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7.叱責と嘲笑
(前)
しおりを挟む「白井、カモン」
中島が欧米人のような大きな動作で澄人を呼んだ。手帳と筆記用具を持って付いていく。小会議室で向かい合わせに座った。
「課長から、お前の仕事にチェックを入れろと言われた。今抱えている企画案が理由だそうだ。だが、あれは随分改善したと私は考えていたんだがな」
賃料のかさむオフィスをミニマムにし、社員を自宅で仕事させる企業がIT関連を中心に増えてきた。現場の営業や設計士に取材し、潜在的な需要を探った結果だ。そういった層を対象に、在宅勤務にはどのような環境が望ましいかを洗い出した。客の仕事内容や家族構成によって変わる個室や半個室というワークスペース確保の仕方に加え、テレワーク用内装設備開発を進めている企業もあるとわかった。
これらに関する情報を基に企画案にまとめ、泰徳に提出してあった。その資料が中島の手許にある。
「目の付けどころもいいし、積極的に詰めていっていいと思う。私も面白いと思っているが、こういう新しいものは本来うちの課長が好きな方向だ。若い者同士で直にやりあった方が話も早い。私を噛ませる意味がよくわからん」
澄人は中島の前の資料を見つめる。その資料の上に中島が手を置いた。
「だが、問題はこの先だ」
澄人は顔を上げた。中島が不機嫌そうに目を細めている。
「課長はな、今お前の抱えている仕事を引き継ぐことも考えてサポートしろと言った」
澄人は頭の血がすっと引くのがわかった。同時に泰徳の言葉の意味もわかった。今後どうするかとは、澄人を白井家に返すことで、澄人がこの会社にいる必要もなくなるということだったのだ。
「お前、配置転換の希望でも出すのか? それとも、辞める気か?」
中島の追求の声は低い。
すぐに返事ができない。ただ世話係の澄人は泰徳に拒否された。仕事上でも泰徳は澄人を必要な部下だと思ってくれていない。呆然としながら、口だけが動く。
「課長から、必要とされていなくて、実家の意向で家に戻れと命ぜられたら、俺は……」
「ふざけてんじゃねえぞ、白井ッ」
立ちあがった中島が書類を長机に叩きつけた。澄人の提出した資料だ。
「貴様、仕事舐めてんのかっ。お客様を馬鹿にしてんのかっ。上司が自分を必要としていない? そんなの必要と思われるように自分が変われっ。実家の意向? お前は箱入りお嬢様かっ。テメエのことはテメエで決めろ。それが大人ってことだろうが。お前に続ける固い意志さえあればどうにでもなることだッ」
怒鳴る中島を澄人はただ見つめた。
「その程度のことで辞めるなど考えるような中途半端な気持ちでこの会社に入社するくらいなら、最初っから受けるな。貴様よりもっとやる気のある人材が入社できたはずたったんだからなッ」
返す言葉もなくうつむく。中島が椅子をしまってドアに向かった。
「とにかく、お前が本当に何をしたいのか真剣に考えろ。それでも仕事を投げだすつもりなら今すぐ辞表を出せ。やる気がない奴は迷惑だ。私からは以上ッ」
中島が足音も荒く会議室を出ていった。
澄人はものろのろと立ちあがる。頭が混乱して気持ちが悪い。ただ、鉛のように重い悲しみが澄人の歩みも遅くしていた。
一度席に戻ってからラバトリーに行った。洗面台で顔を洗う、何度も何度も。
中島の言葉が胸に突きささっている。確かに澄人がKUREBAYASHIを目指したのは、泰徳の側にいたいというそのためだった。それを中途半端な気持ちと言われれば否定できない。しかし、いつでも泰徳に仕事でも認められたいと努力してきた。今、その努力とは別の部分で泰徳と気持ちがすれ違い、遠ざけられようとしている。
主の決定や意向は白井家の者にとってそれだけ重い。それを覆すなど恐れ多い行為だ。泰徳が澄人を見たくないのなら、澄人は去るしかない。
また鼻の奥がツンとしてきた。目も熱く潤む。澄人はまた顔を洗った。
机に向かってもまったく仕事に集中できなかった。資料をパソコンの画面に映し、何度も読み返すだけだ。今日は何も考えられない。ため息ばかりついている。定時になるとすぐに席を立ち、真っ直ぐ駅に向かうと地下鉄に乗った。
世話係の任を解かれ、白井家に戻ることになる以上、澄人は確かにKUREBAYASHIにいる必要はない。だが、泰徳の側で仕事をしてドレッシーノのヒットには同じ企画課の一員としてわくわくした。今のプロジェクトには手応えを感じているし、自分もお客様に家を建てる喜びの一助になれそうだと思っていた。投げだしたくはない。
しかし、だ。主が絶対の中で育った澄人は、泰徳の命に逆らえない。自分の気持ちを殺しても主の意に染まぬ行動は許されないのだ。
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