にできることはその程度しかなかったんだ。墓を建ててさしあげて、お前のことをお詫びして手を合わせることしかできなかった」
加賀谷が目を伏せ、遥から手を放した。
「自己満足だと言われても仕方がない。それしか私には考えつかなかったからな」
遥は自分に背を向けた加賀谷を見つめた。
「その墓って、どこにあるんだ?」
「ここのすぐ近くだ。歩いてでもいける」
「今すぐ行きたい」
加賀谷が振り向いた。
「明日にしろ。明日、加賀谷の墓へも報告に参ることになっている。私たちは一緒に行く」
遥は苦笑いを浮かべた。
加賀谷が顔をしかめる。
「何だ」
「墓の話なんかして、家族みたいだ」
加賀谷の返事はすぐに返ってこなかった。
遥は加賀谷を見上げる。
やっと加賀谷が口を開いた。静かなしかし厳しい口調だった。
「凰になるまで言えなかったことがある」
遥は疑問に首をかしげた。
「鳳と凰は家族以上の結びつきなのだ。鳳と凰は一族の中の頂点だ。当主の家族より凰の方が身分が高く、私は篤子よりお前を大切にし優先させる」
遥は息をのんだ。言葉が出ない。
「その代わりと言っては何だが、お前は存在することで私を守護し、私はお前をあらゆる危害から守る。それが我らの義務となった」
遥は呆然と視線をさまよわせた。
(家族よりも大切にされる存在? 俺が、この男の?)
遥が視線を加賀谷に戻すと、加賀谷は普段の調子を取り戻していた。
「しばらくは忙しいから、覚悟しておけ」
「どうして」
「私と一緒にまず加賀谷精機本社と取引先を回ってもらうからな」
「はぁ?」
呆れる遥に対し、加賀谷は大まじめだ。
「無論、加賀谷家の伝説を知っているきわめて近しい取引先だけだがな。それから親しい友人にも紹介をしなくてはなるまい。私のものだということをはっきりさせておかなくては。手を出されたら全力で叩きつぶすことになるが、友人をそんな目に遭わせたくはないからな」
「男の愛人を持ったって宣伝するのか」
加賀谷が大真面目に答えた。
「いや。家宝だ」
「セックスしかしてないぞ」
口答えすると、大袈裟に顔をしかめられた。
「ああ、その下品な口の利き方も何とかしなくてはならないな。礼儀作法も一通り身につけた方がいいだろう。東京に行ったら早急に手配しないといけない」
遥は頭を抱えた。
「何なんだよ、それは」
「とりあえずはよけいなことをしている暇はないはずだが、ゆくゆくは自分のしたいことを考えておけ。人間暇をもてあますとろくなことをしないからな」
言い返す気力もなくなった。
ふいに加賀谷が笑った。
「黙っていると、この上なく上品そうに見えるな」
「言ってろ。ちくしょう」
遥は乱暴にシーツに身を投げ出し、上掛けをかぶった。
髪に加賀谷の手を感じる。
「明日から分家衆が手のひらを返したかのようにお前に媚びを売ってくるだろうが、適当にあしらっておけ」
遥は上掛けをはいで、加賀谷を見上げた。
「桜木さんたちは世話係は終わりなのか? 全然知らない連中に取り替えられるのか?」
「桜木の家の者のことはいずれ私が何とかする。少なくとも東京では今までどおりだ。この本邸内では、我慢してくれ」
「桜木さん達はあんたの一族なんだろう? どうしてみんなして悪く言うんだよ」
加賀谷が真っ直ぐ遥の目を見つめた。
「正確にいえば、現在は一族内ではない」
遥は目を見開いた。加賀谷は辛そうに眉根を寄せた。
「詳細はいずれ必ず話す。今お前に言えるのは、あれらの親たちが我が加賀谷本家に対し、決して許されることのない裏切りを行ったからだ。それで納得していてくれ」
気圧されて頷くしかなかった。
「わかった」
加賀谷がふっと雰囲気を和らげた。遥の頬に触れ、また唇を重ねてきた。
「この後は宴席だ。本来ならお前が正式に凰となった祝いだからお前も出るべきだが、今夜はいい。ゆっくり休め。腹が減ったらさえ子を呼べ」
ベッドサイドのボタンを示されて、遥は肩をすくめた。
「自分の飯の仕度くらい自分でするのに」
加賀谷が苦笑しながらうなずいた。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい――って、なんだか家族ごっこだな」
自分の言葉に遥は頬が熱くなるのを感じた。一方の加賀谷はその言葉に上げた片手と笑みで応え、寝室を出て行った。
その中で身なりを整えた加賀谷に遥は訊ねた。
「父さんの遺骨をどこへやった?」
「俺が檀家総代を務める菩提寺に墓を建てて、そこに埋葬してある。お前の祖父母も一緒だ」
遥は加賀谷の顔をしばらく見つめた。それから顔を歪めた。
「何で勝手にそんなことしたんだよ」
「違法行為は承知の上だ。それとも骨壺のままずっとおいておけというのか?」
遥は唇を噛む。
「俺には、そんなこと、できなかった」
「当たり前だ。そう簡単にできてたまるか」
加賀谷が遥のパジャマの肩をつかんだ。真剣な眼差しだった。
「この件で勝手に動いたことは詫びる。お父上がお前にきれいな体のままでいてもらいたかったことはよく知っている。それを私は無視した。その償いをどうやってすればいいか考えたが、死者にできることはその程度しかなかったんだ。墓を建ててさしあげて、お前のことをお詫びして手を合わせることしかできなかった」
加賀谷が目を伏せ、遥から手を放した。
「自己満足だと言われても仕方がない。それしか私には考えつかなかったからな」
遥は自分に背を向けた加賀谷を見つめた。
「その墓って、どこにあるんだ?」
「ここのすぐ近くだ。歩いてでもいける」
「今すぐ行きたい」
加賀谷が振り向いた。
「明日にしろ。明日、加賀谷の墓へも報告に参ることになっている。私たちは一緒に行く」
遥は苦笑いを浮かべた。
加賀谷が顔をしかめる。
「何だ」
「墓の話なんかして、家族みたいだ」
加賀谷の返事はすぐに返ってこなかった。
遥は加賀谷を見上げる。
やっと加賀谷が口を開いた。静かなしかし厳しい口調だった。
「凰になるまで言えなかったことがある」
遥は疑問に首をかしげた。
「鳳と凰は家族以上の結びつきなのだ。鳳と凰は一族の中の頂点だ。当主の家族より凰の方が身分が高く、私は篤子よりお前を大切にし優先させる」
遥は息をのんだ。言葉が出ない。
「その代わりと言っては何だが、お前は存在することで私を守護し、私はお前をあらゆる危害から守る。それが我らの義務となった」
遥は呆然と視線をさまよわせた。
(家族よりも大切にされる存在? 俺が、この男の?)
遥が視線を加賀谷に戻すと、加賀谷は普段の調子を取り戻していた。
「しばらくは忙しいから、覚悟しておけ」
「どうして」
「私と一緒にまず加賀谷精機本社と取引先を回ってもらうからな」
「はぁ?」
呆れる遥に対し、加賀谷は大まじめだ。
「無論、加賀谷家の伝説を知っているきわめて近しい取引先だけだがな。それから親しい友人にも紹介をしなくてはなるまい。私のものだということをはっきりさせておかなくては。手を出されたら全力で叩きつぶすことになるが、友人をそんな目に遭わせたくはないからな」
「男の愛人を持ったって宣伝するのか」
加賀谷が大真面目に答えた。
「いや。家宝だ」
「セックスしかしてないぞ」
口答えすると、大袈裟に顔をしかめられた。
「ああ、その下品な口の利き方も何とかしなくてはならないな。礼儀作法も一通り身につけた方がいいだろう。東京に行ったら早急に手配しないといけない」
遥は頭を抱えた。
「何なんだよ、それは」
「とりあえずはよけいなことをしている暇はないはずだが、ゆくゆくは自分のしたいことを考えておけ。人間暇をもてあますとろくなことをしないからな」
言い返す気力もなくなった。
ふいに加賀谷が笑った。
「黙っていると、この上なく上品そうに見えるな」
「言ってろ。ちくしょう」
遥は乱暴にシーツに身を投げ出し、上掛けをかぶった。
髪に加賀谷の手を感じる。
「明日から分家衆が手のひらを返したかのようにお前に媚びを売ってくるだろうが、適当にあしらっておけ」
遥は上掛けをはいで、加賀谷を見上げた。
「桜木さんたちは世話係は終わりなのか? 全然知らない連中に取り替えられるのか?」
「桜木の家の者のことはいずれ私が何とかする。少なくとも東京では今までどおりだ。この本邸内では、我慢してくれ」
「桜木さん達はあんたの一族なんだろう? どうしてみんなして悪く言うんだよ」
加賀谷が真っ直ぐ遥の目を見つめた。
「正確にいえば、現在は一族内ではない」
遥は目を見開いた。加賀谷は辛そうに眉根を寄せた。
「詳細はいずれ必ず話す。今お前に言えるのは、あれらの親たちが我が加賀谷本家に対し、決して許されることのない裏切りを行ったからだ。それで納得していてくれ」
気圧されて頷くしかなかった。
「わかった」
加賀谷がふっと雰囲気を和らげた。遥の頬に触れ、また唇を重ねてきた。
「この後は宴席だ。本来ならお前が正式に凰となった祝いだからお前も出るべきだが、今夜はいい。ゆっくり休め。腹が減ったらさえ子を呼べ」
ベッドサイドのボタンを示されて、遥は肩をすくめた。
「自分の飯の仕度くらい自分でするのに」
加賀谷が苦笑しながらうなずいた。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい――って、なんだか家族ごっこだな」
自分の言葉に遥は頬が熱くなるのを感じた。一方の加賀谷はその言葉に上げた片手と笑みで応え、寝室を出て行った。
1
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる