多分、愛じゃない

それは恋以外の何者でもない

(４)

　生徒たちの溌剌とした声が響く校内もさすがに、静けさが漂い始めていた。

　何事も程々に。案にそう言った多崎先生の言葉に、机上の書類を一箇所に固めた。

　今日の夕飯は何にしよう。この前、ユウリが教えてくれた和風スパゲティでもいいか。

　最近、というかもうずっとだけれど、主婦のような思考をする自分に今更ながら驚く。

　けれど案外、それが楽しかったりもするのだから、つくづく人生とは不思議なものだと感じている。

　そんなことを考えながら校門を過ぎ、右に曲がろうとした時だった、ふいに名前を呼ばれた。

「か、いや、油井先生」

　克巳、と言おうとしたのをすんでのところで引っ込めた。だってここはまだ学校の敷地内だ。

　なのに、どうして「奏」と呼ぶのかと違和感を覚え見上げる。

　瞬間、目を疑ってしまった。顔がなんていうか、とてもやつれている。

　よく見ると猫背に丸まっていた背中は更に丸みを帯びていて、髪の毛もきちんとセットされていないのかぼさっとあらゆる方向に跳ねまくっている。

　どうして気が付かなかったのか。克巳を間近に見てまず最初に思ったのは、それだった。

　委員や担当学年に教科は違えども、一つしかない教室で毎日顔を見合わせている。

　一日に一回はきっと目に入っていたはずだった、それに見たくなくても見ていたはずだ。

　今の克巳は出会った当初の自信のなかったあの頃に逆戻りしたようだった。

「どうか、しましたか？」

　思わず、他人行儀な言葉が口をついて出ていた。

　すると、克巳が前髪に覆われた隙間から悲しそうな瞳を向け、唇をぎゅっと噛み締めた。

「あの、俺、やっぱり奏と話したくて。その、いいかな？」

「えっと～油井先生？何の話ですか？とりあえず、ここじゃなんですし場所を変えて」

「ッ…！奏！ちゃんと聞いて！」

　驚いた。だってあの克巳が、大きな声を出すなんて。

　知り合ってから初めて聞くその声は確かに克巳なのに、まるで別人であるかのような錯覚を覚えさせる。

「…わかった、わかったから落ち着け、克巳。ちゃんと話聞くから、とりあえず場所変えよう？」