多分、愛じゃない

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
上 下
34 / 102
それは恋以外の何者でもない

(7)

しおりを挟む
 記念日を覚えていなくてもドタキャンされても、他の女と仲良さげに笑っていても俺は克巳、結局お前が好きなんだよ。

 …そう言ってしまいたかった、ぶちまけてしまいたかった。ユウリにぶちまけた時と同じように。

 なのに、出来ない。そんな自分に嫌気がさして噛み締めすぎた唇から血が出てしまうかと思った。

「お、俺だって、奏が好きだよ!」

 じゃあなんで、どうして。その言葉ばかりが頭をぐるぐると回る。

 けれど、それを言葉にする勇気が俺にはまだない。受け止めたくない現実がのしかかってくるかもしれない。

「奏が好きだよ。だからお願い、家に帰ってきて」

 それならもういっそのこと、なかったことにしていいんじゃないのだろうか。

 ドタキャンされたことも東雲先生に優しく笑いかけていたことも、全部全部、最初からなかったことにすればいい。

 そうすれば、俺たちはまた元に戻れるんだから。

 克巳の大きすぎる手が俺の手を包み込む。じわりじわりと温かさが伝わってくる。

「…ああ、わかった。明日、良樹の家から荷物運ぶわ」

 そう言うと克巳は「良かった!」と言いながら俺を苦しいほどに抱きしめてきた。

 息がしにくいほどに強い力。克巳からこんなふうに求められるのは、皮肉にも夜の営み以外では初めてのことだった。

 …いいんだよな、多分。

 広すぎる背中に腕を回しながら、そう思い込もうとしていた。

「で?あれからどうなのよ」

 不躾にも聞こえる言い方で俺に近況を聞くのは、この世でただ一人。

「別に、普通?良くも悪くも普通だな」

 良樹の家のだだっ広いテーブルに置かれたいくつかの皿から、適当に箸で摘み小皿に入れる。

「普通か、それはあれだね。君にとっては良くない言葉だね」

「…なんだよ、それ。普通は普通以外の何者でもねーだろ?それ以上も以下もない、故に日常だってことだ」

「ふーん。まあ、奏がいいならいいけどねぇ」

 含みのある口振りの良樹が、ぐっと350mlのビールを煽る。

 こういう時は大抵、何かあった時だ。けれど、不躾に聞けば聞くほど荒れ狂うだけだからと、俺はとりあえず事の成り行きを見守ることにした。

「で?ユウリさんとは連絡取ってるの」

「…時々な?」

「時々~?家にいる時は毎日のようにメールしてたのにぃ?」

 ああ、まずい。素直にそう思ったのは、良樹の語尾がいつも以上に間延びしているからだ。

「ユウリだって忙しいんだ、俺に構ってる時間があったら他にやりたいことの一つや二つくらいあって当然だろ?」

「…やりたいことの一つに奏が入ってるかもしれないのに?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

僕だけを見ていて

山川葉流
BL
春が近づくある日のこと、百々瀬ささめはケーキ屋の前で同居人の紘人を待っていると同僚の斉木に声をかけられた。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

処理中です...