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第五章 七大精霊
第109話 プロローグ1
しおりを挟む精霊――それは世界を構築する七つの属性の集合体。『地・水・火・風・光・氷・雷』、それぞれの集合体が存在し、それぞれが守り神のような役割を持っている。
精霊の存在を確認しているのは世界広しと言えどエルフ族だけである。それは精霊がエルフ族の大陸ヴァーレン王国にしか存在せず、精霊と関わりが深いのがエルフ族だからである。
特に光の精霊ルークは光の神リディアスと同列視される程であり、エルフ族の中では信仰の対象だ。無論、他の精霊についてもルーク程ではないが信仰の対象となっており、エルフ族の魔法も神ではなく精霊との契約で発動する。
精霊はヴァーレン王国の至る所に存在し、普段はその姿を見せない。それぞれの精霊は互いに干渉することはせず、自らが収める地を守っている。
だが今日この時ばかりは違った――。
大陸のとある森の中にて、強大な力を持った七体の精霊が一堂に会していた。
その姿はただの光の球だが、円卓を囲んで何やら話し込んでいる。
『――魔王が復活した』
『――世界が再び混沌に包まれる』
『――だがこれは契機だ』
『――数万年に渡る奴隷からの解放』
『我らが宿願、今こそその時』
『しかし我らが鍵は未だ覚醒には至らず』
『時間が無い。真なる予言の時は近い』
『鍵に試練を与えるべきだ。覚醒を促さなければ』
『鍵は我らが国にいる。エルフの王に伝えよ』
『彼の者を――審判の鍵、ルドガー・ライオットに試練を与えるのだ』
★
暗闇の中で叫び声が聞こえる。絶望と苦痛から来るその声は俺の肩にのし掛かってくる。まるで泥沼の中に足を突っ込んで歩いているみたいに足が重い。それでも叫び声から逃れようと必死に藻掻いて歩く。
何処だ……出口は何処だ……。いつまでこうしていればいい……どうやったら此処から抜け出せるんだ……。どうして俺は此処に……どうして……何でこんな所にいるんだ……。
――お兄ちゃんは僕達を見殺しにしたんだ。
――あんなに苦しかったのに。
――お兄ちゃんは逃げたんだ。
違う、違う……俺は……俺は本当は助けたかったんだ。お前達を見殺しにするつもりはなかったんだ。お前達は俺の大切な家族で、何よりも愛していた。
――うそだ。だったら見殺しにしなかった。
違うんだ……俺は本当にお前達を――。
「だったら何で僕を殺したんだい?」
「――ッ!?」
目の前にアーサーが立っていた。胸に大きな穴を空け、血塗れになった俺の弟が。
「兄さんは僕を殺したんだ。その手で、兄さんが、僕の身体に穴を空けたんだよ」
右手が生暖かく感じた。その手を見ると、血で真っ赤に染まっていた。驚いてその手を振って血を払おうとするが、血は俺の手から離れようとしない。
そうだ――俺はこの手でアーサーを貫いた。妹を守る為に、救うはずだった弟を俺が殺した。
アーサーは血塗れの顔で狂気染みた笑みを浮かべた。
「僕から姉さんを救ったんだ。本望だろう? 弟を殺して妹を救ったんだ……兄の鑑だね」
「アーサー……俺は……許してくれ……俺はお前を……」
「……そう言えば、カイはどうしたんだい? 僕を殺して、救えたのかい?」
「……!?」
俺振り向いた。そこには俺のもう一人の弟がいた。胸元を血だらけにし、生気の無い顔で俺を見つめていた。
「大兄上――どうして助けてくれなかったんだ――?」
その瞬間、俺は悲鳴を上げた。
★
「センセ! センセ! ルドガー!」
「っ――はっ――!?」
目を開けると、寝巻姿のララが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
何があったのか分からず呆然としていると、ララが俺の顔に触れる。ヒンヤリとした手が俺の額に触れて汗を拭う。
「センセ、大丈夫? もの凄く……魘されてた」
「はぁ……はぁ……魘され……そうか……夢……夢か……」
「……毎晩酷いけど、今日のは特に酷かった」
俺が落ち着いたのを見ると、ララはホッと一息吐いてそのままベッドに座る。
もうあの悪夢を見始めて随分経つ。アーサーを殺し、カイの命を糧に蘇ってからずっと見続けている。殆どは俺の弟妹たちが出てくるが、偶に他の人物も出てくる。俺が今まで殺した魔族、大戦で俺と一緒に戦って死んだ者たち。その全員が出てきて俺に恨み言を叫んでくる。
もうずっとだ。どんなに心を落ち着かせる霊薬を飲もうとも、望んだ夢を見られる霊薬を飲んでも一向に悪夢から逃れられない。
「センセ……それ」
ララが俺の首に触れた。その指先には俺を蝕むようにして右腕から伸びている黒い線がある。
魂殺の鏡……一度は症状を抑え込んだ呪いだが、呪いは消え去らなかった。呪いは再び俺を蝕んでいき、既に右腕は再び黒く染まり、ララが触る首筋にまで進んでいた。
「待ってろ、今、霊薬を持ってくる」
「いや、いや……大丈夫だ、必要ない」
「でも……」
「大丈夫だ……大丈夫」
何とか落ち着きを取り戻し、ベッドに身体を沈める。半人半魔である俺は眠らなくてもある程度の期間は問題無い。だがもうそのある程度をだいぶ超えている。そろそろ睡眠を確保しなければ流石の俺も限界だ。
「……まったく」
「……おい」
ララが俺の隣に寝転がった。ベッドは少し大きめとは言え、二人じゃくっ付かなければ落ちてしまう。
「……何だ?」
「何だはこっちの台詞だ。何してんだ?」
「センセの所為で飛び起きたんだ。もう部屋に戻るのも面倒臭い。このまま寝る」
「……お前、もうじき18なんだからそういうのは……おい、ったく……」
結局そのままララは俺の腕を枕にして朝まで眠ってしまった。俺はというとそのまま眠らず朝までララの鼓動を感じていた。
もうあれから一年と半年だ。もう少し経ってるかもしれないが、それぐらいの月日が流れた。
この一年、魔王は復活したが世界に大きな変化は見られなかった。魔族が戦争を仕掛けることも、世界に災いが降り掛かることもなかった。
しかし水面下では、いずれ来たる大きな戦いの準備を進めている。雷の勇者であるエリシアを筆頭に、各国の王達へ秘密裏に魔王のことが知らされた。光の勇者が魔王を復活させてしまい、当初は勇者に対してその責任や在り方を問われたが、勇者がいなければ魔王に立ち向かうことができないのも事実。残っている勇者達と国々が協力して軍事力の強化を始めた。
魔王復活を知るのは各国の王達と極々一部の者達だけであり、世間はまだその真実を知らない。
そして俺達がいるエルフの国でも戦いの準備を密かに進めていた。戦士達の育成は勿論のこと、魔法を組み込んだ兵器の開発と量産。エルフの王ヴァルドールの名の下に重鎮達が知恵を振り絞って魔王との戦いに備えている。
そんな中、俺は呪いの解呪方法を探りながらアーヴル学校の教師として再び暮らしていた。
「ハァ……」
朝、鏡に映る随分と顔色の悪い男の顔を見つめる。呪いが侵食し、悪夢に魘されて生気を失いつつある顔に腹が立つ。冷たい水で顔を洗い流し、隠匿魔法で目の隈や呪いの痕を消す。これで他の者には血色が良い肌色に見えるだろう。
『センセー! 朝食ができたー!』
食堂からララが呼んでいる声が聞こえる。身嗜みを整え、食堂へと向かう。既にララ達は席に着いており、俺が座るのを待っていた。いつもの席に座り、朝食を食べ始める。
何となしに、朝食を摂るララ達に目をやる。
16歳から17歳を超えてもうじき18歳になるララは、魔族の血を半分流すからか以前よりもずっと大人びている。年齢的にも立派な成人として見られるだろう。
エルフであるリインはたったの一年半じゃ外見は変わらない。ただ付き合いが長くなった分、ツンツケとした態度はそれなりに柔らかくなった。それでもまだ勝ち気な所は変わらない。
そしてシンクだが――俺の目の前で朝食をガッツリと頬張っている『青年』がそうだ。
青年……青年だ。いや、正確には青年と少年の間辺りか。年齢で言えばララと同じぐらい。たった一年半でシンクの成長は此処までに至った。シンクの身体が普通ではないのは理解していたが、こんな症例は初めて見る。きっと改造に改造を施されているのだろう。いずれはシンクの身体を調べておかなければ。
「んぐ……何、父さん?」
「いや、これも食うか?」
「あー、食べるけど……食欲無いの?」
「……最近どうもな。言っておくが、味は最高だ」
「当然だ」
「貴方、ずっと食べてないじゃない。やっぱりその腕……」
リインが俺の右手を見て眉を顰める。今は魔法で普通の手に見せているが、解除すれば真っ黒に腐ったような手に戻る。この呪いの所為でせっかくのララの料理が喉を通らない。
三人を心配させないように笑みを作り、呪いの苦痛を和らげるララ特性のティーだけを飲む。
「魔法で見せ掛けてるけど、顔も随分と窶れてる。今日は休んだら?」
「そういう訳にはいかない。生徒達に教えることが沢山ある」
「……」
「……あっそ。でも姉さんの所には必ず顔を出してよね。それを診てもらわないと。最近診てもらってないでしょ?」
リインは頬を膨らませた。彼女の言う通り、アイリーンに呪いを診てもらっているが、最近はそれをしてもらっていない。どうせ診てもらってもこの呪いは解けない。それに呪いを診るアイリーンの顔を見ていると、俺が苦しめているようで辛く感じる。
だが確かにそろそろ顔を出したほうが良いかもしれない。アイリーンが怒って俺の書斎に突入してくる光景が目に浮かぶ。
「分かった。放課後にでもな。俺は先に出る」
俺は立ち上がり、さっさと用意を済ませて学校へと向かった。学校に到着し、授業の準備をして時間になったら教室に向かって授業を始める。何てことはない、ララと出会う前と同じありふれた授業だ。俺が知り得ている外の知識を子供達に教えていく。彼らが疑問に思ったことを真摯に聞き、ユーモアを交えて答えてあげる。
こうして授業をしている間だけ、抱えている問題を頭から排除することができる。弟達の死、魔王復活、呪い、親父が遺した言葉――その複雑且つ難しい問題から解放されて心が落ち着く。
一年半だ……一年半、俺は停滞している。エリシア達が魔王に対して頭を抱えて必死に動いているというのに、俺は何もできないでいる。心が押し潰されそうで、考えることすらできない。
逃げている――たぶん、逃げているんだ。現実を直視する覚悟ができていない、今までのは悪い夢だったのだ、次に目を覚ましたらそこには家族全員がいるんだ、と……。そんなことばかり考えてしまっている。
「雲の上に生息する空鯨は――」
だから俺はこうして授業に集中する。この時間だけが、俺を悪夢から解放してくれる。
どうして――どうしてこうなってしまったのだろうか?
黒板に押し付けていたチョークが潰れた。
「……」
いけない……授業中にまでこんなことを考え始めてしまったら……。
丁度その時、授業時間の終了を告げるベルが鳴った。
俺は顔に笑みを貼り付け、生徒達へと振り返る。
「今日は此処まで。次回までに空鯨に関するレポートを纏めて提出するように」
『はい、先生』
生徒達が教室から出て行き、俺は一人で教壇の椅子に腰掛ける。呪いの所為か疲れやすくなった身体に苛立ちながら大きな溜息を吐く。
前に進まなければ……。魔王が復活してから一年半、かなり無駄な時間を過ごしてしまっている。それだけの時間を魔王にも与えてしまった。力を完全に取り戻すには充分な時間かもしれない。
「……立てよルドガー。弟の命を犠牲にしてるんだ……立ち止まってる暇は無いだろ」
もう放課後だ。アイリーンが怒鳴り込んでくる前にこっちから会いに行こう。
俺は重い腰を上げて教室から出て行った。
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