97 / 114
第四章 勇者戦争〈ブレイブ・ウォー〉
第95話 裏切り
しおりを挟む『ルドガー、お前はいつか大きな選択を迫られる』
『……?』
『その時、私は側に居ないだろう。信じられるのは自分自身だけだ』
『……』
『お前は【ルドガー】としてこの世に生まれてしまったが故に、背負わされたくもない責任を背負うことになる。それは決して避けられない。だからルドガー……全てを受け入れ、強くなりなさい。それだけが、お前に残された唯一の道だ。お前だけが……世界の希望だ』
大きな手が頭を撫でる。どこか冷たい印象を受ける細い手は何処までも温かく、大きな安心感をくれる。
目の前の男が何を言っているのか理解できなかった。何の話しか訊いても答えてくれず、ただ悲しそうな笑みを浮かべる。
まだ弟妹ができる前の話……親になってくれたばかりの頃だった。
親父に言われた通り、俺は力を追い求めた。親父の厳しい鍛錬に耐え、必死に魔法を覚え、社会を学び、戦場を彷徨く獣から一端の人になれた。
俺は実の両親を知らない。気付けば屑鉄を片手に戦場を闊歩していた。言葉も話せず、自分以外の生き物は獲物か敵かの二択しかなかった。
そんな俺を拾い育ててくれた親父の言い付け通りに力を身に付け、人として成長していく内に俺は親父が言っていた話をいつしか忘れてしまっていた。
大きな選択、【ルドガー】、世界の希望――。
親父は何を知り、何を想い、何の為に俺を育てた。
いつかその答えを知る日が来るのだろうか。
俺は正しい選択をすることができるのだろうか。
俺はいったい――何者なんだ。
「……」
目を覚ました。
薄らとぼやける視界の先は見慣れない天井だ。首を横に向けると、銀色が見えた。
俺はどうやらベッドに寝かされていて、その脇に誰かが顔を伏せて眠っている。
誰かはすぐに分かった。
ララだ。ララが俺の左手を握って眠っている。
何でララがいる? 俺は何でベッドに寝ているんだ?
上手く働かない頭で眠る前の記憶を探る。
確か水の神殿に向かい、そこで神の使いと名乗る奴が現れて闇神のことを聞いた。
それからララを狙うとか言うから神と敵対して――。
「……俺、生きてるのか」
思い出した。海竜を倒した後、俺は湖に落ちて気を失ったんだ。そのまま死ぬのかと思ったが、どうやら不思議なことに生きているらしい。
誰かが助けてくれたのか? それに此処は何処だ? あれからどれぐらいが経った?
ララを起こすために俺は右腕を動かそうとした。
「ッ!?」
ガチンッ、と強烈な痛みが襲った。悲鳴を上げそうになったが堪え、右腕に目をやる。
「……何だ、これ?」
右腕は肩まで白い布で巻かれていた。怪我をした時に巻く医療用の布ではなく、もっと厚くてしっかりとした布だ。魔力も帯びており、まるで何かを閉じ込めるかのように『拘束』されている。
右腕……あるよな? 感覚はあるし、痛いが動かせる。
よく観察してみると、これは封印魔法の一種のようだ。目を凝らして見れば、布にエルフの文字が刻まれている。それを見るに、これを施したのはアイリーンなのだろう。ということは、右腕の呪いは知られたと見るべきか。
ともあれ、このまま黙って寝ている訳にもいかない。ララを起こして状況を確認しよう。
「ララ……ララ、おい、起きろ」
左腕は問題無く動く。ララを揺さぶって声を掛けると、ララはもぞもぞと動き出して顔を上げた。暫し俺の顔を見つめると、目をクワッと見開く。
「センセ!?」
「おはよ――」
お目覚めの挨拶は遮られた。他ならぬ、ララの拳によって。
ララは一応怪我人であるはずの俺の頬に拳を叩き込み、そのまま拳を振り切る。俺は首が捻れ、反動で右腕が強烈に痛み出す。
「ァ~~~~~~ッ!?」
声にならない悲鳴を上げ、ベッドの上で悶え苦しむ。
ララはそんな俺に向かって怒り心頭の様子で怒鳴り出す。
「この大馬鹿者! アホ! マヌケ!」
「ら、ララ……?」
ララの目には涙が浮かんでいた。椅子から立ち上がり、フーフーと肩で息をして興奮している。
「センセ……何で黙ってたんだ……?」
「……何の話だ?」
「惚けるな! その呪いのことだ!」
やはり知られてしまっていたか。
俺は右腕をララから見えないように身体を反らす。そんなことをしても意味が無いと言うのに、俺はララにこの腕を見せたくなかった。
これは俺の罪の証。俺がどれだけ汚れているのか示すものだ。多くの命を奪い、見殺しにしてきた俺の悪の象徴と言っても良いだろう。
魂殺の鏡――俺を呪い殺すにはこれ以上無い最高で最悪な魔法だろう。
そんな汚れた部分を仲間達に、特にララには見せたくなかった。
「……どこまで聞いた?」
「その腕の呪いがセンセの命を奪うって……解呪方法も分からないって水の勇者が言っていた」
「そうか……」
良かった、最も知られたくない部分をララは知らない。カイが黙っていてくれたのか、カイすらも分からなかったのかは知らないが。
俺がホッとしたのを見逃さなかったのか、ララが更に怒る。
「なに安心してるんだ!? センセ、死にかけてたんだぞ!? アイリーン先生が呪いを抑え込む呪符を巻かなかったら、呪いに殺されてたんだぞ!?」
海竜を倒す際、右腕の呪いを抑え込むのを止めてその力を引き出した。呪いに宿る闇属性の魔力を使用して最強の一撃を叩き込んだ。その影響で呪いが一気に進行したのだろう。
一つの賭けだったが、どうやら賭けには半分勝って半分負けたらしい。海竜は倒せたが呪いには勝てなかったか。
今俺がこうして生きているのは、アイリーンが適切な処置をしてくれたからだ。
しかし、疑問が残る。俺達は別行動していたはずだ。湖に落ちた俺を助けたのは誰だ?
「俺を湖から助け出したのは誰だ?」
「……水の勇者がセンセを連れてきたらしい。私はそこにいなかったから詳しくは知らない」
カイ、が……。おそらくだが、カイだけに使える移動魔法だろう。
カイは水を通して遠くの場所に移動できる。水の神殿での異変を感じ取り、動かしづらい身体に鞭打って駆け付けてくれたのだろう。
不甲斐ない……弟妹達に助けられてばかりだ。仲間達にも心配を掛けて、力も奪われて死にかけて……いったい何やってんだ、俺は。
自己嫌悪に陥り、俺は頭を抱える。
「センセ……センセは誓ったよな? 私を守り続けるって……アレは嘘だったのか?」
「嘘な訳ないだろ……俺はお前を守る為なら何だってする」
「なら死ぬようなことをするな! 生きて私を守り続けてよ!」
「……すまん」
謝ることしかできなかった。
親父とララの母親の指輪に誓ったのは、親父以上にララを守ること。勝手に死ぬことは許されない。それがララに対する贖罪であり、俺にとって心の救済だったはずだ。
もしカイが助けに来てくれなければ、俺はその誓いを破ることになっていた。
ララにとってそれは決して許せないことであり、最悪の裏切り行為になる。
それなのに俺は海竜に勝つ為に自分の命を天秤に掛けてしまった。そうしなければ勝てなかったのは変えられない事実だ。死ぬことなんて考えもしなかった。
だが実際はどうだ? 海竜に勝てたが俺は死んでいた。ララを守る為に神々と敵対する道を取ったのに、呆気なく死んでいた。
俺が取った行動はララを裏切るところだった。何も言い返せない。
「謝るくらいなら……もっと私達を頼ってよ……!」
「……頼りにはしてるさ。ただ今回は……いや、すまない。もう二度と危険な賭けはしない」
「……約束だからな」
ララは涙を拭い、蹴飛ばした椅子を戻して座る。俺の右腕を見て、不安そうな表情を浮かべる。
「腕……痛むのか?」
「あぁ……痛いな」
「何で黙ってたんだ?」
「……心配掛けたくなかった」
「……本当にそれだけか? 何か隠してるんじゃないのか?」
ララは鋭いな……。でもこれだけは言いたくない。
少なくとも、打ち明ける覚悟がまだ無い。
軽く笑みを浮かべて首を横に振る。
ララの前では格好いい勇者でありたい。汚れた勇者なんて見せたくない。
「……分かった、信じる」
ララに嘘を吐いてしまった。
その罪の意識が右腕の呪いを強めた気がする。呪符に巻かれた右腕が痛い。
ララは表情に落ち着きを取り戻し、思い出したように立ち上がる。
エリシア達を呼んでくる、そう言ってララは部屋から飛び出していった。
残された俺は自己嫌悪で吐きそうになり、顔を顰める。瞼を閉じれば、見殺しにした弟妹達の顔が浮かび、呪いを刺激してくる気がする。
ララ、許してくれ……。これからこの先、俺はお前を守る為に今以上に己の命を懸ける。例えそれで命を失うことになるとしても、俺は迷わずお前をとる。裏切り者と蔑まれることになろうとも、恨まれるとしても、お前を守る為なら迷いはしない。
「……碌な死に方しねぇな、俺」
俺の呟きは誰にも届くこと無く、ただ天井に吸い込まれていった。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる