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それは恋だと思っていた

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「奏?そちらの方は?」

 ユウリがそう俺に聞く。巻きついていた腕を剥がし、スツールから立ち上がった。

「えっと、油井 克巳。俺の、彼氏」

「こんばんは、油井です。奏がお世話になってます」

「ご挨拶が遅れました、私は佐山」

「ユウリさん、ですよね?」

 さあっと血の気が引く音がした。けれど同時に、どうして克巳がユウリのことを知っているのかとも疑問に思う。

 確かに元カレと会ったとは伝えていた、それに後ろ姿を目撃されたことはあったが、ユウリという名前も写真だって見せた覚えはない。

「はい、佐山ユウリと申します。ご存知でしたか?」

 ユウリは突然すぎる克巳の問いかけにも動じることなく、スマートに答えている。

「はい、先日奏から元彼氏さんだと伺いまして。一度、ご挨拶でもと思っていたので」

 …これが俺がよく読む漫画の中の話なら、どれだけ興奮するだろうか。

 2人の静かなけれど寒気がするような会話に、俺は不謹慎ながらそんなことを思う。

 それに、とさり気なく克巳を見るがやはり、克巳だ、しかし克巳ではないと、まるでドッペルゲンガーでも目にしているかのような錯覚に陥っていた。

 威圧感の籠った鋭い目つき、はっきりとした口調。

 たとえ保護者でも手のかかる生徒にすらも見せないその仕草は、俺を戸惑わせるのには充分なものだ。

 とにかく、一刻も早く帰りたい。ついさっきまでは帰りたくないと駄々を捏ねていた癖にと、良樹なら突っ込んでくれそうだがあいにく、ユウリ越しに見た良樹は既に出来上がっており、今日のところはまともに話にならなさそうである。

「お、俺たちもう帰るわ。ごめんな、ユウリ。良樹のこと頼んでいい?」

 口早にそう言うと、克巳の腕を取る。

 よく見ると克巳が着ているシャツは見たことのないもので、それが余計に俺の不安を増長させてくれる。

 今頃になって酔いが回ってきたのか、頭が割れそうに痛い。克巳に聞きたいことも言いたいことも山のようにあるが、とりあえず今日はもう無理だろうと、痛む頭を手で抑えながらよろけそうな足に力を入れた時。

 克巳の腕を握った方とは逆の腕に、暖かい重みが走る。

 ふと、その重みを辿るとユウリが真剣な表情で俺の腕を握っていた。
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