魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。

八魔刀

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第三章 後継者

第43話 護身術

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 担当の教室に入ると生徒達は既に揃っている。今回はララがいるクラスであり、ララは一番後ろの席に座っている。

 そう言えばシンクだが、あの子もこの学校にいる。この学校には幼いエルフ達が集まるクラスがありそこで遊んで学んでいる。
 もうヴァーガスの心配は無いし、シンクの賢さなら迷惑をかけることもない。何かあれば同じ学校の敷地内にあるからすぐに駆け付けられる。

 俺が教壇に立つと、リインは教室のドアの側で立ち止まって生徒達を見渡す。生徒達も見知らぬ顔に首を傾げる。

「あー、んん……さて、授業を始める前に彼女を紹介する。彼女はリイン・ラングリーブ先生。先生と言っても見習いで、いずれは護身術の担当教師になってもらう。これから少しの間俺の補佐で入ってもらうから、皆仲良くしてやってくれ」

 リインに教壇前に来て挨拶するように言うと、ムッと睨んで来るが言われた通りに教壇の前に出て挨拶を始める。

 今更だけど、男の眼には悪い格好をしているよな。胸元はパックリ開いてるし、スカートだって結構短いぞ。生徒の中には健全な男の子もいるのだから考えてもらったほうがいいか?
 いや、エルフの子供って思春期は来るんだろうか? 来るとしてもそれはいつだ? 人族と同じなのだろうか?
 うーむ、流石にそこらへんのことは学んでこなかったな。まだまだ俺にも学ぶべき部分があると言うことか。

「アルフの戦士、アドラスの子、リイン・ラングリーブです。早く一人前の教師になれるよう頑張るので、皆よろしくね」
「……じゃ、軽く交流ってことで、質問タイムだ。何かあるか?」

 生徒達に聞くと、何人からも手が挙がる。全員に質問させる時間は無いが、数人を指名して質問させることにしよう。

「歳はいくつですか?」
「164よ」
「趣味は何ですか?」
「そうね、剣術の鍛錬ってところかしら」
「アイリーン先生と姉妹なんですか?」
「そうよ」

 リインは生徒達の質問に愛想良く答えていく。

 なんだ、ちゃんと生徒達の目を見て笑って話せるのか。その愛想を俺にも見せてくれたら、こっちは気が楽なんだけどな。

 質問タイムもそこそこにして、授業を開始していく。このクラスの今回の授業は地生生物についての続きだ。リインには教室の隅で授業の様を見学してもらう。校長先生は彼女に教師の仕事がどんなものかを教えさせるつもりなのだろうから、補佐と言っても基本は見学で済ませる。

 生徒達に教科書とノートを開かせて講義を始める。

 地生生物、それは文字通り地中の中に生息する生物だ。無害なものから有害なものまでその種類は様々。その多くは魔法生物であり、通常の野生動物もいるにはいるが数は少ない。
 野生動物の代表例としてモグラが存在するが、それが生息しているのは人族の大陸だけ。他の大陸では魔法生物が殆どで、野生動物はいないといっても良い。

 地生生物の中でも怪物の枠組みにされるのはワームやボラスが有名だ。ワームは巨大なミミズみたいな怪物で、ボラスは地中を泳ぎ回るワニみたいな怪物だ。

 他にも、植物に擬態して地上の生物を捕らえて餌にする魔法生物や、地中の中に群生する植物も存在する。

「――このように、実は地中には地上と違った生態系が広がっている。言ってしまえば、地上の海ってところか」
「先生、ヴァーレンの下にも地生生物はいるんですか?」
「まぁな。だけど怪物の類いは魔族の大陸と獣族の大陸にしかいない。大地に含まれる魔力が合わないからな。それに地生生物が地上に上がってくることは無い。海や湖に棲んでる魚だって上がってこないだろ? それと同じだ」
「へぇ~」

 逆を言えば、魔族の大陸と獣族の大陸では地中には怪物が棲んでいる。その怪物だって滅多なことでは地上に出て来ないが、どうして怪物なんて呼ばれるかと考えれば分かるだろう。餌を求めて地上に這いずり出て、地中へ引き摺り込むからだ。

 獣族の大陸に足を運んだことがあるが、その時に何度か地生生物の巣の上で野宿してしまって大変な目に遭ったとこがある。あれは生きた心地がしなかった。あっちの大陸に住む彼らはエルフ族や人族と違って日常の中にかなりの危険が潜んでいて生きていくのが大変だ。

「この大陸に居る限りは地生生物と遭遇することは殆どないだろうけど、君達が大人になって他の大陸に行くことがあれば、目にすることがあるかもしれない。その時に正しい行動と考えを持っていれば安全でいられる。しっかりと学んでおいて損は無いぞ」
『はい、先生』

 その後もいくつか質問を交えながら授業を進めていき、最初の授業を無事終えることができた。
 リインは終始無言でいたが、何度か俺を見つめ続けていたようで、視線をかなり感じた。
 少しは俺がまともな男だと理解してくれたら助かるんだけどな。

「センセ」
「ん、何だララ?」

 次の授業に向かう生徒達の間からララが抜け出し、俺に話しかけてきた。

「……あの女、ずっとセンセを睨んでたけど」
「ああ……どうも俺をアイリーン先生を誑かす男だと思ってるようでな。昨日、お前が寝てる間に斬りかかられた」
「は?」

 ララの目付きが細くなり、リインを睨み付ける。

「大丈夫だ、子供の癇癪を鎮めたようなもんだから。そう睨むな睨むな」
「……まぁでも、アイリーン先生に鼻の下伸ばしてるのは確かだし」
「誰がだ、誰が。馬鹿なこと言ってないで、ほれ、次の授業に行ってこい」

 ララを教室から出させ、板書したものを消していく。別クラスの授業も次の時間で此処で行われる為、急いで準備をしていく。

「……随分と仲が良さそうね、あの子と」
「驚いた。会話してくれるんだな?」

 リインがまさかの会話を投げ掛けてきた。
 俺はてっきり口を利きたくないのかと思っていたが、どうやらそうとは限らなかったらしい。

「別に。会話しなきゃ、貴方の形をしれないもの」
「それは良い考えだ。で、仲が良いかって? まぁな。ただの生徒って訳じゃないし、一緒に命懸けの旅をしてきた仲だからな。学校じゃ贔屓しないように気を付けてるが」
「……? 護衛っておじい――校長先生が言ってたけど、どういう子なの?」

 それを知らないと言うことは、校長先生が話していないということだ。校長先生が話していないのなら、それは何か訳あってのことだろう。此処で俺が伝えられる真実を伝えてしまうのはよろしくないかもしれない。

 では何と説明したら良いものか。あまりテキトーな言葉で説明する訳にもいかないし、そんなことをすれば築かれようとしている信頼関係を崩してしまう可能性だってある。

「まぁ……魔族のやんごとなきお姫様ってところだ。訳あってとある魔族の一派に狙われてると言うか、魔族の穏健派から匿ってほしいと頼まれた。で、一応此処では英雄視されてる俺が彼女を守る役を担ってるって訳だ」
「その英雄って肩書きを利用して姉さんに近付いたのね?」
「そんなことは一切してねぇよ。いったいアイリーン先生の手紙にどんなことが書かれてたんだ?」
「そ、そんなの言える訳ないじゃない!」

 えー、なんでそこで顔を赤くするんだ? いったい先生は俺のことを何て伝えたんだ?
 そんな反応されちゃあ、酷い勘違いをしそうだ。

 とりあえず、もうそっちのことは深く考えない方針で行くとして、まだまだリインの中では俺はどうしようもない男だという認識らしい。会話をしてくれるだけまだマシか。

 その後の雑学の授業でもリインは黙って見学していた。ただずっと黙らせておくのも忍びなく、時折リインに質問して答えさせたりしてみせたが、やはりというか外の世界につての知識はそこまで深くはなかった。

 だが分からなかったことで生徒達と一緒に学ぶという機会をやることができ、それなりに生徒達と会話も挟みつつ馴染んでいくことができたようだ。

 此処までの俺からのリインへの評価は、子供っぽいがある程度は大人の考えを持ち、俺やアイリーン先生が関わらなければだいぶ真面なエルフだということ。

 この分なら慣れていけば少なくとも教師として働いていけるだろう。
 ま、それもこれから行う護身術の授業でどれだけ教師としての適性を見せられるかだが。

 生徒達に教える護身術は剣を使うものから徒手空拳まである。上級生になれば弓術や馬術等と言ったものも触り程度で教えるが、今回教えるクラスはララがいる三年生だ。皆動きやすい服に着替えて整列している。

 三年生は十六歳の子供達からなる学年で、今は剣術を教えている。

 思えば、エルフで十六歳と言えばかなり幼い子達になるだろう。エルフの成人年齢は十八歳からだが、都に住まう大人達は殆ど百歳を超えている。年齢に対して子供の出生率は低いみたいだが、今通っている子供達が学校を卒業してしまえば、次に入学してくる子供達はかなり少ない。もしかしたらいないかもしれないのだが、そうなった場合学校は休校になるのだろうか。

 今は教師として働けているが、休校になった場合、俺は戦士として働くことになるかもしれないな。じゃないとこの国で生きていくことができなくなる。

 そんなことはさて置き、護身術の授業ではメインで俺が教えるが、今回はリインにも働いてもらうことにする。できるだけ早くリインには担当授業を引き継いでもらいたいからな。

「さ、じゃあ前回と同じように二人一組になってくれ。引き続き、相手の動きを魔力から読み取る訓練だ」

 エルフの剣術は相手の魔力から行動を先読みし、それに合わせて剣を振るう読心術だ。魔力に関しては魔法の授業で習っているし、読み取ることぐらいはこの学年ならできる。

 生徒達は布を巻いた木剣を手に握り、交互に攻撃と防御を役割を変えて木剣を振るっていく。

 俺が護身術で教えるのは身体の動かし方や基本的な型、力の入れ方や防御の仕方等だ。本格的な戦闘術は此処では教えない。そんなものを子供達に教える気は無いし、教えたところで怪我人が続出してしまう。

「そうだ。身体は半身に、余計な力を抜け。腕で振るおうとするな。全身で振るえ」

 木剣を振るう生徒達を見て回り、指摘する場所があれば口を出し、見事な動きをする子達には素直に褒め称える。

「ララ」
「ん?」

 女の子と組んでいるララを呼び、こっちに来させる。組んでいた女の子には別の組と合流してもらう。

「何だ、センセ?」
「リイン、この子と組んで剣技を見せてみろ」
「はぁ?」
「……」

 ララとリインを向かい合わせ、リインに木剣を投げ渡す。

「お前の実力は昨日の晩にある程度分かった。だけど他人に教えられるのかを知りたい」
「何? 私を疑ってるの?」
「そう言う訳じゃない。教師としてちゃんと引き継げるか見極めなければならない」
「……ま、それもそうね。良いわ、掛かって来なさい」
「……」

 ララは木剣を構えるリインを険しい目で睨み付ける。木剣を正眼に構え、足を踏み込んだ。木剣を上から振り下ろし、リインはそれを身体を横にずらして避ける。

 ララの運動神経は悪くない。半人半魔であるが故に魔族の身体能力を備えている。俺と比べたら魔力側に能力を割いているが、少なくとも人族よりも運動能力は高い。俺が教えた動きも基本的には習得していき、まずまずではあるがかなり良い動きができる。

 魔力に関しても俺より強く、エルフのようにまでとはいかないが、読心術も少なからず会得している。

 だからこそ、リインは驚いている。避けた先にはララが繰り出した木剣が既に待ち構えていることに。

 リインは木剣でララの木剣を逸らし、反撃を繰り出す。ララは少しぎこちない動きでリインの木剣を受け止め、鍔迫り合いの形に持っていく。

「驚いた……貴女、エルフの剣術が使えるの?」
「くっ……」
「でも駄目ね。基礎的な動きを理解してるようだけど、身体がそれに追い付けてないわ」

 リインはララを木剣ごと後ろに押し返し、距離を取って片手で木剣を構える。

「限界まで打ち込んできなさい。軽く揉んであげるわ」
「チッ……センセを斬ろうとした奴が、生意気言うなっ」

 ララはリインに向かって斬りかかる。リインはそれを最低限の動きだけで捌いていき、時折反撃も交えてララの反応を見ていく。
 リインの動きは落ち着いている。物腰も軽く、しなやかに動き回って直撃を許さない。それに剣の筋も綺麗だ。何度も剣を振るって自身の一部にまで昇華させている証拠。

「くそっ」
「はいはい力みすぎない。何も一撃で相手を倒す必要は無いんだから。軽く何度も斬り付けていけば良いの」

 リインの剣術は言葉を選ばずに言うと軽い。細剣で繰り出す最速の攻撃で相手にダメージを蓄積させていく攻撃手段のようだ。俺のように一太刀で葬り去る力の剣技とは対局に位置するものだ。それなら力に不利な女性でも確実に相手を倒せる。

「ハァ、ハァ……!」
「あら? もう体力切れ? 無駄な力と動きをするからよ。もっと的確に、素早く、それでいて丁寧に」
「あっ……!?」

 ララの木剣が手から弾き飛ばされ、後ろに転がり落ちる。リインの木剣をララの首に添え、ペシペシと軽く叩く。

「動きは良いけれど、まだまだね。先ずは基礎体力を付けたほうが良いかも」
「……私の本分は魔法だ」
「優れた魔法使いは身体が資本よ」

 パチパチパチ――!

 リインとララの組み手に目を取られていた生徒達が拍手を送る。
 リインは照れたように舌を出して笑い、頬を赤くする。

 ふむ……教えるべき場所を確りと見極められているし、やはり剣術の腕前も申し分ない。
 護身術の授業であれば問題無く教えられそうだな。

「リイン、剣術は合格だ」
「当然よ」
「じゃ、剣以外のも見せてもらおうか」
「え?」

 俺はボキボキと拳を固め、リインの前に立つ。
 護身術の授業は剣だけじゃない。槍に弓に馬に素手、まだまだ試すことは多いぞ。

「センセー、私の仇を取ってくれー……割と本気で」
「よぉし皆ー。今日はこれから俺とリインの組み手を見学してもらうぞー」
『はーい!』

「……え、ちょっと待ってよ。私、剣以外はそこまで――」
「安心しろ。戦士なら数日で叩き込んでやる」

 ララが魔法で組み手開始のゴングを鳴らした――。


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