俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
上 下
78 / 105
俺の彼氏へ、バレンタイン

(5)-3

しおりを挟む
 廊下の壁に背を預け、ずるずると項垂れた。もう、足は笑っていて立ち上がれない。
 結局、ツケなのかな。切れる息を必死に整えながら、雪はふと、そんなことを思った。

 あの日、榊を信じてあげられなかった。そのツケが今、雪をこうして、一人にさせている。そう思うと妙にしっくりきて、けれど後悔は募るばかりで。

 気付けば雪の頬には、熱い涙が流れていた。

 ―そんなに俺のこと、信用できないか?

 榊の切なげな顔と紡がれた言葉が、目に耳に、さきほどとは違うリアルさで再現される。
 どうして。その答えは聞こえない。けれどもし、あの時に戻れるのだとしたら、信じてるって言えるのに。
 あり得ない、そんなことを思う。榊、榊。俺、お前に嫌われたら多分、立ち直れない。

 好きになってくれなくていいから、今のまま、友人のままでいいから。それでもただ、側にいて欲しい。

 姉の前、心で誓ったあの日はまだ、迷っていた言葉が今、揺るぎないものへと変わっていく瞬間を感じる。
 柔らかくふわふわとして、離せば宙に浮いてしまいそうな、雲のような気持ちが今は、固くごつごつとしている。まるで長い間、雨に打たれ雪に埋もれ続けてきた岩のように、たとえ何十人で押してもびくともしない塊が、たしかに雪の心にある。

 もう、好きだって思わないから。嫉妬しないから。独占したいなんて思わないから。ただ、お前の幸せを願うから。だから、そばにいてくれないか―。

「南沢ッ!!」

 突如、自分の名を苗字で呼ぶ声がして、腕の中にしまいこんでいた顔を上げた。目を凝らし、声のする方を見ると、近くなってくる姿。
 夢かと思った。榊が来るわけがないと、そう思っていたのに。それは紛れもない、間違いようもない榊の声で、そして走ってくる姿は榊で。
 瞬間、胸の中がぎゅっと、内側から掴まれたように痛んだ。痛くて、けれど甘い痛み。
 暗い廊下でも榊の姿は鮮明に映り、そしてその姿がより鮮明になった時でも雪は、座り込んだまま、立つこともできずにいた。
 息を切らした榊が雪を見下ろす。思わず、生唾を飲む。

「さ、かき…どうして」
「お前、泣いてたのか?」
 問いながら、榊が雪の前に座った。

「泣いてないよ?」
「頼むから俺に嘘は吐くな。南沢」

 榊の手が、雪の頬に触れる。濡れる目元から頬を、榊の掌が優しく、拭いあげてくれる。
 瞳に映る榊は、あの日と同じ目をして雪を見ている。

「泣くなよ、南沢」
 そして、困ったように笑った。
 それは本当に困っているような、けれど悲しいような、なんとも言い難い表情で。雪は思わず、榊の首に腕を回していた。

「南沢?」
「ごめん、ごめんな、榊」

 呟く懺悔。きっと榊は、その言葉の意味を『泣いてごめん』だと思っているだろう。
 好きになってごめん、悲しい思いをさせてごめん、抱き着いてごめん、困らせてごめん。心の中で決して聞こえはしない言葉の意味を、雪は必死になって唱えていた。

 最後にするから、だから今だけ、許してくれ―。

 すると、雪の背中に優しく温かいリズムが触れた。榊が背中を一定のリズムでぽんぽんと刻んでくれている。

「南沢がなんで泣いてるのか、俺にはわからないけど。でも、俺は南沢の一番近くにいたいし、泣いてる時も笑ってる時もそばで見ていたいと思う。これって迷惑か?」
 もう、言葉は出なかった。その代わり、首を横に目いっぱい振った。

「榊、榊…ッ!」
「なに?南沢」
「ありがとう…」
 そう言うと、榊は優しく刻むリズムの代わりに、優しい腕で背中を包んでくれた。

 それが、雪には何よりも嬉しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

君が僕を好きなことを知ってる

大天使ミコエル
BL
【完結】 ある日、亮太が友人から聞かされたのは、話したこともないクラスメイトの礼央が亮太を嫌っているという話だった。 けど、話してみると違和感がある。 これは、嫌っているっていうより……。 どうやら、れおくんは、俺のことが好きらしい。 ほのぼの青春BLです。 ◇◇◇◇◇ 全100話+あとがき ◇◇◇◇◇

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

処理中です...