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第一章
第2話 ココロ
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僕はふっと空を見上げる。吸い込まれるような透明感のあるブルーが僕の視界いっぱいに広がった。雲ひとつない青空。それを見上げながら、混じりけのない朝の空気を思い切り吸い込んだ。僕の肺が喜んでいるのを感じる。
「空を見上げるの、そういえば久し振りだな」
最近の僕はうつむき加減で登校していたから、気が付かなかった。いや、忘れていた。空はいつだって平等に、誰にでも光を与えてくれることを。
そんなことを考えながら、僕は歩を進めて校舎へと向かっていった。心地良さを胸いっぱいに感じながら。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
「心野さん、おはよう」
「――――!!!」
教室に入って自分の席に着く前に、心野さんに朝の挨拶をしたわけだけど、やっぱりちょっとビックリされてしまった。でも昨日程でもないか。昨日はビックリ声を上げるとともに、お尻を浮かせるくらい驚いていたわけだし。
「お、お、おはようございます」
前髪を両手で引っ張りながらではあるけど、ちゃんと挨拶を返してもらえた。だけどまだ緊張しているのか、僕に顔を向ける仕草が、まるで錆びついたからくり人形みたい。『ギギギ……』という音が聞こえてきそうだ。
でも、それでも僕はすごく嬉しかった。
「心野さん、昨日はちゃんと無事に家に帰れた? なんかフラフラしながら教室を出ていっちゃってたから心配してたんだ」
「は、はい、電信柱に何度もぶつかりながら無事に……」
「……心野さん? たぶんそれ、無事とは言わないと思うんだけど。あと、さっきからずっとあくびしてるけど、ちゃんと寝られた?」
前髪のせいで表情が分からないけれど、さっきから何度も大あくびをしている心野さん。すごく眠そう。
「あ、い、いえ、ちょっと妄想が捗りまして……それで一睡もできなくて」
「え!? ね、寝てないの!? 全く!? というか何を妄想してたの?」
「あ、あ、……えーと……ちょ、ちょっと色々と……はい……」
表情は見えないけど、心野さんの耳が真っ赤になっている。一体どんな妄想をしてたのさ、心野さん……。気になる。すっごい気になる。え? もしかしてR18的な妄想? 訊きたい。訊きたいけど、なーんかちょっと怖いんですけど。
「あ、あと……パーティーを少々……」
「ぱ、パーティー? 誰かの誕生日だったとか?」
「い、いえ、そうではなくて……」
急に手遊びを始める心野さん。なんか嫌な予感ビンビンなんですけど。
「あの……いえ……き、昨日ですね、お父さんとお母さんとアルトに話したんです。但木勇気くんという男子にナンパされちゃったこと。そしたら、すごく喜んでくれて、お、お父さんのテンション爆上がりしちゃって。それでパーティーが始まりまして……。お母さんは嬉しさのあまり踊りくるうし……」
「ちょ、ちょっと待って心野さん! 昨日言ったでしょ、ナンパじゃない! ナンパじゃないんだってば! というか心野さん、僕の名前をお父様達に?」
「は、はい、伝えました。お父さん、喜びのあまりカレンダーに『但木勇気くんからのナンパ記念日』って書いてました」
「ナンパ記念日!? ちょ……心野さん! よく聞いて! 僕はナンパなんかしてないし、そんな記念日勝手に作らないで! あとアルトって心野さんのご家族? 心野さんってもしかしてハーフだとか?」
「あ、アルトは犬です」
「犬!? 犬にまで報告しちゃったの!?」
「ミジンコ以下の私がナンパされちゃうなんて……ふふ……うふふふふ」
「ちゃんと聞いてよ心野さん! で、友野! なんでお前がこっちにいるんだよ! お前の席はもっとあっちだろ!」
いつの間にか、友野が地べたに座り込んで、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。見世物じゃないっていうの!
「いやー、お前が女子と話しているなんて新鮮な光景じゃん。それに俺は責務を全うする義務があるんでな。お前の保護者として全てを把握しておかないとな」
「友野、いつからお前は僕の保護者になったんだよ……。まあ、モテモテのバスケ部のエース様には分かりませんでしょうな、僕の気持ちなんて。毎日毎日、彼女とただれた生活を送っているお前にはな!」
友野はっちゃく。天は二物を与えずというが、そんな言葉は嘘っぱちであることを僕は知っている。身長も180センチを軽く超え、顔面偏差値はめちゃくちゃ高く、そして運動神経も抜群。だから女子からもモテモテ。一体コイツは天から何物与えられているのか。羨ましいったらありゃしない。
「彼女? いや、今はいないぞ俺には」
へ? サラリと言ってるけど、確か友野って高校入学してたった一日で女子から告白されて付き合っていたような。
「なんで? この前の女子とは別れたの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 結構前に別れてるぞ。どうして俺を好きになったのか訊いたら顔がいいからだってさ。俺の中身なんてどうでもよかったみたいだ。だから一日で別れたよ、外見だけで好きと言われても虚しいだけだろ」
この余裕振りよ。でもそんなものなのか? 僕には想像すらできないや、モテる奴の頭の中は。しかし、本当に羨ましい奴だ。
「おおっと、そろそろホームルームが始まる時間だ。おい但木、ナンパついでに心野さんをデートにでも誘ってやれよ。お前、女子とデートなんてしたことなかっただろ? そろそろその女性恐怖症を治しておかないと将来ずっと独身だぞ?」
言って、友野は右手をひらひらさせながら自分の席へと戻っていってしまった。全く、デートになんて誘えるわけがないだろ。それができれば苦労しないっていうの。大体、心野さんとは昨日から喋ったばかり……って。
「ちょ、心野さん!? またどうしちゃったの!?」
昨日と全く同じ。心野さんは机に突っ伏し、だらーんと力なく両手を投げ出したまま動かなくなってしまった。デジャブ感半端ないんですけど。
「お父さん、お母さん……私にまた記念日ができました。但木くんが私をデートに誘ってくれたんです。ミジンコ以下の私がデートだなんて。都市伝説じゃなかったんですね、デートって。ふふ、うふふふふ……」
「心野さん! ちょっと待って! 誘ってない、まだ誘ってないでしょ!? あれは友野が勝手に言っただけ……って、心野さん、聞いてる!?」
「デート、デートですよ、ひいお婆ちゃん……もう心残りはないです。もうすぐそっち行くから待っててね。あ、でも私、賽の河原で石を積まなきゃいけないんだよね? 頑張るね、だから待っててねひいお婆ちゃん」
「心野さん! お願いだからこっちに戻ってきて! 本当に何が見えてるのさ! ほら、そろそろホームルームが始まっちゃ――」
「デート、デート……。確かデートって一緒に買物行ったり、おしゃれな喫茶店でお喋りしたり、映画観に行ったり。それで、その後はあんなことやこんなことをするんだよね。あんなことやこんなこと……ふふ、うふふふふ……」
「違うってば! デートに誘ってないから! あと、あんなことやこんなことって一体何!? たぶんそれ、絶対に間違ってるから! ほ、ほら、先生来ちゃったよ!? お願いです、こっちの世界に戻ってきて!」
「デート……デート……」
「駄目だ、すっかり自分の世界に入り込んじゃってる。まだ授業すら始まってないのに、今日一日ずっとこんな状態が――ん?」
何か視線を感じる。僕はその視線を向けている相手を見つけるべく、心野さんから一度目を離して教室全体を見渡した。
「音無……さん?」
視線を向けているのが誰なのか、すぐ分かった。学級委員長の音無小雪さんだ。言葉を交わしたことはないけれど、とても目立つのでどんな人なのかは知っている。艷やかで綺麗な長い黒髪がとても印象的な、とても美しい女の子。人望も厚く、いつも皆んなの輪の中にいる。僕のような人間からすれば雲の上のような存在。
その音無さんがこちらを見ていた。僕と目が合った瞬間、視線を逸らしたけど、間違いない。音無さんはこちらを見ていた。
だけど、とても気になることがあった。
音無さんの目は若干の憂いを含み、そして、とても心配そうだったことを。僕の勘違いじゃない。それくらい、さすがの僕にだって分かる。
そして、それはやはり勘違いではなかった。その事実がはっきりするのはだいぶ後にはなるけれど、しかし、音無さんは知っていた。
心野さんのココロの中を――。
「空を見上げるの、そういえば久し振りだな」
最近の僕はうつむき加減で登校していたから、気が付かなかった。いや、忘れていた。空はいつだって平等に、誰にでも光を与えてくれることを。
そんなことを考えながら、僕は歩を進めて校舎へと向かっていった。心地良さを胸いっぱいに感じながら。
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「心野さん、おはよう」
「――――!!!」
教室に入って自分の席に着く前に、心野さんに朝の挨拶をしたわけだけど、やっぱりちょっとビックリされてしまった。でも昨日程でもないか。昨日はビックリ声を上げるとともに、お尻を浮かせるくらい驚いていたわけだし。
「お、お、おはようございます」
前髪を両手で引っ張りながらではあるけど、ちゃんと挨拶を返してもらえた。だけどまだ緊張しているのか、僕に顔を向ける仕草が、まるで錆びついたからくり人形みたい。『ギギギ……』という音が聞こえてきそうだ。
でも、それでも僕はすごく嬉しかった。
「心野さん、昨日はちゃんと無事に家に帰れた? なんかフラフラしながら教室を出ていっちゃってたから心配してたんだ」
「は、はい、電信柱に何度もぶつかりながら無事に……」
「……心野さん? たぶんそれ、無事とは言わないと思うんだけど。あと、さっきからずっとあくびしてるけど、ちゃんと寝られた?」
前髪のせいで表情が分からないけれど、さっきから何度も大あくびをしている心野さん。すごく眠そう。
「あ、い、いえ、ちょっと妄想が捗りまして……それで一睡もできなくて」
「え!? ね、寝てないの!? 全く!? というか何を妄想してたの?」
「あ、あ、……えーと……ちょ、ちょっと色々と……はい……」
表情は見えないけど、心野さんの耳が真っ赤になっている。一体どんな妄想をしてたのさ、心野さん……。気になる。すっごい気になる。え? もしかしてR18的な妄想? 訊きたい。訊きたいけど、なーんかちょっと怖いんですけど。
「あ、あと……パーティーを少々……」
「ぱ、パーティー? 誰かの誕生日だったとか?」
「い、いえ、そうではなくて……」
急に手遊びを始める心野さん。なんか嫌な予感ビンビンなんですけど。
「あの……いえ……き、昨日ですね、お父さんとお母さんとアルトに話したんです。但木勇気くんという男子にナンパされちゃったこと。そしたら、すごく喜んでくれて、お、お父さんのテンション爆上がりしちゃって。それでパーティーが始まりまして……。お母さんは嬉しさのあまり踊りくるうし……」
「ちょ、ちょっと待って心野さん! 昨日言ったでしょ、ナンパじゃない! ナンパじゃないんだってば! というか心野さん、僕の名前をお父様達に?」
「は、はい、伝えました。お父さん、喜びのあまりカレンダーに『但木勇気くんからのナンパ記念日』って書いてました」
「ナンパ記念日!? ちょ……心野さん! よく聞いて! 僕はナンパなんかしてないし、そんな記念日勝手に作らないで! あとアルトって心野さんのご家族? 心野さんってもしかしてハーフだとか?」
「あ、アルトは犬です」
「犬!? 犬にまで報告しちゃったの!?」
「ミジンコ以下の私がナンパされちゃうなんて……ふふ……うふふふふ」
「ちゃんと聞いてよ心野さん! で、友野! なんでお前がこっちにいるんだよ! お前の席はもっとあっちだろ!」
いつの間にか、友野が地べたに座り込んで、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。見世物じゃないっていうの!
「いやー、お前が女子と話しているなんて新鮮な光景じゃん。それに俺は責務を全うする義務があるんでな。お前の保護者として全てを把握しておかないとな」
「友野、いつからお前は僕の保護者になったんだよ……。まあ、モテモテのバスケ部のエース様には分かりませんでしょうな、僕の気持ちなんて。毎日毎日、彼女とただれた生活を送っているお前にはな!」
友野はっちゃく。天は二物を与えずというが、そんな言葉は嘘っぱちであることを僕は知っている。身長も180センチを軽く超え、顔面偏差値はめちゃくちゃ高く、そして運動神経も抜群。だから女子からもモテモテ。一体コイツは天から何物与えられているのか。羨ましいったらありゃしない。
「彼女? いや、今はいないぞ俺には」
へ? サラリと言ってるけど、確か友野って高校入学してたった一日で女子から告白されて付き合っていたような。
「なんで? この前の女子とは別れたの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 結構前に別れてるぞ。どうして俺を好きになったのか訊いたら顔がいいからだってさ。俺の中身なんてどうでもよかったみたいだ。だから一日で別れたよ、外見だけで好きと言われても虚しいだけだろ」
この余裕振りよ。でもそんなものなのか? 僕には想像すらできないや、モテる奴の頭の中は。しかし、本当に羨ましい奴だ。
「おおっと、そろそろホームルームが始まる時間だ。おい但木、ナンパついでに心野さんをデートにでも誘ってやれよ。お前、女子とデートなんてしたことなかっただろ? そろそろその女性恐怖症を治しておかないと将来ずっと独身だぞ?」
言って、友野は右手をひらひらさせながら自分の席へと戻っていってしまった。全く、デートになんて誘えるわけがないだろ。それができれば苦労しないっていうの。大体、心野さんとは昨日から喋ったばかり……って。
「ちょ、心野さん!? またどうしちゃったの!?」
昨日と全く同じ。心野さんは机に突っ伏し、だらーんと力なく両手を投げ出したまま動かなくなってしまった。デジャブ感半端ないんですけど。
「お父さん、お母さん……私にまた記念日ができました。但木くんが私をデートに誘ってくれたんです。ミジンコ以下の私がデートだなんて。都市伝説じゃなかったんですね、デートって。ふふ、うふふふふ……」
「心野さん! ちょっと待って! 誘ってない、まだ誘ってないでしょ!? あれは友野が勝手に言っただけ……って、心野さん、聞いてる!?」
「デート、デートですよ、ひいお婆ちゃん……もう心残りはないです。もうすぐそっち行くから待っててね。あ、でも私、賽の河原で石を積まなきゃいけないんだよね? 頑張るね、だから待っててねひいお婆ちゃん」
「心野さん! お願いだからこっちに戻ってきて! 本当に何が見えてるのさ! ほら、そろそろホームルームが始まっちゃ――」
「デート、デート……。確かデートって一緒に買物行ったり、おしゃれな喫茶店でお喋りしたり、映画観に行ったり。それで、その後はあんなことやこんなことをするんだよね。あんなことやこんなこと……ふふ、うふふふふ……」
「違うってば! デートに誘ってないから! あと、あんなことやこんなことって一体何!? たぶんそれ、絶対に間違ってるから! ほ、ほら、先生来ちゃったよ!? お願いです、こっちの世界に戻ってきて!」
「デート……デート……」
「駄目だ、すっかり自分の世界に入り込んじゃってる。まだ授業すら始まってないのに、今日一日ずっとこんな状態が――ん?」
何か視線を感じる。僕はその視線を向けている相手を見つけるべく、心野さんから一度目を離して教室全体を見渡した。
「音無……さん?」
視線を向けているのが誰なのか、すぐ分かった。学級委員長の音無小雪さんだ。言葉を交わしたことはないけれど、とても目立つのでどんな人なのかは知っている。艷やかで綺麗な長い黒髪がとても印象的な、とても美しい女の子。人望も厚く、いつも皆んなの輪の中にいる。僕のような人間からすれば雲の上のような存在。
その音無さんがこちらを見ていた。僕と目が合った瞬間、視線を逸らしたけど、間違いない。音無さんはこちらを見ていた。
だけど、とても気になることがあった。
音無さんの目は若干の憂いを含み、そして、とても心配そうだったことを。僕の勘違いじゃない。それくらい、さすがの僕にだって分かる。
そして、それはやはり勘違いではなかった。その事実がはっきりするのはだいぶ後にはなるけれど、しかし、音無さんは知っていた。
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