多分、愛じゃない

かつてそれは恋だった

(１３)

　ふわっと香ったのは、懐かしい匂い。

「ほら、おいで。言っておくけどこれは、ライクの方のハグだからね？」

　何だったっけ、この匂い。ユウリから香る匂いが全身を優しく包み込んでくれた。

　柔らかな物腰からは感じにくい腕の太さが、背中をしっかりと支えてくれる。

　ポンポンと大きな掌で赤子をあやすように、リズミカルに優しく叩かれる手が暖かい。

「奏は昔っから、頑張り屋さんだよね。でも偶には吐き出さないと、グラスから溢れ出しちゃうからね」

　ユウリの優しい声が染み渡った。言われたくてけれど言われたくなかった言葉が今は、パズルのピースが嵌るようにぴったりとそこに根を下ろした。

　…俺は多分ずっと、こうしたかったしこうして欲しかったんだ。

　弱音を吐きたい、思いっきり泣きたい、縋り付きたい、謝って欲しくない、ただ抱きしめて欲しい。

「大丈夫だよ、奏。きっと全部、うまくいくから」

　ただ、俺を信じて俺だけを見て欲しい。

　気付けば俺の手はユウリの逞しい身体に巻き付き、上品な質のシャツをぎゅっと握っていた。

　これは浮気じゃない、心替わりなんかでもない。

　そう言い聞かせながら、濡れて色が変わってしまったユウリのシャツから香る匂いの正体を、頭の片隅でずっと考えていた。