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第二章 魔獣戦争
第24話 ホルの森と守り神
しおりを挟むホルの森はメーヴィルの西側に位置する大森林だ。山や渓谷が存在し、土地勘の無い者が足を踏み入れれば遭難してしまう程に入り組んでいる。
こういった森はアルフの都の北の森で慣れてはいるが、子供を連れて歩き回るような場所ではない。
しかしシンクを誰かに預ける訳にもいかず、移動に時間が掛かることを承知で森に連れてきた。
此処では馬車が使えず、ルートともう一頭の馬は城に置いてきた。
帰ったらもう一頭の馬にも名前を付けてやらないといけないな。
今、俺とララとシンクの三人でホルの森の中を散策している。
グンフィルドにユーリが拠点を構えている可能性がある場所を記された地図を渡され、それを頼りに森を進んでいる。
エフィロディアの戦士達を共に付けようかと言われたが、俺とユーリが出会えば他の者に聞かれたくない会話もあるだろうから丁重に断らせてもらった。
それから、グンフィルドにとある許可を貰った。
それはホルの森に生えている薬草や魔石の採取についてだ。
どうせならララの薬草学の糧になるようなことをさせたいと思い、ホルの森でしか自生していない植物を採取させて霊薬作りをさせたかった。
その許可はあっさりと下り、ララは嬉しそうにした。
今も、シンクを俺に任せて図鑑を片手に植物を見て回っている。
「センセ! この森凄いぞ! 図鑑に載ってる植物が何でも生えてる!」
「ホルの森は人族の大陸の中で一番清浄な魔力が満ちてるからな。此処でしか採取できない物もある」
「これなら色んな霊薬が作れそうだ!」
「植物だけじゃなく、魔石もあるからな。採り過ぎなければ良いから、採っときな」
「うん!」
ララは意気揚々と森を進んでいく。
ここまで喜ばれたら交渉した甲斐もあったものだ。
俺もララのような時期があったっけな。親父に霊薬作りの知識を教えられた頃、霊薬作りに嵌まって彼方此方に材料を採取しにいったものだ。
霊薬は魔法並みに面白い。材料の煎じ方、分量、組み合わせ方、様々な方法次第で魔法に匹敵する現象を引き起こす。
それに霊薬は医療としても充分に効力を発揮する。治癒魔法なんかよりも治りが早い霊薬も存在するし、霊薬でなければ取り除けない毒や病巣なんかも存在する。
俺はアーヴル学校の薬草学教師より詳しい訳ではないが、戦争中に霊薬を役立たせるぐらいには知識を詰め込んでいる。
ララは俺以上の才能を秘めている。魔法力も俺より上だ。鍛えようによっては俺を越えて勇者に匹敵する存在になれるだろう。
もしかしたら、親父よりも……。
「とと」
「ん?」
左手で手を繋いでいるシンクが俺を呼んだ。
見ると、シンクは何かを指していた。
其方を見ると、鹿の親子がいた。
「あれ、なに?」
「あれは鹿だ、シ・カ」
「し、か……たべる?」
「食べられるが……今は駄目だ。いつか一緒に狩りでもするか」
「……?」
狩りのことを知らないシンクは首を傾げる。
俺も昔はこんなだったのだろうか。
戦場で言葉も知らなかった俺を親父はどうしてか引き取り、あらゆることを教えてくれた。
親父がやっているようなことを、まさか俺もすることになるだなんて思いもしなかった。
俺と同じ黒髪に赤い目をしたシンクの頭を撫で、ララの後を追い掛けながらユーリを探す。
地図に記されている最初の場所はもうすぐだ。地図によると、そこは天高く聳え立つ大樹が群生している場所で、大昔にそこを住処としていた部族の跡地がある。
所謂、ツリーハウスって奴だ。木の上に家を造り、そこで暮らしていた。
その跡が今でも綺麗に残っており、実際にユーリが此処を拠点にしていた時期があるらしい。
やがてその場所に辿り着いた。
古ぼけたツリーハウスが大樹の上にいくつも存在しており、吊り橋でそれぞれを連結している。
俺は息を大きく吸い込み、大声でユーリを呼ぶ。
「ユーリィィィ! 居るかァァァ!?」
俺の声は虚しく森に木霊するだけで、返答は帰って来なかった。
一応、何か手掛かりが無いかとツリーハウスを調べることにする。
危ないからララとシンクには地上で待ってもらうことにし、木と蔓でできたハシゴを一人で登る。
木の板で敷かれた踊り場に到達し、近くのツリーハウスから調べていく。
殆どは使われた形跡が無かったが、一つだけ最近使われた形跡があるハウスを見付けた。
放置された鍋やランプ、焚き火の跡、使われた形跡のある寝台があった。
此処で誰かが生活していたのは間違いない。おそらくそれがユーリだろう。
だが痕跡からしてもう長い間此処へ帰ってきていないようだ。他の拠点に移ったのだろう。
他に手掛かりもなく、ツリーハウスから地上へ飛び降りた。
「センセ、どうだった?」
「此処に居たのは間違いない。だが他の拠点に移動したようだ」
「そうか……」
ララは少しだけホッとしたような顔をした。
「……エリシア以外の勇者に会うの、怖いか?」
「……」
図星のようだ。
まぁ、そうだろうとは思っていた。
ララは魔王の娘だ。勇者と魔王の関係は複雑で、ララはエリシア以外の勇者からどんな目で見られるのかと不安がっている。
それは杞憂って奴だ。親父の実の娘なら、驚きはするが悪い目で見ることはない。
それどころか、きっと大切にされるはずだ。
「大丈夫だ。皆イイ奴だ。気難しい奴もいるけどな。勇者は魔王の敵だったが、それは憎いからじゃないって教えたろ? 寧ろ可愛がられるさ」
「……それはそれで嫌だな」
「恥ずかしがるな。次に行くぞ」
ララの不安を取り除いた所で次の場所へと向かう。
次はホルの森にある渓谷だ。此処は洞窟が多く、雨風を凌ぐには丁度良い場所である。
水も川で確保できるし、食料も調達しやすい。
それに川の付近に自生しているヤッカルの水草は毒消しに使えるし、ヌルヨモギと組み合わすと傷薬にもなる。
俺達は渓谷まで辿り着き、近くの洞窟を探索する。
此処にもユーリの姿は無く、だが拠点にしていた形跡が残っていた。
時間も時間になり、今日はこの洞窟で夜を過ごすことにする。
ポーチに入れていた食料と調理器具を取り出し、ララに食事の用意をしてもらう。
その間、俺は付近に防御魔法と索敵魔法を張り、侵入者の対策を確保する。
日が沈み、焚き火と光の魔法で洞窟内が明るく照らされる。
「ほら、シンク。熱いから気を付けるんだぞ?」
「うん」
ララは野営の定番メニューであるシチューを器に盛り付け、シンクにそっと渡す。
シンクは腹が減っていたのか、無我夢中でシチューを食べていく。
「ほら、センセ」
「ああ、ありがとう」
ララからシチューを受け取り、夜風で冷えた身体を温めていく。
「……霊薬の材料は集まったか?」
ふと、材料の調達具合が気になり、シチューを食べながらララに尋ねる。
ララは側に置いていた肩掛け鞄を弄り、満足げに頷く。
「ああ、だいぶ集まったぞ。食後にでも作ってみるさ。できたらセンセにあげるよ」
「お前の霊薬なら心強いことこの上ないな」
「ふふん」
「ねーね、もっと」
「シンク、そう言う時は何て言うか教えただろ?」
「……おかわり」
「はい、よくできました」
この数日でララの世話焼き加減が上がった気がする。
シンクもヴァーガスになった影響が薄いようで助かる。殺戮本能や殺し続けてきたことで倫理観が損なわれでもしていたら、今のようなやりとりまでどれだけ時間が掛かったことか。
しかし、分からないことがある。いったい誰が、シンクをヴァーガスに変えたのだ。
それにシンクは生粋の魔族だ。両親が魔族であるのは確かであり、それがどうして人族の大陸、それもエフィロディアにいたのだろうか。
呪いの術者が連れてきた? 態々此処へ? それはどうして? 何故魔族を使った?
ヴァーガスはそれだけで強力な怪物だ。元から力強い魔族の子供をヴァーガスに変える必要はない。戦力増強を目的とした物だったとしても効率が悪い。
だがもうそれを解き明かすのは難しいだろう。
何故なら、ヴァーガスの呪いに必要なのは子を宿している母体の命と術者の命だ。
つまり、術者は既に死んでいる。
呪いを施した現場を見付けることができれば何か分かるかもしれないが、それを見付けるのも困難だろう。
最初に被害があった村を調べでもしたら、それが分かるだろうか。
ケツァルコアトルの噂、実際に現れた巨大な鳥、ヴァーガス、行方不明のユーリ。
これらがどう繋がっているのはまだ分からない。何も繋がっていないのかもしれない。
だが俺の胸中は妙な胸騒ぎがしている。
何かこれから途轍もなく面倒なことが起こるのではないかと。
校長先生が言っていた大いなる旅とやらを聞いたから、余計な心配をしているだけなのかも。
どちらにせよ、俺のやることは決まっている。
ララを、そしてシンクを必ず守り抜くことだ。
これだけが揺るがなければ、どんなことが起きようとも為べき事は見失わない。
また明日も、こうやって食事ができるように――。
★
夜中、何かの気配を感じて目を開けた。
寝ていた身体を起こし、ララとシンクの様子を確かめる。
ララは寝袋に包まっていたが、シンクの姿が無い。
慌てて辺りを見渡しシンクを探す。
シンクはすぐに見つかった。洞窟の入り口に座り込んでいる。
何処かへ行ってなかったことに安堵するが、どこか様子がおかしい。
異変に気付いたララも目を覚まして起き上がる。
「シンク……?」
「シッ……」
ララの口を閉じさせ、シンクの様子を観察する。
シンクは座っている態勢から四つん這いになり、まるで狼のような遠吠えを上げる。
『ウォォォォン……!』
ヴァーガスの時に聞いた声と同じだった。
まさか、呪いは完全に解けておらずに再発現した?
念の為、ナハトを手元に呼び寄せて警戒する。
『ウォォォォン……!』
『ウォォォォン……!』
再びシンクが遠吠えをすると、何処からか別の遠吠えが聞こえた。
そして次に感じたのは獣が集まってくる気配だ。
シンクは獣を呼び寄せたのか?
「シンク……!?」
シンクが洞窟から獣のように飛び出した。
「ララ、此処にいろ!」
「あ、ああ」
ララに動かないように伝え、飛び出していったシンクを追い掛ける。
シンクはヴァーガスの時よりは遅いがそれでも俊敏な動きで渓谷を走り抜け、森の中へと入っていく。
見失わないように追い掛け森に入ると、シンクは拓けた場所で立ち止まった。
ゆっくりとシンクに近付いていき、真後ろまで行く。
「シンク、何やってる……?」
「……」
シンクは正面を指さした。
そこへ視線を向けると、巨大な狼と目が合った。
大きさは小屋ぐらいあるだろうか、銀色の毛に金色の眼を持つその狼は闇の中からずずいと姿を見せる。
ナハトを構えようとして気が付く。この狼からは怪物の気配がしないことに。
その狼の他にも通常よりも少しだけ大きい狼達が姿を見せ、俺とシンクを取り囲む。
不思議なことに、彼らから敵意を感じない。だが友好的な気配もしない。
何だこの感覚は……いったいこの狼達は何なんだ?
襲い掛かられてもシンクを守れるように警戒していると、巨大な狼が口を開いた。
「不思議な呼び声に応えて来てみたら、魔族と混ざり者がいるとわねぇ」
言葉を話した。
その事実に俺は我が耳を疑う。
女性的な声だ。目の前の狼が喋った。
「若造、貴様が我らを呼んだのか?」
若造とは、俺のことだろう。
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シンクに視線を落とすと、狼もシンクを見つめる。
「ほぅ……この童か。童……ワーウルフの類いだね?」
「……?」
「おや……? 違ったかい?」
「……この子はヴァーガスにされて出自が不明なんだ」
『ガルルッ!』
俺がシンクの代わりに答えると、狼は牙を向けて威嚇してくる。
「誰が喋っても良いと言った?」
「……」
「……ふん、ヴァーガスね。あれは忌まわしい呪法だよ。人だろうと魔だろうと、全ての命を怪物に変えてしまう。貴様が呪いを解いたのか?」
俺は頷いて答える。
下手に刺激すると攻撃をしてきそうな雰囲気だ。此処は大人しく聞かれたことだけに答えた方が良い。
「……呪いから解放された子は初めて見る。さて、童……どうして我らを呼んだ?」
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「……? 要領を得ないねぇ……若造、どういうことだい?」
「……シンク、もしかしてユーリのことを言ってるのか?」
「ユーリ、ユーリ」
驚いた、まさか俺がユーリを探しているのを理解して、探す為に彼らを呼んだというのか?
「ユーリ……風の勇者のことかい?」
「っ、知ってるのか?」
狼からユーリの名が出たことに驚き、またもや余計な口を利いてしまう。
咎められはしなかったが強く睨まれた。
狼はその場に伏せ、他の狼たちを何処かへ引っ込めさせた。
「若造、貴様はユーリの何だ?」
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「貴様の名は?」
「ルドガー・ライオット」
「……ルドガー……その名の意味を分かって名乗っているのかい?」
「どういうことだ?」
俺が尋ね返すと、狼はやれやれと肩をすくめるような動作をする。
「嘆かわしい……何も知らないとは」
「……?」
「まぁ、良いさ。それで? ユーリを探しているのかい?」
「……ああ。居場所を知ってるのか?」
「勿論、知っているとも。この森に住まう者なら、彼の居場所を常に把握している」
住まう者……彼らのような動物のことを言っているのだろうか。
今もホルの森に人が住んでいるとは聞いていない。聖獣や野生動物に魔法動物ぐらいしか住んでいないはずだ。
その彼らならユーリの居場所を把握していると言う。
それが本当なら是非とも教えてほしいが……。
「教えてもらえないか?」
「……彼をどうするつもりだい?」
「安否の確認と、メーヴィルに連れ戻すと女王に約束した」
「安否なら兎も角、連れ戻されるのは困るねぇ」
「何故だ?」
「今この森には彼が必要だからさ」
「必要?」
「そう……予言の日が近いのさ」
予言、その言葉に思わず身構えてしまう。
また予言だ。どうして俺には予言という言葉が纏わり付く。俺は勇者じゃないんだぞ。
確かに雷神の試練を受ける資格があって雷神の力を手に入れたけども。
――って、充分勇者の資格持ってるじゃん。
改めて自分の立場を理解した俺は軽く頭を抱える。
「彼はその予言の日に向けて準備をしている。今、彼を森から出すわけにはいかないのさ」
「……その予言について聞いても? いや、もし話してくれるなら一度寝床に来てほしい。連れがこの子を心配して待ってる」
シンクを抱きかかえ、狼に提案してみる。
狼はジッとこちらを見つめた後、のそりと立ち上がる。
「良いだろう。童をいつまでも夜風に晒す訳にもいくまい」
思いの外、すんなりと俺の提案は許諾された。
もしかして、話せば大抵のことは解ってくれるタイプの狼なんだろうか。
いや待て、先ず狼なのだろうか。形は狼だがあまりに巨大、そして言葉を話す。
怪物でなければ聖獣の類いだろうか。
しかし狼の聖獣なんて聞いたことが無い。無いだけで実は居たんだろうか。
狼を引き連れ、ララが待っている洞窟へと戻る。
出迎えたララは俺の背後にいる巨大な狼に面を喰らい、小さく悲鳴を上げた。
いつの間にか腕の中で眠っていたシンクを寝袋に寝かせ、俺とララは洞窟の入り口に鎮座する狼と対面する。
「……お前さん、魔王の血族だね?」
「っ!?」
狼はララを一目見てそう言った。
ララは息を呑み、俺の後に身を隠す。
狼は軽く笑い、「何もしないさ」と言い、火が消えている薪に息を吹きかけると火がボウッと点火した。
「あのヴェル坊にこんな可愛らしい娘がいたなんてねぇ……」
「……アンタは、何者なんだ?」
「私は森の守り神。名はアスカ」
狼はアスカと名乗った。
守り神、それは七神とは別個の神であり、その土地を守護する力を持った聖獣を意味する。
「守り神だったか」
「センセ、守り神って?」
「与えられた土地を守護する聖獣さ。それがシンクの呼び声に応えてくれたのか?」
「不思議な声だったよ。思わず一族総出で赴く程にね」
アスカは眠っているシンクを慈しむように見つめる。
それからスッと表情を引き締め、俺達に向き直る。
「さて、ユーリのことだったね」
「ああ。どうしてユーリが必要なんだ?」
「ラファートの予言さ。魔獣戦争が起きるんだよ」
「魔獣? 馬鹿な、魔獣が生まれるのか? しかも戦争だと?」
「魔獣?」
ララが首を傾げる。
俺は一度落ち着く為、ララに魔獣について教える。
「魔獣は穢れた魔力を発する凶悪な怪物で、別名『黒きモノ』と言う。魔獣が誕生すれば、その地にいる生物は穢れに染まって魔獣の眷属に変わる。だが魔獣はもう何千年前に滅ぼされている。生き残りがいたのか?」
「いたかどうかは関係無い。重要なのは魔獣が現れることさ。ユーリは我々と一緒に魔獣と戦ってくれるのさ。だから森から連れ出されると困るんだよ」
ユーリが魔獣と戦う? そんな話、どうしてアイツは他の皆に黙ってるんだよ。
魔獣の危険さはユーリも知っているはずだ。勇者一人では、聖獣が一緒だとしてもそれはあまりにも危険過ぎる。どうして他の勇者に救援を請わない。
そこでふと、俺はエリシアが言っていたことを思い出す。
――勇者は許可無く他国へと足を踏み入れられない。
いや、でもそれは、これは人族の存亡に関わる問題だ。それで勇者を現場に派遣しない、なんてことはしないはずだ。
だが実際にユーリは一人で解決しようとしている。女王にも伝えず、たった一人で。
それは何故だ?
「何でユーリがそんな大事を一人で解決しようとしてるんだ?」
「ホルの森は清浄なる神秘な場所だ。人が踏み荒らして良い場所ではない」
「だからってユーリ一人だけに任せておけるか!」
「ではどうする? 貴様も魔獣と戦うか? 勇者でもない貴様が」
「弟一人を危険な目には遭わせられない。俺も戦ってやる」
魔獣は倒さなければならない。それは絶対だ。魔獣は世界に禍を振り撒く。それこそ嘗ての魔王のように。
ユーリが魔獣を倒すと言うのなら、兄として、勇者の同族として指を咥えて見ているわけにはいかない。
俺は隣に座るララに身体を向け、頭を下げる。
「ララ、俺はユーリを見捨ててはおけない。だから頼む、ユーリと一緒に戦わせてくれ」
「……」
魔獣と戦うと言うことは命懸けになる。
俺の命はララを守る為に存在する。
ユーリと一緒に戦うということは、ララ以外の為に命を懸けるということになる。
それでは契約違反だ。シンクの時といい、二度目の勝手だが、弟を見捨てられないのだ。
「……センセ、顔を上げてくれ」
「……」
「センセ、シンクの時も勝手に命を懸けたな?」
「……ああ」
「また契約を破るのか?」
ララからは怒りを感じた。
当然だ、契約を破ろうとしているのだから。
ララの母を死なせた俺を、ララは許していない。咎めない代わりにララを守り続けることが契約だ。
その契約を破ると言うことは、今此処でララに母を死なせた罪を追及されることになる。
契約を破るつもりはない。だけどユーリを一人にさせられない。
俺は葛藤した。ララか弟か、二択を迫られた。
「……ふぅ。仕方ない、私も戦おう」
「は?」
ララが仕方ないと肩をすくめてそんなことを言い出した。
「恩師を嘘吐きにする訳にもいくまい。私が戦えば、センセは私を守る為に戦うだろ?」
「え? いや、それは――」
「それとも契約を破るのか?」
「ッ……!?」
それ以上何も言えなかった。
ララは勝ち誇った笑みを浮かべる。
その様子を見てアスカは口を大きく開けて笑い出す。
「クハハハ! いつの世も男は女に勝てないもんさ」
「喧しい……兎も角、俺も戦う。ユーリに会わせてくれ」
「勇者でもない貴様がどれ程のことができるか知らぬが、精々風の勇者の邪魔はしてくれるな」
「おい、このクソデカ狼」
「クソデカッ!?」
ララが突然立ち上がり、アスカを前に罵倒して睨み付けた。
アスカはまさかの呼び名に愕然とした。
ララは腕を組んでアスカにズイッと迫る。
最初に悲鳴を上げていた姿とはえらい違いだ。
「センセはな、お前が思っている何倍、何十倍、何百倍も強いんだからな。あまりセンセのことを弱い奴みたいに言うな!」
「ララ……」
少し、いやだいぶ嬉しかった。思わず頬がニヤけてしまいそうになる。
ララにバレないよう、口元を手で隠して顔を背ける。
アスカは唖然としていたが、また口を大きく開けて笑う。
「クハハハッ! 面白い子だ! 流石はヴェル坊の血族だね」
「……その口振り、父を知ってるのか?」
「大昔にねぇ。アレはイイ男だったよ」
「ふん、どうだか。センセ、私はもう寝る。置いてくなよ」
ララはそう言ってシンクの隣で寝袋に入っていった。
俺とアスカは洞窟の外に出て星空を眺める。
「……若造、ユーリと兄弟だって言ったね?」
「ああ……」
「……育ての親はヴェル坊、そうだね?」
俺は驚いた。アスカにそれが知られるようなヘマはしていないはずだ。
アスカは口元をニヤリと歪ませる。
「そうかい、あの坊やはやりきったんだね……」
「……何を知ってるんだ?」
「それを語る口を、私は持たない。いずれ知る時が来るだろうよ……」
いったい何だってんだ……。
親父は勇者の予言や伝説を基にエリシア達を育てた。命の篩に掛け、何人もの子供が死んでいったが、エリシア達は生き残って勇者の力を得られた。
どうして己を殺す為の勇者を生み出したのかまでは知らないが、もしかしてこいつはそれも知っているのだろうか。
「若造」
「何だ?」
「その名を受け継ぐことの意味と責任、しっかし考えるんだよ」
「は?」
アスカは立ち上がり、図体の割りに俊敏な動きで森の中へと立ち去っていった。
その名を受け継ぐ? ルドガーって名前にいったいどんな意味があるってんだ。
せめてそれを教えてから帰ってくれよ。
「ってか、ちゃんとユーリに会わせてくれるんだろうなー!?」
俺の叫びは夜の闇の中に消えていった。
静寂に満ちた森を眺めた後、俺は洞窟に戻り焚き火に薪を焼べた。
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