多分、愛じゃない

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
上 下
93 / 102
愛じゃない気持ちのこれから先。

(2)

しおりを挟む
「ごめん、違うよ、奏。ただ、びっくりしたっていうか。奏、こういうの人前では嫌だと思ってたから」
「いつの話してんだよ」
「だよね、そうだよね。本当にごめん」

 真剣に謝られて、聞く耳を持たないほどバカではない。ほっとしていると、次はユウリから手を握られた。

「ねえ、奏」
「なんだ?」
「馬鹿な事、聞いてもいい?」
「いいけど、何?」
「…克巳さんともこうして手を繋いで歩いたこと、あった?」

 一瞬、聞かれた意味がわからなかった。記憶を手繰り寄せて、町から離れたところではあったかもしれないな、と素直に応える。

「それがどうかしたか?」
「…いや、なんていうか。わかってたけど、やっぱり奏が僕以外の人とそういうことしてたんだなってちょっと、いや、結構ショックで」

 顔に熱が集まる。ユウリの言うことはわかる。俺だってユウリの過去に嫉妬する。
 けれど、嫉妬するということはそれだけ相手のことを好きだということだろう。しっかりと恋人なのだ。そのことに酷く安堵した。

「だから、なんていうか。格好悪いけど、恋人らしいことするの躊躇ってたんだよね」
「なんでだよ」
「だって、恋人らしいことなんて克巳さんと散々してたんだろうなって。僕としても結局、克巳さんとしたんだなって奏の中にあるなら、僕はそれを超えられないかもしれないなって」

 ああ、もう。いちいち、可愛くて仕方がない。

「呆れた?なんか、格好悪いよね、ごめんね?」
「いや、むしろ可愛い」
「え、ちょっとそれは、喜んでいいの?」
「…俺は克巳に可愛いと思ったことはない」

 顔から火が出そうで、首に巻いたマフラーにすっぽりと顔を隠した。

「奏、今からすっごい情けないこと、言ってもいい?」
「なんだよ」
「奏が克巳さんとしたことないこと、全部、僕としてほしい。いい?」

 気付けば歩みは止まっていて、繋いだ手は離され、代わりに頬をユウリの大きな手で両方から包まれていた。
 少し、あと少し、と顔が近づいてくる。

「…いいよ」
「ありがとう」

 吐息が混ざる。冷たくなった風に混ざって温かい風が二人のわずかな間を埋め尽くす。

 冷たくなった唇に温かい体温が触れた。触れるだけのキスだった。

「帰ろうか」
「そうだな」

 手を繋いでまた歩み進める。
 繋いだ手から伝わってくる温もりが、言葉にできない感情を伝えてくる。

 結局、俺たちの間にあるものはまだ愛ではないのかもしれない。
 愛とはいろいろな形をしている。守りたい愛、守るべき愛、貫きたい愛。
 時に形を変えすぎて、一方的なものになってしまうこともあるだろう。
 時に、自分を守る愛のために、人を傷つけてしまう愛もあるかもしれない。

 けれど、そのどれもが尊い愛で、それは誰にも傷つけることも蔑ろにすることもできない。

 これから俺たちが紡ぐ「愛」が、どんな形になるのか、俺はまだ知らないけれど、きっと、また新しい愛の形になる。

 そのとき俺は、その愛を正面から受け止められる人でありたい。

 繋いだ手から見上げたユウリの顔は、やっぱり優しく微笑んでいて、ああ、好きだなと思わされた。

 いつか愛になる日も、こいつの隣にいたい。

 強く願った。その願いはきっと、その日の月しか知らないと俺は思った
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

僕だけを見ていて

山川葉流
BL
春が近づくある日のこと、百々瀬ささめはケーキ屋の前で同居人の紘人を待っていると同僚の斉木に声をかけられた。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

処理中です...