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第四章 勇者戦争〈ブレイブ・ウォー〉

第75話 その頃――

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 何処かの国の何処か――。

 光の勇者アーサーは腹に巻かれた包帯を剥ぎ取り、傷を確認する。
 魔王――父に貫かれた腹の穴は塞がってはいるものの、大きな傷痕が残ってしまっている。

 魔王の魔力は触れただけで死に至る恐ろしい力だ。それでも生きているということは、あの時はまだ完全に復活していなかったのか、依り代が兄であったからその力が無くなったからなのか。

 アーサーはいつも身に纏っているコートを着込み、外へと出た。
 そこは森の中にある洞窟であり、新鮮な空気を肺へと入れては吐き出す。

 ミズガルから逃げ出したアーサーはグリゼルに此処へ運ばせ、共に怪我を癒やした。
 グリゼルに至っては死にかけており、回復には少々手間取っていた。今ではもう回復しきっており、アーサーの為に各地で動き回っている。

「……」

 アーサーは首に掛けている盾のアクセサリーを手に取り、感触を確かめるように確りと握り締める。

「……?」
「――メテオキャノン!」
「――!?」

 アーサーが何かを感じ取ったその直後、上空から大きな炎弾が飛来してきた。
 アーサーは手に光の剣を出現させて炎弾を斬り裂く。

地顎掌じがくしょう!」

 そのすぐ後にアーサーの足下から岩の牙が沸き起こり、アーサーに噛み付こうとしてくる。
 アーサーは剣を足下に突き刺し、光の力を噴射させる。そうすることで岩の牙を全て破壊する。

 光の剣を地面から抜き取り、光の刃を二撃、正面と上に放つ。
 その刃は赤と黄の閃光に斬り裂かれ、二つの光はアーサーの前に着地する。

 一人は火のように赤い髪をし、緑色の瞳をした青年。
 一人はスキンヘッドで、琥珀色の瞳をした筋骨隆々の青年。
 どちらも素肌に赤と黄のジャケットを着た格好であり、一見すると喧嘩屋のように思える。

 アーサーは洞窟へと手を伸ばし、中に置いてある愛剣を手に引き寄せた。鞘から抜き取り、双剣を構える。

 少し睨み合った末、赤髪の青年が大きく笑う。

「――ハハハハッ! おいおい、そう警戒するなよアーサー!」
「ウム、兄者の言う通り。剣を収めよ、弟よ」
「……」

 アーサーは剣を鞘にしまい、光の剣を消した。

「久しぶりだな――ライア、ガイウス」

 アーサーがそう言うと、名を呼ばれた二人は笑みを浮かべる。
 ライアと呼ばれた赤髪の青年は嬉しそうにアーサーへと近付き、馴れ馴れしく肩に腕を回す。
 アーサーはそれを拒絶することはせず、ただされるがままにしている。

「久しぶりだな! 三年ぶりか? いやもう四年か? まぁ元気そうで何よりだぜ!」
「お前から手紙を受け取った時は我が目を疑ったがな。無事で何より」
「……咎めないんだな?」

 アーサーは努めて冷静に、二人に尋ねる。
 ライアは目を丸くした後、ニマニマとしてアーサーの頭をこねくり回す。

「咎める訳ねぇだろ。可愛い可愛い弟が命張ったってのに、咎める奴は兄貴じゃねぇ」
「お前が無事で何よりである」
「……そうか」

 それに安堵したのか、漸くアーサーは肩から力を抜いた。
 ほんの僅かだが、表情に余裕が見て取れる。

 ライアは肩を組んだまま、あることを尋ねる。

「で? 兄貴は強かったか?」
「……ああ。昔より遙かに」
「クハッ! そうかい! そうかい! そらぁ朗報だぜ! なぁ! ガイウス!」
「ウム、それでこそ大兄者おおあにじゃというもの」
「クハハハハハ――――で、親父は? 魔王だったのか?」

 ギラついた笑みを浮かべたまま、ライアは興奮を隠さずアーサーに尋ねる。
 アーサーは一瞬戸惑うも、素直に頷いた。
 それにライアはより一層深い笑みを浮かべる。

「ぃやっぱりな! そうでなくちゃなぁ! 親父ィ! アーサーを思えば優しい優しいお父様であってほしかったが、この退屈な日々を壊してくれるのは魔王だけだ!」
「……」
「よぉーし! アーサー! 次だ! 次はどうする!? まさかたった一度の失敗で諦めるなんて言わねぇよな!?」

 ライアは炎を纏った拳で何度も宙を殴り付け、戦いに疼く身体を収めようとする。

 ライアの言う通り、アーサーはヴェルスレクスの復活を諦めていなかった。
 ルドガーが依り代になれることは実証され、実際に闇魔法でヴェルスレクスを蘇らせることに成功した。
 失敗したのはルドガーの魂が強く、復活したばかりのヴェルスレクスでは抗いきれなかったこと。
 ならば今度はもっとルドガーの魂を弱らせるか、ヴェルスレクスの魂を強くするかだ。

 その為の方法を、既にアーサーは頭に描いていた。

「ライア、ガイウス……何処まで俺に付いてこれる?」

 アーサーはその策を成功させる為に、二人に覚悟を問うた。

「ハッ! ハッハァ! 水臭いこと聞くんじゃねぇよ! 今度は俺達も最後まで出るぜ!」
「ウム、兄者の向かうところ我あり。弟よ、我が拳を存分に使うのだ」
「……良いだろう。なら手始めに……カイを手に入れるぞ」

 アーサーの蒼い瞳が、一瞬だけだが赤く、妖しく光り輝いた――。



    ★



 ゲルディアス王国第二首都リィンウェルにて――。

 今日、俺は休みであった。奇しくもエリシアも休みであり、エリシアは久々に兄妹水入らず一緒に過ごしたいと言ってきた。それも二人きりでと念を押してきて。

 まぁ、リィンウェルから離れない限りはララも安全だろうし、リインやアイリーンもいる。守護の魔法もほぼ完全になっており、勇者や魔王、精々魔族の将軍並みじゃなければ早々破れなくなっている。

 別に良いぞと返事をすると、何故か城から一緒に出ず、外で待ち合わせることになった。

 普段着で行こうとしたらララにもの凄く咎められ、リィンウェルで流行っているジャケットやズボンを着せられて外に出された。

 その時、少しだけララがムスッとしていたのは何故だろうか。そんなに見窄らしい格好だっただろうか。

 取り敢えず、待ち合わせ場所である街の噴水場にやって来た。エリシアはまだ来ていないようで、待つことにした。

 それから暫くし、後ろから声を掛けられた。

「お待たせ、ルドガー」
「ん? ああ、別にそんなに待って――」

 振り返って、言葉を失った。

 エリシアは普段、紫色のジャケットを着ている。
 しかし目の前にいるエリシアの格好はいつもと違っていた。

 ポニーテールだった髪は下ろされ、黒いシャツの上に白いお洒落なジャケットを着ており、黒いスカートとストッキング、白いブーツを履いていた。顔を見るといつもと違う、気合いの入った化粧をしており、薄い口紅を塗っているのが分かる。

 ――あれ? エリシアってこんなに……美人だったっけ……。

「……る、ルドガー……?」
「――ぁ、いや、大丈夫だ。その……お前のそういう格好をあまり見てこなかったか」
「へ、変、かしら……?」
「いや……似合ってるさ。言葉を失うぐらい」
「~~~っ」

 エリシアは顔を赤くして後ろを向いてしまった。

 何故だろう……感想を言った俺も何か恥ずかしく思えてきた。
 落ち着けルドガー。相手は妹、相手は妹。血が繋がらなくても妹。
 しっかりしろルドガー。

「あ~……じ、じゃあ行こうか。休み、今日しかないんだし、楽しもう」
「そ、そうね! そうしましょ!」

 エリシアは俺の手を掴み、俺を引っ張るようにして歩き始めた。


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