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恋じゃなくて、多分、愛じゃない

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 ただの支配欲。

 破れてしまうほどに鳴っていた心臓の音が止んでいた。俺はふぅっと一つ大きく息を吐き出し、扉の取っ手に手を掛けた。

 ゆっくりと取っ手を引き、扉を開けた。彼女は涙を流しながら立ち尽くしている。

「俺もそう、思ってました。どうして克巳は俺と同じこと思ってくれないのかって。でも今、東雲先生のおかげでようやく気が付けました」

「え?なに、それ」

「克巳は克巳なんです。いつもオドオドしてるし、自信なさげだけどあいつはあいつだった。ただ、それだけで俺や東雲先生がどうこうできることじゃなかった。ただ、それだけのことなんです」

 勇気を出して言った言葉は案外、震えていなかった。

 言いながら俺は、自分の愚かさを痛感していた。自分はなんて薄っぺらい人間だったのだろう。なんて浅はかで欲深い人間だったのだろう。

 こんな奴、好きになって貰う資格はない。

 克巳が悪いと今まで声を大にして叫んでいた自分が恥ずかしくて消えてしまいたかった。けれどそうすれば、一生克巳に謝ることはできない。

 謝ることが自己満足だと頭ではわかっていた。が、せめてそれだけはさせてほしかった。そうでもしないと、最低な人間になりそうだ。

「…なんなのよ、なんなのよ。みんな寄ってたかって私が悪いって、そればっかり」

 俯いてしまった彼女に、ようやく落ち着きを取り戻してくれたと俺が安堵していると、彼女が何やらブツブツと呟き始めた。

「なんなのよ!あんた如きが私に説教しないでよ!」

 突如、彼女が顔を上げた。と思えば鬼のような顔で叫び始めた。そして襲い掛かるかのように迫ってきた。

 完全に油断していた。俺はとにかく、彼女から距離を取ろうとリビングへと逃げ込んだ。

「あんたなんか、あんたなんか!」

 彼女の血走った目付きは最早瞳孔まで開いているのではないだろうか。そう思えばもう掛ける言葉はないように思えて、俺はただ逃げるルートを混乱する頭の中に描いていた。

 ここは二階。彼女は俺を追ってきている。この家には幸いにもバルコニーがある。確か下には、大家さんの趣味で植えた綺麗な花が咲いていたはずだ。

 となれば最悪、飛び降りても死にはしないだろう。

 今いる場所はキッチン。だが、流行りの対面キッチンではなく昔ながらの壁付けキッチンだ。

 普段は不便だと思ったそれがまさか今、活躍することになるとは。この緊迫する状況の中、そんなことに妙に感心しつつも俺は逃走ルートに目を走らせる。
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