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俺の彼氏へ、バレンタイン
(5)-3
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廊下の壁に背を預け、ずるずると項垂れた。もう、足は笑っていて立ち上がれない。
結局、ツケなのかな。切れる息を必死に整えながら、雪はふと、そんなことを思った。
あの日、榊を信じてあげられなかった。そのツケが今、雪をこうして、一人にさせている。そう思うと妙にしっくりきて、けれど後悔は募るばかりで。
気付けば雪の頬には、熱い涙が流れていた。
―そんなに俺のこと、信用できないか?
榊の切なげな顔と紡がれた言葉が、目に耳に、さきほどとは違うリアルさで再現される。
どうして。その答えは聞こえない。けれどもし、あの時に戻れるのだとしたら、信じてるって言えるのに。
あり得ない、そんなことを思う。榊、榊。俺、お前に嫌われたら多分、立ち直れない。
好きになってくれなくていいから、今のまま、友人のままでいいから。それでもただ、側にいて欲しい。
姉の前、心で誓ったあの日はまだ、迷っていた言葉が今、揺るぎないものへと変わっていく瞬間を感じる。
柔らかくふわふわとして、離せば宙に浮いてしまいそうな、雲のような気持ちが今は、固くごつごつとしている。まるで長い間、雨に打たれ雪に埋もれ続けてきた岩のように、たとえ何十人で押してもびくともしない塊が、たしかに雪の心にある。
もう、好きだって思わないから。嫉妬しないから。独占したいなんて思わないから。ただ、お前の幸せを願うから。だから、そばにいてくれないか―。
「南沢ッ!!」
突如、自分の名を苗字で呼ぶ声がして、腕の中にしまいこんでいた顔を上げた。目を凝らし、声のする方を見ると、近くなってくる姿。
夢かと思った。榊が来るわけがないと、そう思っていたのに。それは紛れもない、間違いようもない榊の声で、そして走ってくる姿は榊で。
瞬間、胸の中がぎゅっと、内側から掴まれたように痛んだ。痛くて、けれど甘い痛み。
暗い廊下でも榊の姿は鮮明に映り、そしてその姿がより鮮明になった時でも雪は、座り込んだまま、立つこともできずにいた。
息を切らした榊が雪を見下ろす。思わず、生唾を飲む。
「さ、かき…どうして」
「お前、泣いてたのか?」
問いながら、榊が雪の前に座った。
「泣いてないよ?」
「頼むから俺に嘘は吐くな。南沢」
榊の手が、雪の頬に触れる。濡れる目元から頬を、榊の掌が優しく、拭いあげてくれる。
瞳に映る榊は、あの日と同じ目をして雪を見ている。
「泣くなよ、南沢」
そして、困ったように笑った。
それは本当に困っているような、けれど悲しいような、なんとも言い難い表情で。雪は思わず、榊の首に腕を回していた。
「南沢?」
「ごめん、ごめんな、榊」
呟く懺悔。きっと榊は、その言葉の意味を『泣いてごめん』だと思っているだろう。
好きになってごめん、悲しい思いをさせてごめん、抱き着いてごめん、困らせてごめん。心の中で決して聞こえはしない言葉の意味を、雪は必死になって唱えていた。
最後にするから、だから今だけ、許してくれ―。
すると、雪の背中に優しく温かいリズムが触れた。榊が背中を一定のリズムでぽんぽんと刻んでくれている。
「南沢がなんで泣いてるのか、俺にはわからないけど。でも、俺は南沢の一番近くにいたいし、泣いてる時も笑ってる時もそばで見ていたいと思う。これって迷惑か?」
もう、言葉は出なかった。その代わり、首を横に目いっぱい振った。
「榊、榊…ッ!」
「なに?南沢」
「ありがとう…」
そう言うと、榊は優しく刻むリズムの代わりに、優しい腕で背中を包んでくれた。
それが、雪には何よりも嬉しかった。
結局、ツケなのかな。切れる息を必死に整えながら、雪はふと、そんなことを思った。
あの日、榊を信じてあげられなかった。そのツケが今、雪をこうして、一人にさせている。そう思うと妙にしっくりきて、けれど後悔は募るばかりで。
気付けば雪の頬には、熱い涙が流れていた。
―そんなに俺のこと、信用できないか?
榊の切なげな顔と紡がれた言葉が、目に耳に、さきほどとは違うリアルさで再現される。
どうして。その答えは聞こえない。けれどもし、あの時に戻れるのだとしたら、信じてるって言えるのに。
あり得ない、そんなことを思う。榊、榊。俺、お前に嫌われたら多分、立ち直れない。
好きになってくれなくていいから、今のまま、友人のままでいいから。それでもただ、側にいて欲しい。
姉の前、心で誓ったあの日はまだ、迷っていた言葉が今、揺るぎないものへと変わっていく瞬間を感じる。
柔らかくふわふわとして、離せば宙に浮いてしまいそうな、雲のような気持ちが今は、固くごつごつとしている。まるで長い間、雨に打たれ雪に埋もれ続けてきた岩のように、たとえ何十人で押してもびくともしない塊が、たしかに雪の心にある。
もう、好きだって思わないから。嫉妬しないから。独占したいなんて思わないから。ただ、お前の幸せを願うから。だから、そばにいてくれないか―。
「南沢ッ!!」
突如、自分の名を苗字で呼ぶ声がして、腕の中にしまいこんでいた顔を上げた。目を凝らし、声のする方を見ると、近くなってくる姿。
夢かと思った。榊が来るわけがないと、そう思っていたのに。それは紛れもない、間違いようもない榊の声で、そして走ってくる姿は榊で。
瞬間、胸の中がぎゅっと、内側から掴まれたように痛んだ。痛くて、けれど甘い痛み。
暗い廊下でも榊の姿は鮮明に映り、そしてその姿がより鮮明になった時でも雪は、座り込んだまま、立つこともできずにいた。
息を切らした榊が雪を見下ろす。思わず、生唾を飲む。
「さ、かき…どうして」
「お前、泣いてたのか?」
問いながら、榊が雪の前に座った。
「泣いてないよ?」
「頼むから俺に嘘は吐くな。南沢」
榊の手が、雪の頬に触れる。濡れる目元から頬を、榊の掌が優しく、拭いあげてくれる。
瞳に映る榊は、あの日と同じ目をして雪を見ている。
「泣くなよ、南沢」
そして、困ったように笑った。
それは本当に困っているような、けれど悲しいような、なんとも言い難い表情で。雪は思わず、榊の首に腕を回していた。
「南沢?」
「ごめん、ごめんな、榊」
呟く懺悔。きっと榊は、その言葉の意味を『泣いてごめん』だと思っているだろう。
好きになってごめん、悲しい思いをさせてごめん、抱き着いてごめん、困らせてごめん。心の中で決して聞こえはしない言葉の意味を、雪は必死になって唱えていた。
最後にするから、だから今だけ、許してくれ―。
すると、雪の背中に優しく温かいリズムが触れた。榊が背中を一定のリズムでぽんぽんと刻んでくれている。
「南沢がなんで泣いてるのか、俺にはわからないけど。でも、俺は南沢の一番近くにいたいし、泣いてる時も笑ってる時もそばで見ていたいと思う。これって迷惑か?」
もう、言葉は出なかった。その代わり、首を横に目いっぱい振った。
「榊、榊…ッ!」
「なに?南沢」
「ありがとう…」
そう言うと、榊は優しく刻むリズムの代わりに、優しい腕で背中を包んでくれた。
それが、雪には何よりも嬉しかった。
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