上 下
46 / 182
A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】

(46)

しおりを挟む
 案に相違して、いつまで待っても寝室のドアはノックされなかった。
 普段ならうっとうしいと思うのに、来ないとなるとかえって落ち着かない。
 遥はこぼした涙の跡をぬぐうと、ベッドを降りた。

 遥が寝室を出て、桜木達の部屋に近づいているのに、いっこうに動きがない。

 変だ
 まさか二人とも眠っているなんてことは、ないよな

 開け放しのドアから、玄関ホールへ光が伸びている。かしゃかしゃという音が聞こえているから、眠ってはいないようだ。

 遥はそっと中をのぞいた。
「遥様」
 パソコンに向かっていた桜木がすぐに気がついた。湊はいない。
 いつもの穏やかな笑みが浮かんでいる。
「どうなさいました? 眠れないのですか?」
「寝たよ。目が覚めただけ」
 立ちあがって近づいて来た桜木が、遥の顔をしげしげと見た。
「泣かれましたか?」
 遥ははっとして顔を背ける。
「顔を洗った方がよろしいですよ、気持ちが切り替わりますから。その間に私はお茶をご用意しておきます」
 促されながら肩越しに部屋の中を見た。
 それから桜木を見上げる。
「モニターがついてない」
「そのことは後でお話ししましょう。顔を洗ってらしてください」
 そう言われて、洗面所へ行った。
 洗面台の鏡に映る遥の顔は、お世辞にも美しくなかった。目は赤く、まぶたは少し腫れているし、鼻も赤い。
(かっこわる……)
 念入りに顔を洗い、タオルで拭いた。

 ダイニングに行くと、桜木が急須から茶碗に緑茶を注いでいるところだった。
 遥は出入り口近くの椅子に適当に座る。その時見上げた壁の時計は午前一時半だった。
 桜木が苦笑した。
「上座に座ってくださらなくてはいけません」
「いいじゃないか。好きなところで」
 桜木がため息をついた。
 遥は自分の前の席を指さした。
「前に座れよ。話ができないだろう?」
 あきらめのため息だろう。桜木がまた深く息を吐いた。
 桜木の差し出してくれた茶碗を遥は両手に包む。

 しみじみと桜木が言った。
「ずっと変わられないのですね、遥様は」
「変わったよ」
「いえ。変わられません。決して私を俊介とはお呼びにならない」
「湊は呼んでる」
「それは湊が同い年だからでございましょう? 遠慮なさらずに呼んでいただきたいのですが……」
「遠慮しているわけじゃない。呼びたくなったら呼ぶ。自分のしたくないことはしたくない。無理をするとぼろが出るから」
「それはそうかもしれませんが……」
 遥は茶碗をテーブルに置いた。
「今夜はどうして見張ってないんだよ」
 桜木が遥を見てから、視線を落とした。
「隆人様からのご命によりまして、今夜は控えさせていただいております」
 遥は視線を桜木以外の場所に移す。
「俺が突然暴れ出すかもしれないのにか?」
「今夜は決して遥様の邪魔をすることのないようにと、命じられております」
 遥は意地悪く訊く。
「俺が目の前で自殺しようとしてもか」
 桜木の視線を感じた。思わずそちらを見てしまう。
「はい。その通りでございます」
 桜木が静かに肯定した。
 遥は歯を食いしばった。
「この期に及んで、わたくしも言い訳はいたしません。私は自分の信じることを実行してきたのみ。ですが、泣くほどお嫌なことをこれ以上遥様に求めるのも、やはり何か違うような気がいたします」
「だから、勝手にしろと、そう言うわけか」
「いえ、決してそのような投げやりな気持ちで申し上げたわけではございません」
 遥は髪をかき上げた。それから頬杖をついて、視線を横に逃がした。
「泣いたのはそのせいじゃない。昔母親に捨てられた時の夢を見たからだ」
 桜木は何も言わない。
 遥は自嘲する。
「あの人は、俺の父親の妻でいたことを忘れたいから、父親似の俺もいらないと言った。自分で生んだくせに、いらないんだってさ。両親が離婚した後、一回だけ電話したことがある。もうかけないでと言われた。誰がかけるかテメェなんかにと思った。とどめは父さんが亡くなったことを封書で知らせた時だ。あの人は俺の送った封筒に受け取り拒否と書いて送り返してきやがった。赤い字ででかでかと」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッチョ兄貴調教

Shin Shinkawa
BL
ジムでよく会うガタイのいい兄貴をメス堕ちさせて調教していく話です。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

お尻の際どいところまで刺青が入ってるのを見せてくれる男

八億児
BL
翻弄されるバイトくん×貞操観念ガバでエッチな刺青男性

後悔 「あるゲイの回想」短編集

ryuuza
BL
僕はゲイです。今までの男たちとの数々の出会いの中、あの時こうしていれば、ああしていればと後悔した経験が沢山あります。そんな1シーンを集めてみました。殆どノンフィクションです。ゲイ男性向けですが、ゲイに興味のある女性も大歓迎です。基本1話完結で短編として読めますが、1話から順に読んでいただくと、より話の内容が分かるかもしれません。

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

処理中です...