53 / 182
A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】
(53)
しおりを挟む
廊下の突き当たりにその部屋はあった。
部屋に遥が入る前に、湊やその従兄弟達が先に入った。何か電子音がしているなと思ったら、彼らは無言で桜木に手のひらを広げて見せた。
何か小さな機械が載っている。
桜木がやはり無言のまま、湊に向かって目で合図した。湊はうなずくと、廊下を引き返していった。
「お入りください」
桜木が口を開いた。
遅まきながら彼らは盗聴器のチェックをしていたのだと気がついた。
テレビでは盗聴器を調べる場面を何度も見たことがある。しかし、遥自身にそんなものを使われることは考えたこともなかった。
戦場なのか、ここは。
遥は暗い気持ちで部屋の中に足を踏み入れた。
通された部屋はこの建物の外観からはとても想像のつかなかった洋室だった。
ちょうどホテルのスイートルームのようだ。寝室とテーブルとソファのあるリビングに、バスルームなどがついているらしい。ゲストルームとでも呼ぶのだろうか。
リビングの隅にホームバーがあった。無意識にそこに並べられている酒のビンのラベルをチェックしていた。
「横になられますか?」
「いや……」
「お座りになってください。本日はここが遥様のお部屋ですから」
促されて遥はソファに腰を下ろした。
桜木が旅行バッグを開いている。確か桜木喜之がここまで持ってきたバッグだ。その中から取り出されたのは、二本の水筒と二段の重箱だった。
「御披露目が終わるまで、こちらで食事などを出されても手を付けない方が無難ですので、飲み物と簡単な食べ物を用意して参りました。仕度にはいるまでにまだ少し時間がございます。召し上がってください」
「ほしくない。水だけほしい」
「かしこまりました」
桜木が水筒の中身を水筒のふたのカップに注ぐ。
遠足みたいだ。
そう思ったが、口にはしなかった。無駄話をしたい気分ではない。
何も言いたくない。
渡されたカップに遥は口を付ける。そして、一口ずつ噛みしめるように水を飲んだ。
開け放たれた窓から流れ込んでくる初夏の風は、ずっと閉じこめられていた遥には夢のような心地よさだった。この心地よさの裏側で進んでいるできごとは遥にとってはまだそれが悪夢のような気がしてならない。
だが、もうここまで来てしまった。
遥は戻れない場所までこの加賀谷の一族と関わってしまった。
「サングラスをはずしていいか?」
「カーテンを引きますので、少々お待ちください」
桜木が窓にレースのカーテンを引いた。
遥はゆっくりサングラスをはずす。
目がすぐには慣れない。明るさが目に突き刺さるようだ。
やっと普通に見えるようになった室内は、壁も家具も白が基調だった。ひどくまぶしく感じたのは、その照り返しのせいだったらしい。
湊が戻ってきた。
「全部処分してきた」
そう桜木に報告している。
「了解。基と洋を中へ呼んでくれ」
「窓の外だね。行ってくる」
遥は風に乱される髪を何度も指ですく。
「窓をお閉めいたしましょうか?」
遥には桜木がなんとなく遥をうかがっているように感じられた。
思わず苦笑が浮かんでしまった。
「いや、このままでいい」
「承知いたしました」
そのとき、部屋の中に若い男が二人入ってきた。十代に見える。
二人ともが遥を見て目を丸くしている。
桜木が二人を紹介した。
「わたくしの祖父の代に分家として独立した家の者です。こちらが桜木基、こちらが洋です。わたくしのはとこに当たります」
「桜木基です。こちらが弟の洋です。どうぞよろしくお願いいたします」
遥はゆっくりと立ち上がった。
「高遠遥です。こちらこそお世話になります」
遥が頭を下げると、彼らも桜木や湊と同様困惑の表情を浮かべた。
兄弟らしくよく似た顔が困って目を見交わしている。
この桜木姓の男たちは本当に完璧に洗脳されているらしい。人と人は対等ではないということに関して。
部屋に遥が入る前に、湊やその従兄弟達が先に入った。何か電子音がしているなと思ったら、彼らは無言で桜木に手のひらを広げて見せた。
何か小さな機械が載っている。
桜木がやはり無言のまま、湊に向かって目で合図した。湊はうなずくと、廊下を引き返していった。
「お入りください」
桜木が口を開いた。
遅まきながら彼らは盗聴器のチェックをしていたのだと気がついた。
テレビでは盗聴器を調べる場面を何度も見たことがある。しかし、遥自身にそんなものを使われることは考えたこともなかった。
戦場なのか、ここは。
遥は暗い気持ちで部屋の中に足を踏み入れた。
通された部屋はこの建物の外観からはとても想像のつかなかった洋室だった。
ちょうどホテルのスイートルームのようだ。寝室とテーブルとソファのあるリビングに、バスルームなどがついているらしい。ゲストルームとでも呼ぶのだろうか。
リビングの隅にホームバーがあった。無意識にそこに並べられている酒のビンのラベルをチェックしていた。
「横になられますか?」
「いや……」
「お座りになってください。本日はここが遥様のお部屋ですから」
促されて遥はソファに腰を下ろした。
桜木が旅行バッグを開いている。確か桜木喜之がここまで持ってきたバッグだ。その中から取り出されたのは、二本の水筒と二段の重箱だった。
「御披露目が終わるまで、こちらで食事などを出されても手を付けない方が無難ですので、飲み物と簡単な食べ物を用意して参りました。仕度にはいるまでにまだ少し時間がございます。召し上がってください」
「ほしくない。水だけほしい」
「かしこまりました」
桜木が水筒の中身を水筒のふたのカップに注ぐ。
遠足みたいだ。
そう思ったが、口にはしなかった。無駄話をしたい気分ではない。
何も言いたくない。
渡されたカップに遥は口を付ける。そして、一口ずつ噛みしめるように水を飲んだ。
開け放たれた窓から流れ込んでくる初夏の風は、ずっと閉じこめられていた遥には夢のような心地よさだった。この心地よさの裏側で進んでいるできごとは遥にとってはまだそれが悪夢のような気がしてならない。
だが、もうここまで来てしまった。
遥は戻れない場所までこの加賀谷の一族と関わってしまった。
「サングラスをはずしていいか?」
「カーテンを引きますので、少々お待ちください」
桜木が窓にレースのカーテンを引いた。
遥はゆっくりサングラスをはずす。
目がすぐには慣れない。明るさが目に突き刺さるようだ。
やっと普通に見えるようになった室内は、壁も家具も白が基調だった。ひどくまぶしく感じたのは、その照り返しのせいだったらしい。
湊が戻ってきた。
「全部処分してきた」
そう桜木に報告している。
「了解。基と洋を中へ呼んでくれ」
「窓の外だね。行ってくる」
遥は風に乱される髪を何度も指ですく。
「窓をお閉めいたしましょうか?」
遥には桜木がなんとなく遥をうかがっているように感じられた。
思わず苦笑が浮かんでしまった。
「いや、このままでいい」
「承知いたしました」
そのとき、部屋の中に若い男が二人入ってきた。十代に見える。
二人ともが遥を見て目を丸くしている。
桜木が二人を紹介した。
「わたくしの祖父の代に分家として独立した家の者です。こちらが桜木基、こちらが洋です。わたくしのはとこに当たります」
「桜木基です。こちらが弟の洋です。どうぞよろしくお願いいたします」
遥はゆっくりと立ち上がった。
「高遠遥です。こちらこそお世話になります」
遥が頭を下げると、彼らも桜木や湊と同様困惑の表情を浮かべた。
兄弟らしくよく似た顔が困って目を見交わしている。
この桜木姓の男たちは本当に完璧に洗脳されているらしい。人と人は対等ではないということに関して。
0
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
後悔 「あるゲイの回想」短編集
ryuuza
BL
僕はゲイです。今までの男たちとの数々の出会いの中、あの時こうしていれば、ああしていればと後悔した経験が沢山あります。そんな1シーンを集めてみました。殆どノンフィクションです。ゲイ男性向けですが、ゲイに興味のある女性も大歓迎です。基本1話完結で短編として読めますが、1話から順に読んでいただくと、より話の内容が分かるかもしれません。
ショタ18禁読み切り詰め合わせ
ichiko
BL
今まで書きためたショタ物の小説です。フェチ全開で欲望のままに書いているので閲覧注意です。スポーツユニフォーム姿の少年にあんな事やこんな事をみたいな内容が多いです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる