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その手はとても小さなもので

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「グルルルルルルルルル」

なんだよこれ……

どこがワンコだよ……

全然思ってたのと違うじゃねえか。

魔獣なんて、犬みたいなもの。

ヤバくてもオオカミくらいだろうと思っていた。

今目の前にいるのは、そんな生易しいモノじゃない。

ただの魔獣バケモノだ。

全体的に黒みがかった大きな体。

口から飛び出た鋭利な歯。

逃げろ。逃げろ。逃げろ。

本能が警鐘を鳴らしてくる。

普通の生活をしていて見ることは絶対にないであろう生物《ケモノ》が、そこにいた。

「ぁ、ぁぁ………」

あまりにもイメージが違いすぎる。

なんなんだよコイツは……

本当に同じ生物なのか?

想像するは、自分が食われる瞬間。

肉を裂かれ、痛みに悶えるイメージ。

怖い。怖い。怖い。

頭の中にそんな声が聞こえてくる。

だからだろうか。

俺はつい先程、教えてもらったことを失念していた。

こいつらの最大の特徴を。

「ーーースゥ」

魔獣が大きく息を吸い込んだ。

「しまっ」

魔獣の狙いを察するが、遅い。

すでにその体勢に入ってしまっていた。

生き物が息を大きく吸い込む時なんて、ほとんど限られてる。

それは、

もちろん、

息を蓄えるためか、

【叫ぶ時】だ。

「ッ!!!」

瞬間、目の前の魔獣が燃えた。

体を包む炎がバケモノを焼いていく。

魔獣は、「キャウンッ」と犬みたいな声を出しながら苦しんでいる。

外見は比較するだけバカらしいほどに違うのに、

こういうところは、

犬に似ていると思った。

数秒経ち、

そのままあっけなく燃え尽きた。

「………」

そばにいる少女に視線を向ける。

彼女は、苦しそうに顔をしかめながらも、腕を前に向けていた。

今燃え尽きた魔獣の方向に。

「アンタが、やったのか……?」

「ああ、私の魔術だ。
この領域内では消費が激しいからあまり連発では使えないがな」

「ありがとう。
そうか……助かったのか……」

完全に死んだと思った。

もし、彼女が助けてくれなければ、

今頃は、

いや、

想像もしなくなかった。

「いいや、礼には及ばないさ。
だが、これで分かっただろう?

魔獣を舐めてはいけないことが」

彼女の言う通りだった。

ちゃんと信用していると思っていたつもりだったのに、

実際には、楽観視していた。

最終的にはなんとかなる、と。

どうせ大したことない、と。

現実味がなかったのも原因かもしれない。

だから、

怯えて何も出来なかった。

考えられなかった。

「……ッ」

パンパンッと自分の頬を叩いた。

これからはちゃんと信じよう。

「ああ、その通りだったよ。

正直、アンタの話に半信半疑なところがあったんだと思う。

すまなかった」

深く頭を下げる。

「いや、信じられないのも無理はない。

そもそも魔術は一般人には秘匿すべき事柄だからな。

本来スッと受け入れられる方が無理がある」

「ありがとう、そう言ってもらえると助かるよ。

しっかりと慎重にいこう。
アンタの言葉を信じる」

「ありがとう。あ、そういえば」

と、彼女が思い出したように続ける。

「私はルナ。こんなことに巻き込んでしまって本当にすまない。

何かあった場合は君自身を優先してくれで構わない。

だが、私はまだこんなところで死ぬ訳にはいかないんだ。

だからどうか君の力を貸してほしい」

そう言って手を差し伸べてくるルナさん。

ルナ、か。

彼女に似合っている名前だと思った。

腰まで伸びた金色の髪が美しい。

「もちろんだ、ルナさん」

「ルナでいい。
歳もあまり変わらないだろうし」

ふと、何気なく視線が合う。

吸い込まれるような紅い瞳。

本当に目と目があったのはたまたまだったのだが、思わずルナの瞳に見惚れてしまった。

まるで宝石のような輝きを秘めていて、ずっと見つめていたくなる。

「………」

そんな気持ちを押し殺し、彼女の差し出した手に視線を移した。

すごく小さな手だ。

さっきみたいな魔獣に襲われた時にできたのか、痛そうな傷跡もみえる。

こんなボロボロの身体なのに、彼女に助けられた。

今度は俺がルナを助ける番だ。

俺は差し出された手を、強く握った。

「俺は檜山勇斗だ。
一緒にここから出るぞ」



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