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第四章 勇者戦争〈ブレイブ・ウォー〉
第84話 本気の片鱗
しおりを挟むこのままじゃ一歩的にやられて終わりだ。何か他に手立てを考えなければ。
私達が束になってもガイウスに勝てないのだとしたら、シオンに任せるしかない。だけどシオンが本気になれば十中八九私達が巻き添えになってしまう。それを分かっているからシオンは本気を出せないでいる。
そもそも攻撃が全く通用しないって何だ? 勇者って実は化け物なのか? それともガイウスだけが特別なのか? これから先のことを考えると、後者であってほしいと思う。
「今度は此方から行かせてもらおう」
ガイウスが拳を振り上げる。
「岩竜槍」
ガイウスの拳が地面に叩き付けられる。その直後、私達の周りから鋭い岩の槍が生え、一斉に襲い掛かってくる。槍が直撃する前に、シオンが槍を氷漬けにして動きを止めた。
「相変わらず、反応速度は姉上に迫るモノがあるのぉ……ならこれはどうする?」
ガイウスは拳を引き絞り、魔力を拳に集めていく。
私はアイリーン先生と一緒に魔力障壁を前方に展開する。
「空烈破」
ガイウスが拳を振り抜くと、大人一人分ぐらいの大きさである魔力の塊が放たれた。
全力で障壁を張ったのにも関わらず、直撃した瞬間ガラス細工が砕けるようにして破壊された。相殺もできず、魔力の塊は私を狙っていたのか私に迫ってくる。
だが直撃する前に私はアイリーン先生と一緒にシンクに抱えられてその場から離脱する。魔力は外れて壁を木っ端微塵に破壊する。
「空烈破・乱」
先程の攻撃が連続で飛んでくる。
今度はシオンが氷の壁を造り出して攻撃を防ぐ。
その間にリインとシンクがガイウスに迫り、左右から攻撃を仕掛ける。
ガイウスの動きを止めようと、杖を向ける。
「光の精霊よ来たれ――ルク・ド・イリガーレズ!」
ガイウスの周囲から光の鎖を伸ばし、四肢に絡み付かせる。しかし拘束できたのはほんの一瞬で、鎖は容易く引き千切られる。
リインとシンクが左右からガイウスに向けて剣と爪を振るい、ガイウスはそれを両手で受け止めた。
「軽いと、言っている」
ガイウスの全身から魔力が噴き出し、リインとシンクを壁まで吹き飛ばした。
「きゃあ!?」
『ガウッ!?』
二人は壁に打ち付けられ、地面に転がる。
「ご退場願おう」
倒れている二人に向けてガイウスが再び魔力を放つ。が、シオンがガイウスと二人の間に氷の壁を造り出して魔力を防いでくれた。
「アイリーン先生! 二人を!」
「ええ!」
氷で隔てられている内に二人の回復をアイリーン先生に任せ、私はシオンと隣り合ってガイウスと睨み合う。
駄目だ、私達の攻撃が全く通用しない。やはりシオンを攻撃に集中させる戦法に変えたほうが良い。私達じゃガイウスに傷一つ付けられない。
どうする……シオンの攻撃手段を見る限り、広範囲に渡っての殲滅魔法だと思う。なら戦闘区域から私達が離脱すればシオンは力を発揮できるはず。ガイウスの動きを止めるか気を逸らすかして離れるか……?
そうこう考えている内に、ガイウスは次の行動に入る。ガイウスは魔力を高めると、ただでさえ筋骨隆々だった身体が更に肥大化し、さながらオークのような巨体へと変貌する。
「そろそろ終いとしよう……シオン、そして姫君よ……お主らだけは生かそう」
「くっ……!」
「……仕方ないわね、少し本気を出すわ。貴女達、死ぬ気で逃げなさい」
シオンがそう言った瞬間、周囲の温度が一気に下がった気がした。
この女――やる気だ。私達がいるのにも関わらず、本気の一撃を放つ気だ。止める気配なんて無い。この女はやると言ったら必ずやる。
私は慌ててアイリーン先生達の下へと向かい、シオンが本気の一撃を放つ気であることを伝える。すると大人の余裕を崩さなかったアイリーン先生でさえも血相を変え、元の姿に戻っていたシンクを抱えて奥の通路を目指して走り出す。私もリインも走り、シオンとガイウスから可能な限り離れる。
「逃がすと思うてか?」
ガイウスが私達を見据える。一歩踏み出した瞬間、ガイウスの足が凍り付いた。
「ぬぅ……!」
シオンから強烈な魔力を感じた。見るとシオンの髪は伸び、白い肌がパキパキと霜に覆われていっている。
私達は全力で通路に引っ込み、私とアイリーン先生で防御魔法を展開する。
「ララさん! 火属性の魔法を!」
「ああ!」
『火の精霊よ来たれ――サラ・フォル・スクートゥムディア!』
火属性の上位精霊魔法を展開し、私達の空間とシオン達の空間を遮断した。紅蓮の炎が空間いっぱいに広がり、壁となって具現化する。
これでシオンの攻撃を防げるとは思っていない。少なくとも被害を最小限に抑え込められる程度だろう。
そして――シオンの攻撃は放たれる。
「永久に凍れ――コキュートス」
無音――空間や時間、概念すらも凍結してしまったと認識してしまう程の規模だった。炎の壁の向こう側が一瞬で凍り付き、氷で埋め尽くされる。この炎の壁でさえも凍結してしまい、術者である私とアイリーン先生をも凍らせようと停止の世界が襲い掛かる。
無意識だった――私はアイリーン先生を後ろに押し退け、忌み嫌っている魔族の力を引き出していた。黒い魔力が私の中から這いずり出て、迫り来る氷に纏わり付く。氷の動きはそこで止まり、私達を呑み込むことはなかった。
代わりに、黒い力が私を呑み込もうと牙を向けた。呑み込まれる前に力を抑え込み、何とか自我を保つことに成功した。
「ララさん!? 大丈夫ですか!?」
「ララ様!?」
「姉さん!?」
いきなり蹲った私を心配して三人が私に近寄る。
「だ、大丈夫……! 魔族の力を使っただけだ……!」
大丈夫……大丈夫……私は私のままだ……誰も殺してない。力に呑まれてない。
必死に自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと立ち上がる。
炎が凍ったこの向こう側ではいったいどうなっているのだろうか? シオンは? ガイウスはどうなった? まさか二人とも氷の中に?
すると、目の前の氷が罅割れて砕け散った。
慌てて杖を構えると、氷の向こう側から現れたのはシオンだった。髪の毛の長さも元に戻り、肌や服に付いた霜を払いながらシオンが歩いて出てきた。
「……生きてたのね」
「……何とか。ガイウスは?」
「氷漬けにしたわ。暫くは動けないはずよ」
「……死んでないのか?」
「死んでくれたらありがたいけど、頑丈さは勇者の中でも一番だから」
そう言って、シオンは私達を素通りして洞窟を進んでいった。
シオンがやって来た方へと視線を向けると、そこは一面の氷景色で、中央に巨大な氷塊があった。その中にガイウスが閉じ込められているが、今にも動きそうな気配がして私は息を呑んだ。
これが……勇者。魔王と戦った者達の力はやはり人知を超えている。
こんな力を持つ勇者七人を相手にたった一人で戦っていた魔王は、果たしてどれだけの力を持っていたのか……。
私は怖くなった。その魔王の力が私の中に潜んでいる。一度でもその力に呑み込まれてしまったら、私はいったいどうなってしまうのだろう……私の周りにいる者達はどうなってしまうのだろう。
「……ララ様?」
「……大丈夫。先を急ごう。民達の無事を確認してセンセと早く合流しよう」
私は一抹の不安を胸に抱き、シオンを追いかけて洞窟を進んだ。
センセ……私は……大丈夫だよね……?
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