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第二章 魔獣戦争
第39話 エピローグ
しおりを挟むエフィロディア連合国を騒がせた一大事件から一週間が経った。
俺は既にアルフの都へと帰還し、休暇を取ってボロボロになった身体を休めていた。
あの後、事後処理は全てグンフィルドが引き受け、魔獣の残骸などの片付けはエフィロディアの戦士達が行った。
俺はその間死んだように眠っていて、目が覚めた時には事後処理の殆どが終わっていた。
結局、ルキアーノの目的は魔獣を使って世界中に穢れを撒き散らし、魔族以外の全てを滅ぼすことだった。ヴァーガスはその過程で生み出されたものであり、シンクはルキアーノの実験体にさせられたのだろうと結論付けた。
これは後で気付いたことなのだが、ルキアーノはいったいどのような手段でヴァーガスを生み出していたのか。ヴァーガスの条件は妊娠した母体と呪いの術者の命だ。そう都合良く多くの妊婦を用意できるものかと疑問に感じたが、ワーウルフに変身したシンクの魔力を見て理解してしまった。
口にするのも悍ましく、考えただけでも藁渡が煮えくり変えることなのだが、今言えることはただ一つ。
シンクはルキアーノの子だ。術者は別の者を用意したのだろう。
本当に狂気の沙汰だ。何が奴をそこまで掻き立てたのだろうか。奴は魔族の中でも相当な下衆野郎だった。奴を彼処で殺したのは間違いではなかった。
勿論、シンクは俺が引き取ってアルフの都へと連れ帰った。父親面をする訳じゃないが、シンクが俺を父と呼ぶのなら、まぁ仕方が無い。シンクは俺が責任を持って育てる。
奴の話は此処までにして、明るい未来の話をしよう。
最初に、ユーリとグンフィルドについてだ。
あの二人は宣言通り夫婦の誓いを立てた。結婚式はまだ挙げていないが、俺が動けるようになったら結婚式に招待してくれるそうだ。弟の結婚式に出席することになるなんて、今まで考えたことが無かった。
まぁ、あの二人なら何だかんだ上手くやっていけるだろう。
ユーリは風の勇者としてエフィロディアで暮らしていく。今まで仕事を放棄していた分、グンフィルドに扱き使われるだろう。
次に、俺の立場の話。
俺は人族の大陸では厄介者扱いとしてお偉いさん方に嫌われているが、今回の件でエフィロディアは俺の後ろ盾になってくれた。本来ならとうの昔にそうしたかったのだとグンフィルドは言っていたが、その時はまだ女王じゃなかったからできなかったらしい。
現在は女王として君臨しているし、何より国を救ってくれた英雄をいつまでもほったらかしにする訳にはいかないと言ってくれた。
後ろ盾を得たからと言って、俺のこれからの生活に劇的な変化が起こるわけでもない。今後、人族の大陸で活動する際に他の国でぞんざいな扱いがされ難くなるようになった、その程度の話だ。
あと、これは余計なお節介だったが、グンフィルドが俺に所帯を持たせようと何名かの女性を紹介されたが全て断った。全員が美人で強い女だったが、今の俺にそのつもりはない。
まぁ、そんな感じで一週間が経ち、俺は寄宿舎で静かに休んでいる。
学校からは暫くの間休暇を貰い、療養せざるを得なくなっていた。
限界に限界を超え、身体を酷使した結果、俺の身体は酷い有様だった。身体の半分以上は動かせず、右腕と左脚でしか生活できない。ほぼ全身の骨は折れ、筋肉や血管、内臓なども酷く傷付いていた。
今でこそ魔力が回復してほぼ再生し終えているが、大事を取って休ませてもらっている。
「んで、ユーリは元気だったんだ?」
「ああ。まったく人騒がせな奴だよ」
ベッドで寝ている俺の隣で、リィンウェルにいるはずのエリシアがリンゴを剥いている。
今朝方、どうやってか俺が都に戻ったことを知ったエリシアは雷となってやって来た。俺の状態を知った時は酷く同様していたが、今では落ち着いていつもの様子を取り戻している。
「はー……エフィロディアが騒がしかったのは知ってたけど、まさか魔獣が現れてたなんてねー」
「……一応お前の国の隣だったんだが?」
「余所は余所、ウチはウチってのが人族の国だから」
「それで良いのかよ」
もし俺が負けていればエフィロディアだけの問題じゃなくなっていたんだがな。
ま、負ける気はしなかったけど。
エリシアは剥き終えたリンゴを皿に載せ、串で刺して俺の口元に運ぶ。
「ほら、愛しい愛しいエリシア様がルドガーの為に剥いたリンゴはいかが?」
「……今食欲無いんだけど?」
「何よもー。私が頼んだからこうなってるって責任を感じて剥いてあげたのにー」
「リンゴ一つで割合とれねぇよ」
シャクリ、と差し出されたリンゴを口に頬張る。
「この分じゃ、アーサーのほうでも何か問題抱えてそうよねぇ」
「止してくれよ……もう予言とか勘弁してほしいんだが」
俺が項垂れていると、部屋の扉がノックして開けられる。
入ってきたのはララで、シンクと一緒にいた。
「ん? 何だいたのかゴリラ女」
「何だ帰ってきたのガキんちょ」
二人はバチバチと視線を交わす。
おいおい、止してくれ。喧嘩するなら余所で頼むよ。
二人を放置してシンクがトトトと歩み寄ってくる。
「とと、元気?」
「ああ、元気元気。明日はリハビリを兼ねて散歩にでも行くか」
「うん」
シンクをベッドの上に乗せ、頭を撫でてやる。
何だかんだ言って、シンクとこうやって接するのは嫌いじゃない。今まで子供相手は教師と生徒としてだけだったが、擬似的にとは言えこうやって親子のように接するのも悪くない。
シンクを撫でていると、皿が落ちる音が隣から響いた。
見ると、エリシアが口をあんぐりと開けて俺とシンクを見つめている。
「え? え? え? とと……? え? どういう……?」
「……ん? ああ、紹介がまだだったな。この子はシンク。俺が――」
「シンク・ライオット。センセの子供だ」
何故かララが答えた。それもニタリと黒い笑みを浮かべて。
それを聞いたエリシアは雷に打たれたような顔をして立ち上がり、頭を抱えて奇声を上げる。
「いやあああああ!? 子供!? 誰の!? 誰との!? まさか!?」
ハッとしてエリシアはララを見る。
ララは何も答えず、ただ笑っている。
「――してやる」
「おい、エリシア?」
「――殺してやる! 兄さんを殺して私も死んでやるぅ!」
「おい馬鹿!? こんな所でカタナ抜くな! ララも笑ってないで誤解を解け!」
シンクを抱えてベッドから飛び起き、カタナを振り回して追い掛けてくるエリシアから逃げ回る。
どうしてお前が来るといつも騒がしくなるんだよ! せっかくの休みなんだから静かにさせてくれよ!
「兄さんの馬鹿ァ! 私の気持ちも知らないでぇ!」
「ああもう! いったい何なんだよぉぉぉぉ!」
「とと、がんば」
「センセー! あまり無理するなよー!」
俺はエリシアの癇癪が収まるまで、都中を逃げ回ることになるのだった。
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