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第二章 魔獣戦争
第35話 魔人ルドガー
しおりを挟む遺跡の上空を飛びながら、ララの魔力を探す。
ララとルキアーノが鉢合わせたらマズい。いや、もう鉢合わせているかもしれない。ララのことが知られたら、何に利用されるか分からない。
「っ、そこか!」
遺跡の中で一番大きな建物からララの魔力を感じ取れた。ララに渡した御守りの魔力もそこから感じられる。
遺跡に飛び込む形で降り、ナハトを握り締めてララを探す。中に入ってもララの姿は無く、ルキアーノの姿も無い。
しかし魔力は確かに此処から感じる。この空間の何処かにララがいるはずだ。
「何処だ!? ララ!」
その時、建物が揺れた。建物だけじゃない、遺跡全土が揺れている。
地震? いや違う、何かが下から来る!?
建物から飛び出し、空へと上がる。
その直後、建物が下から瓦解していく。地鳴りを起こしながら周囲の建物も巻き込み、地中から巨大な黒いナニかが現れた。
それは獣だ。漆黒の皮膚と漆黒の鬣、巨大な二本の角、闘牛と獅子が組み合わさったような風体の黒い獣だ。大きさはケツァルコアトルよりも若干小さい程度だろうか。それでもかなりの大きさだ。
その獣の目は閉じられ、ただ静かにそこに鎮座している。
「何だ……あれは……!?」
「兄さん! あれを!」
「――ララ!?」
獣の額部分にある大きな赤い石にララがぐったりとして埋もれていた。
その側に、黒い翼を羽ばたかせてルキアーノが降り立った。
「ルキアーノォ!」
「おんやぁ? あの時の男じゃないですかぁ」
「ララに何をした!?」
ルキアーノはニタリと嗤い、ララの顎を汚らしい手で掴んだ。
「この子は魔王様のご息女……魔王様に迫る力を有している……。これを動かす為の動力源としては利用させてもらいましたぁ!」
「てめぇ……!」
腸が煮えくり返る。
ララを動力源と抜かしやがったなぁ……!? てめぇだけは生きて帰さねぇ!
頭に血が上ったのを自覚したまま、ルキアーノに目掛けて突進する。ナハトで首を斬り落とそうと振るうが、ルキアーノは翼を羽ばたかせてヒラリとかわす。
ルキアーノがララから離れたその隙にララを助け出そうと手を伸ばす。だがララは石の中に引き摺り込まれ、俺の手は空を切る。
「ララ!」
「大切な動力源を手放す訳ないでしょぉ!」
ルキアーノから風が放たれ、それをギリギリで避けて空に飛び上がる。
「てめぇ……いったい何が目的だ!?」
「ふぅむ……もはや目的は達成したも同然ですから? 教えて差し上げましょう!」
ルキアーノは獣の頭部に立ち、両手を大きく開いて見せる。
「私の目的はそうズバリ『魔獣』を我が手中に収めること! そして私の足下にいるのが遙か昔に封じられた最後の魔獣ベヘモス! 今此処に蘇ったのだァ!」
「アレが魔獣……!? ならあのケツァルコアトルは!?」
「それは私の研究の成果でしてねぇ! 人為的に魔獣を造り出そうとして神の眷属を実験体にしたんですよぉ! 結果は先ず先ずと言ったところ……ま! 貴方達に倒されてしまったようですがねぇ!」
ルキアーノは嗤う。
その反面、俺は激しい憎悪を胸に抱く。
コイツが……アレをやったのか。多くの子供達を呪いの犠牲にして、魔獣なんて最悪な物を作ろうとしたってのか。
そしてララまで魔獣を動かす道具にしようってのか……?
――ふざけるな……ふざけるなよ……!
「ふざけてんじゃねぇぞ貴様ァ!!」
「失敬な! 私は至って真剣さァ!」
「命を何だと思ってやがる!? テメェを気持ちよくさせる道具じゃねぇんだぞ!」
「私はねぇ! 私の心を満たす為なら己の命でさえ材料にするんですよぉ! 貴方の命もくださいよぉ!」
「この外道がァ!」
殺す。アイツだけは全身全霊で殺す。何が何でも殺す。死んでも殺す。殺しても殺してやる。
あのクソ野郎だけは俺のこの手で必ず殺してやる。ララを道具にしやがった報いを、子供達をヴァーガスに変えて殺した報いを――。
待て――奴がヴァーガスの呪いを掛けたのだとしたら、何故生きている?
呪いの代償は母体の命と術者の命のはずだ。ルキアーノが術者なのだとすれば、ルキアーノは死んでいなければならない。
何か抜け穴があった? それとも術者は別に用意して犠牲にさせた? 奴の思考ならあり得る。あり得るが、そうだったとしてもアイツを殺すことには変わりない。
ナハトを構え、隣では俺と同じように激しい怒りを顔に出しているユーリがダガーを構える。
ルキアーノはニタリと嗤い、魔獣の中へと姿を消した。
途端、魔獣の目が開き、赤い眼が光り輝く。額と四肢にある赤い石も光り出し、魔獣は命を吹き込まれた。
――ブォォォォォォォ!
『さぁ! 魔獣ベヘモスの力! 貴方達で試させてもらいますよぉ!』
「ララを返してもらうぞクソッタレ!」
「兄さん……アイツをぶっ殺しますよ!」
「ああ!」
俺とユーリは雷と風を纏って魔獣に突撃する。
「斬り裂け!」
ユーリが凄まじい鎌鼬を生み出し、魔獣の額にぶつける。鎌鼬は直撃するが、額には傷一つ付かなかった。
魔獣は咆哮を上げ、周囲に魔力で構成された黒い球体を生み出した。それを俺とユーリに向けて放ってくる。
俺はナハトで斬り裂き、ユーリは風で明後日の方向へと球体を弾く。斬り裂いて解ったが、この球体は穢れた魔力そのもので、一瞬でも身体が触れたら体内の魔力を汚染されて怪物に成り果ててしまうだろう。
続けざまに放ってくる球体を避け、ナハトに黒い雷を込める。雷の魔剣と化したナハトで魔獣の身体を斬り付ける。
「固っ!?」
ナハトは容易く弾かれてしまう。
雷神の力を持ってしてでも傷付けられない防御力を誇るとか、いったい何の冗談だ?
――オオオオオオオ!
『魔獣の力を思い知りなさいぃ!』
魔獣の魔力が高まり、空に曇天が広がる。その黒い雲から紫色の雷が生まれ、俺とユーリを落雷が襲う。空を飛び回り落雷を避けていくが、落雷の数が多い。
だが雷が相手なら打つ手はある。俺とユーリに直撃しそうな雷だけを選定し、命中しないように雷を操っていく。
「返すぞ!」
落雷を操作し、魔獣の身体に直撃させる。自身の力は通用するのか、雷が直撃した魔獣の体表には焼跡が残る。
『やりますねぇ! 他者の魔法を操るなんて、並大抵のことではありませんよ!』
「喧しい! 隠れてないで出てきやがれ!」
『魔獣の力がこの程度とは思わないでくださいよぉ!』
――ボォォォォォオ!
魔獣の身体に付いている赤い石が強い光を放つ。それと同時に魔力が高まり、魔獣の全身から魔力の波動が全範囲に放たれる。不快感を抱かせる甲高い音が鳴り、穢れた魔力が迫り来る。
「ナハト! 喰らえ!」
俺の魔力をナハトに喰らわせ、斬撃の威力を高める。目の前に迫る波動を大きく斬り裂き、裂け目に飛び込んで波動をかわす。波動は周囲の遺跡を破壊しながら広がっていき、森を呑み込んでしまう。波動に呑み込まれた森は枯れていき、黒い霧が立ち籠める。
『さぁ! 生まれなさい!』
ルキアーノの声が響いた直後、枯れた森から黒い怪物が生まれ始める。その数は凄まじく、メーヴィルに迫った時よりも多い。
もしあれがメーヴィルに迫ってしまえば、今度こそメーヴィルは怪物の大群に呑まれてしまうかもしれない。
「くそっ! ユーリ! お前は雑魚共を一掃しろ!」
「そんな、でも!」
「殲滅に関してはお前のほうが上だ! 頼む!」
「っ――分かりました! ならこれを!」
ユーリの手から聖槍が現れ、それを此方に投げてきた。聖槍を受け取った俺は左手で構え、一人で魔獣に立ち向かう。
果たして俺に聖槍が使えるのだろうか? 聖槍を託されたのは俺だが、これは本来風の勇者にしか使えない霊装だ。勇者でない俺がコイツの力を引き出せるのか不明だ。だが無いよりマシだろう。これ単体でも邪悪なモノにはそこそこ威力を出せる。
『さぁ! 行きますよぉ!』
「てめぇをぶっ殺してララを返してもらう!」
――オオオオオオ!
魔獣の口が開き、そこからブレスが放たれる。高度を上げて空に狙いを逸らし、攻撃の隙を見て急接近し、聖槍で魔獣を斬り裂く。
今度は聖槍の力が働き、魔獣の体表を斬り裂くことに成功し、緑色の血液が流れ出す。
だが傷が浅い。もっと深く斬り付けたと思ったが、巨体からしてほんの掠り傷程度にしかなっていない。
何か、何か弱点とかは無いのか? いくら何でも攻撃が通用しなさすぎる!
『そらそらそらぁ!』
また赤い石が光り輝き、今度は紫色の槍が何本も精製されて射出される。ナハトと聖槍で槍を叩き落としていき、攻撃をかわしていく。
あの赤い石……さっきから攻撃を放つ時に力を高めてやがる。もしかして……。
俺は上空から急降下し、地面すれすれを疾走して魔獣の右前足に迫る。その足にある赤い石に目掛けて聖槍を突き出し、石に切っ先を突き刺した。
ガキンッ、と音を鳴らして聖槍が石に穴を開け、その傷口からバチバチと魔力が迸る。
「せぇぇい!」
聖槍を抜き取り、傷口を狙ってナハトと聖槍の連撃を叩き込む。すると巨大な赤い石は爆発と共に砕け散り、大量の魔力がそこから噴き出した。
『あああ!? 何と言うことを!?』
「やっぱりこれが制御装置か!」
この赤い石は魔獣の力を制御する類いの物のようだ。攻撃を放つ時に魔力が高まるのはその所為だ。
なら、残りの石を全部破壊すれば魔獣を止められるかもしれない!
『よくも私の研究成果を……! 許しませんよぉ!』
「なっ!?」
――ブォォォォオ!
魔獣が天に向かって咆哮を上げる。その巨体が徐々に持ち上がっていき、前足が大地から離れる。骨格が変わっていき、四本足の獣だった魔獣は、二本足で立ち上がった。
「立つのか……!? その巨体で……!?」
『ボォォォォォォオ!』
魔獣は更に魔力を高め、背中から一対の黒い翼を生やした。
その姿はまさに怪物の王、それに相応しい禍々しさと恐ろしさを持っている。今まで多くの怪物をこの目で見てきたが、これほど邪悪な存在は見たことがない。
『虫けらのように潰して差し上げますよぉ!』
魔獣が拳を振り上げた。超巨大な拳が俺に迫ってくる。風を切る音が聞こえ、拳を振るうことによって生じる衝撃波が襲い来る。
まともに喰らえば防御なんか無意味だ。此処は回避するしかない。
横に大きく飛んで拳自体はかわしたが、拳が大地に叩き付けられた衝撃波までは避けられず、俺はそれに呑み込まれてしまい全身を強く打たれる。鎧は木っ端微塵に砕け、全身の骨が折れて砕ける音と痛みが襲う。
「兄さん!?」
ユーリの悲痛な声が微かに聞こえた。
俺は今どうなっている? 空を飛んでいるのか? それとも倒れているのか?
朦朧とする意識の中、自分の状況を確認しようと目を動かす。
視界の半分が真っ赤に染まっていた。呼吸もしづらい。空を見上げている。どうやら地面に倒れているようだ。
「……?」
立ち上がろうとしたが身体が動かない。腕も足も動かない。首だけは何とか動かせ、ゆっくりとナハトを握っている筈の右腕を見る。
右腕は曲がってはいけない方向に捻じ曲がり、血が噴き出していた。
空が暗くなる。見上げると、魔獣の拳が迫っていた。
――やるしか、ねぇ……!
『終わりですよォ!』
拳が鼻先まで迫った時、俺は魔力を一気に高めた。黒い雷が爆ぜ、魔獣の拳を受け止める。
動きを止めた魔獣の拳に向かって、俺の黒い右拳を叩き付ける。大量の雷が拳と一緒に放たれ、魔獣の拳を大きく弾き返した。
『な――何ですかァ!?』
「あれは……!?」
『フゥー……ッ!』
振り抜いた異形の右腕を引っ込め、全身の傷が無くなった異形の身体を起こす。右手にナハトを握り、左手に聖槍を握る。聖槍を握ると聖槍から力が流れ込み、俺の中の魔力を強く刺激した。
そしてその力は俺の力に変換され、黒い翼となって背中に現れる。
黒い雷と黒い風を纏い、俺は魔の力を解放した姿で魔獣に睨みを利かせる。
『そ――その姿は!?』
『さぁ……第二ラウンドと行こうか』
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