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第二章 魔獣戦争

第34話 供物

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 星が輝く夜空を俺とユーリは全力でかっ飛ばしていく。最初はユーリにおくれを取っていたが、風で飛ぶコツを掴めば並んで飛行することができた。

 これならエリシアみたいに雷にならないで済む。まぁ、上位の魔法を使えなかった時点でそれはできなかっただろうが。

 ともあれ、今出せる最速で報告のあった場所へと向かっている。

 ララは大丈夫だろうか……。渡した御守りじゃ、大きなダメージは防ぎきれない。守護の魔法だって不完全だから何処まで通用するのか不明だ。戦えると言っても、まだまだ素人の域だ。怪物に襲われでもしたらどうなるか……。

 ユーリが聖獣達に声を掛けてくれたが、聖獣は聖獣でやれることに限界がある。
 やはり一人で行かせるべきではなかったかも……。

「っ、兄さん見えました!」
「……やはり、あの鳥か」

 俺達の正面で空を飛んでいるのは、あの村に現れた超巨大鳥だった。

 島が一つ飛んでいると錯覚しそうなほど巨大なそれは、悠々と翼を羽ばたかせて此方へと向かってきている。

「ユーリ、アレが何だか分かるか?」
「……あれからは風神の力を感じます。陛下達が言うように、ケツァルコアトルかと」
「風神の眷属……本当にいたとはな」

 校長先生に羽根を持ち帰ってほしいとか言われたが、あんな巨大な羽根をどうやって持ち帰れと。

 しかし、あれがケツァルコアトルなら討伐するのは流石にマズいか。できるできないは兎も角、あれでも一応平和の象徴。神獣と言っても過言ではない存在を殺す訳にはいかないだろう。何とかして巣に戻ってもらうしかないか。

「……様子が変です」
「なに?」
「ケツァルコアトルなら魔力に神性さが感じられるはずです。ですが、あれからは邪悪な気配を感じます」
「ケツァルコアトルじゃ、ないってことか?」
「いえ、アレは間違いなくケツァルコアトルです。でも何だ、この感じ……」

 確かに、アレからは邪気が感じられる。風神の眷属ならそれに相応しい神性さを纏っていなければならない。平和の象徴である存在から邪なモノが発せられているのは明らかにおかしい。

 だが何れにせよ、アレを止めなければいけない。正体がケツァルコアトルでなくとも、俺達の目的はアレを撃退することにある。

「ユーリ、兎も角アレに乗り込もう」
「……ええ、そうですね」

 謎を抱えながらも、俺達はケツァルコアトルに近付く。

 ケツァルコアトルの巨大さは異常だ。この巨体で飛ぶには一対の翼では不可能だ。何か魔法を使っているのだろう。

 ケツァルコアトルからの迎撃は無く、俺達は難無くケツァルコアトルの背中へと回り込めた。
 そこで目にした光景は予想外なものだった。

 町だ、町がある。正確には町の残骸、と言ったところだろう。ケツァルコアトルの背中に町の残骸があった。背中だけじゃなく、翼や尾の部分にも背中よりは小さいが町らしき残骸がある。

 本当に島が鳥となって飛んでいると言って良い光景に、俺とユーリは言葉を失う。

 これがケツァルコアトル……流石に神獣ともなると人知を超えてきやがる。

 俺達は背中の町に降り立ち、辺りを警戒する。
 するとケツァルコアトルが大きな咆哮を上げた。

 ――オォォォォォォォン!

「――っ!? 何だって!?」
「どうしたユーリ?」

 ユーリが驚きの声を上げた。

「今、ケツァルコアトルの声が……!」
「声? 咆哮のことか? おいおい、聖獣だけじゃなくて神獣とも心を通わせるのか?」
「もしそうだとすれば、何てことだ……!?」
「おい、俺にも分かるように話してくれ」
「――ケツァルコアトルが魔獣です!」
「は?」

 直後、頭上から黒い怪物が降ってきた。

 俺とユーリは左右に分かれて跳び退き、武器を構える。
 怪物はメーヴィルを襲撃したのと同種で、穢れた魔力で構成されている奴だった。

「何でコイツが!?」
「兄さん! 後ろ!」
「っ!?」

 背後から殺気を感じ、ナハトを振り払う。背後に迫っていた怪物を両断し、怪物は魔力の塵になる。
 周囲を見渡すと、ケツァルコアトルの背中から怪物達が次々と生まれてくるのが見えた。

「おいおい、どういうことだよ……!?」
「ケツァルコアトルが魔獣化しているんです! 先程の咆哮は、俺達に助けを求める声でした!」
「はぁ!?」

 神の眷属が魔獣化!? それ何て冗談だ!?

 襲い来る怪物達を斬り倒しながら、ユーリは叫ぶ。

「何とかしてケツァルコアトルの魔獣化を止めなければ! まだ完全に魔獣になった訳じゃありません!」
「何とかって何だよ!?」
「何か外的要因があるはずです! それを見付けなければ!」
「ええいくそぉ!」

 黒い雷を放ち、周りに群れる怪物を一掃する。

 外的要因つったって、何処をどう探せば良いんだよ。魔獣なんて相手するのは初めてだし、神獣が魔獣化するなんて前代未聞だろうが。

 愚痴ったって仕方がない。怪物を倒しながらその要因ってのを探すしかねぇ。

「ユーリ! 二手に別れる! お前は右側! 俺は左側! 何か見付けたら対処しろ!」
「分かりました!」

 怪物を薙ぎ払い、俺はケツァルコアトルの左側を走る。町の残骸の中を駆け、道を塞ぐ怪物を斬り、魔獣化の要因を探し回る。

 だがどんな要因が魔獣化を引き起こしているのかが分からない。闇雲に走っても見つかりそうもない。

 落ち着け、こういう時に役立つのは今まで頭の中に詰め込んできた知識だろうが。

 魔獣、穢れた魔力を宿す災厄の獣。穢れた魔力は自然に発生するものじゃない。負のエネルギーが清浄な魔力を侵食して生まれる代物。

 もしケツァルコアトルが魔獣化させられているのであれば、負のエネルギーによって侵食されていることになる。

 その負のエネルギーとはいったい何だ? 神の眷属を侵食できるような負のエネルギーの正体……ダメだ、分からない。

 だがその負のエネルギーさえ見付けられれば、後はそれを取り除くなり破壊するなりすれば良い。

 なら俺が今すべきことは――。

「魔力の流れを見定めて場所を特定すること!」

 この怪物達が生まれる場所に穢れた魔力がある。その魔力が何処から流れてきているのか調べれば、後はそれを追い掛けていけば――!

「大当たり!」

 怪物らを倒しながら進んだ先に、ケツァルコアトルの身体に埋め込まれた巨大な瘤のような物があった。それは紫色に光っており、そこから負のエネルギーがケツァルコアトルに流し込まれているのが分かる。

 いったい何だこれは……? 何かの魔力タンクのようだが、中に何が入っているんだ?

 斬れば分かるだろうと思い、黒い雷を纏わせたナハトで瘤を斬り裂く。

 斬り裂かれた瘤の中からドロドロとした液体が流れ出し、それと一緒に流れ出てきたのは人型のナニかだった。

「これは……!?」

 それは何人もの魔族の遺体だった。それもこれは、呪いによって生み出された子供達――ヴァーガスの遺体だ。細く痩せ細り、骨と皮だけしかないような姿は見間違いようがない。

 なるほど、呪いによって生まれた存在ならば負のエネルギーにはもってこいだ。

「――ふざけるなよっ」

 俺は唇を噛み締めた。瘤から零れ落ちてきたヴァーガスの数は十人近い。

 つまり、十人近い子供達の命が奪われた。更に言うなら、母胎である母親も死んでいる。

 それにもっと最悪なことに、この瘤はこれだけじゃない。魔力を探ればケツァルコアトルの至る所にいくつも存在している。

 胸糞悪い――! 魔獣なんて存在を生み出す為にいったいどれだけの子供達を犠牲にした? どれだけの命を弄びやがった!?
 何処のどいつだ、こんなクソッタレな真似をしやがった奴はァ!?

「クソッタレがァ!」

 近付いてくる怪物を斬り殺し、次の瘤へと向かう。

 もうエネルギーにされた子供達は死んでいる。シンクのように救うことはできない。俺にしてやれることはその亡骸を解放してやることだ。

 瘤を守るようにして何体もの怪物が生まれて立ち塞がる。その全てを薙ぎ払い、また一つ破壊する。

『グガァァ!』
「退けぇぇぇえ!」

 怒りしか湧いてこない。此処まで怒りを覚えたのは生まれて初めてだ。大戦中ですら、仲間が殺されても憎しみに囚われることはなかった。

 だがこれだけは別だ。今の俺は怒りだけで剣を振るっている。こんな惨いことを仕出かす奴を見つけ出して必ず殺してやる。必ずだ。コイツだけは怒りと憎しみだけで殺してやる。

『ゴアアアアッ!』

 目の前に巨人型の怪物が現れる。殴り掛かってきた拳を俺の左拳で殴り返し、木っ端微塵にする。そして首を斬り落とし、その先にある瘤をまた一つ斬り裂く。

 これで三つ目。まだまだ瘤は存在する。此方側だけでもこんなにあるのなら、ユーリ側にも複数存在するだろう。

 ユーリなら瘤の存在に気が付いてくれるはずだ。そしてユーリも真実を目の当たりにして怒りで震えるだろう。

 何個目かの瘤を破壊した時、ダガーを両手に怒りの形相をしたユーリと対面した。

「兄さん、これは……何でこんな……!?」
「分かってる……早く残りも楽にしてやろう」
「はい……っ!?」

 突如、ケツァルコアトルが大きく身体を動かした。俺とユーリは身体から振り払われないように気を付け、何が起こっているのか確認する。

 ケツァルコアトルは移動速度を速め、高度を上昇させた。雲の上に飛び出したと思えば、今度は魚が水面を跳躍するようにして雲の中に沈み、急降下を始めた。

 雲を抜けた先には、森が広がっていた。

 まさか、ホルの森!? ならあの遺跡は……!

 ケツァルコアトルはそのまま遺跡の隣の森へと墜落した。森を薙ぎ倒し、大地を揺らしながらケツァルコアトルは動きを止めた。

「くそっ……! ユーリ、無事か?」
「はい……!」

 俺達は立ち上がり、急いでケツァルコアトルから飛び立つ。まだ瘤は破壊しきれていないが、何が起きているのか把握するのが最優先だ。

 上空から森を眺めると、ケツァルコアトルの墜落で森の一角が破壊されてしまっているものの、遺跡には被害が出ていなかった。

 瘤を破壊したことでケツァルコアトルの力が弱まって墜落したのだろうか? しかしまだケツァルコアトルから放たれる邪悪な気配は消えていない。

「……兄さん、おかしいです。遺跡に聖獣の気配がありません」
「なに?」
「――ま、待ってください! 遺跡からルキアーノの魔力と、ララお嬢さんの魔力が!」

 それを聞いた俺はケツァルコアトルを放置し、遺跡へと飛んだ。
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