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かつてそれは恋だった

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 克巳という人間は、俺とは真逆な性格の男だった。

 おどおどして自信がなさそうな人こそ所作が丁寧だったりすると思い込んでいた節があったのだが、克巳は逆に大雑把な性格でついでに連絡もマメではない。

 特に連絡については、心底嫌気がさしている。

 メール一つの返信が翌日またはその翌日になるなんて、あり得ないだろう。

 再三言い続けても一向に良くはならないその癖に我慢出来なくなったことが、この同棲を始めたきっかけでもある。

 けれども、と俺は肩を落としたくなる。

 結局はこうなるのだから、住まいを一緒にしたのはただの俺のエゴだったのだろうか。

「…で?これからどうしよっか」

 たしかスーパーで特売だった鶏もも肉を1キロ買って作った唐揚げが、僅か5個ほどしか残っていないと驚きながら、良樹が言うどうしよっかに頭を捻らせる。

「…本当な、どうすっかなぁ」

「って言いながら本当はもう決めてるんでしょ?」

 心を読まれたようなその言葉に、俺はテーブルに伏せていた顔を上げた。

「…まだわかんねーよ、さすがに今回は」

「そうかな?だって奏、克巳くんのこと大好きじゃん」

 比較的に整っている顔がニヤニヤと緩む様子は、気味が悪いものだと背筋に寒気を感じる。

 しかし、良樹の言うことはほぼ当たってはいるのだから、ぐうの音も出ない。

 惚れた方が負けだと、かつてのバイブルで何度も読んだセリフがふと頭に過った。

 …結局、俺ばかりがあいつを好きなんだ。

 現に克巳は、職場で顔を合わせてもオドオドするばかりで、と思い出したところで新たな怒りが湧き起こってきたのを自覚した。

 油井先生、油井先生という甲高い声、つまり東雲先生が克巳に擦り寄る煩わしい声だ。

 あれから東雲先生は、まるで隠すことを辞めましたというように、あからさまに克巳に絡むことが増えている。

 しかも何に腹が立つかと言えば、克巳もそれをあからさまに拒否する、なんてことはあり得るはずもなく、ただなすがままされるがままになっていることなのだ。

 …俺には一回も、話す機会を与えてくれないのに。

「そっか。まあ、俺はいつまででもいてくれていいからさ、ゆっくり考えな?」

「うん…」と心許無い返事をしながら、俺の頭にはこれからどうしよっかと言った良樹の言葉が駆け巡っていた。
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