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A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】
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寝室のドアがノックされた。
「入れ」
加賀谷の声にドアが開いた。
袴姿に形を改めた基と洋が入ってきた。洋の手には黒い盆のようなものが捧げ持たれている。
その上には二つのものが載せられていた。
二センチほどの幅の紙の帯で作られた直径八センチほどの二つの輪のつながりと、五センチほどの幅の薄く白い布がたたまれたものだ。
「遥、両手を前へ出しなさい」
そう命じられて、遥は素直に両手を差し出す。
その手首に、加賀谷により紙の輪がひとつずつはめられた。
「鳳は凰を望み、捕らえる。これはその象徴だ」
遥はそれをじっと見つめる。
今の遥にとってこの紙の手鎖は象徴ではなく、真実だ。
ただの紙だから破ろうと思えば簡単に破り捨てることができる。しかし、その外にはもっと大きなかごが用意されているのだ。
結局は逃がすことなど認めない、加賀谷とその一族という鳥かご。遥は、その中に捕らわれている。
加賀谷が洋の捧げ持つ漆塗りの盆の上から残る布を取り、広げた。
長さや幅ははちまきのようだ。しかし、それはひどく薄く、向こう側が透けて見えている。
「目を閉じなさい」
加賀谷が命じたとおりに、遥は目をつぶる。その目の上にふわっと布が当てられた。後頭部で縛られているのを感じる。
「目を開けられるか?」
まつげが布に触れるのを感じるが、開けられないことはない。
「見えるか?」
幾分視界が白っぽいが、思っていたよりはずっとはっきり見える。
「歩くのに支障がなければそれでいい。どうだ?」
遥は辺りを見回し、それから加賀谷に向かってうなずいた。
「見える」
「それでいい」
「見えていいのか?」
「それは、お前の顔を隠すための仮面だ。お前が凰として一族に受け入れられる直前まで、お前の顔は明かされない」
遥は意地悪く訊き返した。
「失敗しても、か」
「失敗した時にこそ、意味がある。凰になり損ねたものをなぶるのに、苦痛や恐怖の顔を記憶に残しては困るのだ。罪の意識を感じる者が出るかもしれないからな」
「やる側の顔は隠さなくていいのか」
加賀谷が静かに深く息をしている。
「前に言ったな。凰となり損ねた一族外の者は精神的に破綻する者がほとんどだ。危害を加えた者の顔を記憶にとどめたとしても、それを他者に伝えるすべは持たない」
遥は無邪気さを装い、笑顔で問い返した。
「他人に伝えられなくなるまで――正気を保てなくなるまで責めるんじゃないのか?」
加賀谷は答えなかった。ただ、遥の顔をじっと見つめるばかりだ。
遥もただにこにこと加賀谷を見つめ返す。
先に目をそらしたのは加賀谷だった、
「私はそろそろ行く。後のことはこの二人に任せろ」
遥はにこやかなまま、加賀谷にうなずく。
加賀谷は不審さを露骨に表情に出しているようだ。遥はくすくす笑いながら、横を向く。
加賀谷が基たちに「こいつのことを頼む」というのが聞こえた。
(加賀谷の奴、俺のことがわかってないな)
(俺みたいな奴を頼まれたら、この二人が気の毒だぞ)
(俺なら願い下げだな)
加賀谷が出ていく。
自分でも気づかない内に、その背を目が追っていた。
しかし、振り向くことのなかった加賀谷はそんな遥には気がつかずに出ていった。
「御披露目司の使者が来るまでは、今少しお時間がございます」
基が言った。
「じゃあそれまでひとりにしてくれるか」
「ドアを開けたままでもよろしいですか?」
「ああ、いいよ」
「では、後ほど参ります」
基たちが出ていった。
加賀谷の困惑を目の奥に確かに見た。
(あれは仕返しだからな)
皮肉な笑みを浮かべて、消した。
そして、寝室でひとり遥は深く息を吸い、長い時間をかけて吐いた。
「入れ」
加賀谷の声にドアが開いた。
袴姿に形を改めた基と洋が入ってきた。洋の手には黒い盆のようなものが捧げ持たれている。
その上には二つのものが載せられていた。
二センチほどの幅の紙の帯で作られた直径八センチほどの二つの輪のつながりと、五センチほどの幅の薄く白い布がたたまれたものだ。
「遥、両手を前へ出しなさい」
そう命じられて、遥は素直に両手を差し出す。
その手首に、加賀谷により紙の輪がひとつずつはめられた。
「鳳は凰を望み、捕らえる。これはその象徴だ」
遥はそれをじっと見つめる。
今の遥にとってこの紙の手鎖は象徴ではなく、真実だ。
ただの紙だから破ろうと思えば簡単に破り捨てることができる。しかし、その外にはもっと大きなかごが用意されているのだ。
結局は逃がすことなど認めない、加賀谷とその一族という鳥かご。遥は、その中に捕らわれている。
加賀谷が洋の捧げ持つ漆塗りの盆の上から残る布を取り、広げた。
長さや幅ははちまきのようだ。しかし、それはひどく薄く、向こう側が透けて見えている。
「目を閉じなさい」
加賀谷が命じたとおりに、遥は目をつぶる。その目の上にふわっと布が当てられた。後頭部で縛られているのを感じる。
「目を開けられるか?」
まつげが布に触れるのを感じるが、開けられないことはない。
「見えるか?」
幾分視界が白っぽいが、思っていたよりはずっとはっきり見える。
「歩くのに支障がなければそれでいい。どうだ?」
遥は辺りを見回し、それから加賀谷に向かってうなずいた。
「見える」
「それでいい」
「見えていいのか?」
「それは、お前の顔を隠すための仮面だ。お前が凰として一族に受け入れられる直前まで、お前の顔は明かされない」
遥は意地悪く訊き返した。
「失敗しても、か」
「失敗した時にこそ、意味がある。凰になり損ねたものをなぶるのに、苦痛や恐怖の顔を記憶に残しては困るのだ。罪の意識を感じる者が出るかもしれないからな」
「やる側の顔は隠さなくていいのか」
加賀谷が静かに深く息をしている。
「前に言ったな。凰となり損ねた一族外の者は精神的に破綻する者がほとんどだ。危害を加えた者の顔を記憶にとどめたとしても、それを他者に伝えるすべは持たない」
遥は無邪気さを装い、笑顔で問い返した。
「他人に伝えられなくなるまで――正気を保てなくなるまで責めるんじゃないのか?」
加賀谷は答えなかった。ただ、遥の顔をじっと見つめるばかりだ。
遥もただにこにこと加賀谷を見つめ返す。
先に目をそらしたのは加賀谷だった、
「私はそろそろ行く。後のことはこの二人に任せろ」
遥はにこやかなまま、加賀谷にうなずく。
加賀谷は不審さを露骨に表情に出しているようだ。遥はくすくす笑いながら、横を向く。
加賀谷が基たちに「こいつのことを頼む」というのが聞こえた。
(加賀谷の奴、俺のことがわかってないな)
(俺みたいな奴を頼まれたら、この二人が気の毒だぞ)
(俺なら願い下げだな)
加賀谷が出ていく。
自分でも気づかない内に、その背を目が追っていた。
しかし、振り向くことのなかった加賀谷はそんな遥には気がつかずに出ていった。
「御披露目司の使者が来るまでは、今少しお時間がございます」
基が言った。
「じゃあそれまでひとりにしてくれるか」
「ドアを開けたままでもよろしいですか?」
「ああ、いいよ」
「では、後ほど参ります」
基たちが出ていった。
加賀谷の困惑を目の奥に確かに見た。
(あれは仕返しだからな)
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