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俺の彼氏へ、バレンタイン
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二月十四日。今年は水曜日。バレンタインの日がやって来た。
雪の鞄にはラッピングされた箱、その中には何日も特訓し、作り上げたこの世で一つのチョコが入っている。
思い出せば、雪が苦い記憶ばかりだ。あれから姉は、有言実行させ、翌日にはレシピを完成させて雪の元へと持ってきた。
『姉ちゃん、これ、もしかして昨日作ったんだよね?』
『当たり前でしょ?さあ、今日から本格的にやるわよ?覚悟はいい、雪』
手書き、などではなく、パソコンの文字で、しかもご丁寧に写真やラブリーなイラストまで挿入されているレシピに、雪は姉の愛を感じずにはいられない。
それからの日々、約一週間は雪にとって地獄のような日々だった。榊の笑顔のため、と思えばそんなこと苦にはならないのは本当のことだが、菓子作りが苦手な雪にとっては一グラムが命取りとなるシビアな世界は、やはり向いていないと思わされるばかりだ。
それでもなんとか、姉の合格を貰い、今日を迎えられたのだ。
『いい?雪。後は渡すシチュエーションさえ、ばっちり出来れば問題ないわ』
そう、言った姉の言伝通り、今日、雪は榊を放課後に誘うつもりでいる。
シチュエーション、とは、単純に榊が一人になる隙を見てさり気なく、渡すということだった。
とはいっても、なかなかそのシチュエーションを確保できないのではないか。雪は今日のシミュレーションをしながら、ふと、原点に返りそんなことを思う。
バレンタインといえども、今日は平日。授業も五時間、びっちりあって、バレンタイン特別日課などは予定されていない。
まさか、一時間目と二時間目の間の休憩時間に渡せるはずもない。かといって、昼休みにも渡せないだろう。なにしろ榊の周りにはいつも、女子がいる。
時折、なんの話でそんなに盛り上がっているのだろう、と思うほど、榊と女子の周辺は常にキラキラとした何かが舞っているような気さえする。その中に割って入るほどの勇気は雪にはない。
となると、残るは放課後だ。しかし、ここでも問題は残る。
雪が所属するラグビー部は基本、平日は毎日、部活動がある。その日の天候などによってメニューが変わったり、早めに切り上げたりはするが、たとえばインフルエンザなどの感染症でも流行らない限りは練習自体が休みになることはまずないのだ。
そして今日も、感染症の情報はないし、連絡網代わりとしているSNSのツールにも休みの連絡は入っていない。
榊は漫研に入ってはいないらしいのだが、漫研に出入りはしているようで、だから今日も漫研かもしくはバイトか。
携帯の画面をタップして、榊の連絡先を開いたのは、五時間目の授業中。先生の都合による自習だったため、雪以外にも携帯を弄る生徒は多くいた。
―今日の放課後、十八時。予定空いてるか?
榊 哲太と表示されたアイコン、メッセージ欄にそう打ち込んだのだが、送信する勇気が湧かない。
(榊、俺のこと、どう思ってるんだろ)
目で追いかけるのは最早、癖になっていて、榊の席を見る。と、やはり、教科書を机に広げ、みんながおしゃべりに夢中になっている中、もくもくと一人、ノートに書き写していた。
あの日以来、榊とは普通だった。会えば普通に会話もする、くだらない話もする。けれどそれは全部榊からのものだった。
あの日のことを雪は気にしていた。あの日、切なげに揺れる瞳で問う榊に、なにも言えなかった。あのことを雪はずっと、気にかけていたのだ。
榊はきっと雪よりも大人で、だから気にしてなどいないのかもしれない。が、だからこそ嫌われていたらと思うと怖くもなる。
恋愛ではなく、友人として好きでいよう。そう思ったのに、まだ、意気地のないことを思う自分にほとほと呆れるけれど、怖いものこそ蓋はできない。
結局、作った文章を送ることはできずに、携帯を鞄へと閉まったのだった。
雪の鞄にはラッピングされた箱、その中には何日も特訓し、作り上げたこの世で一つのチョコが入っている。
思い出せば、雪が苦い記憶ばかりだ。あれから姉は、有言実行させ、翌日にはレシピを完成させて雪の元へと持ってきた。
『姉ちゃん、これ、もしかして昨日作ったんだよね?』
『当たり前でしょ?さあ、今日から本格的にやるわよ?覚悟はいい、雪』
手書き、などではなく、パソコンの文字で、しかもご丁寧に写真やラブリーなイラストまで挿入されているレシピに、雪は姉の愛を感じずにはいられない。
それからの日々、約一週間は雪にとって地獄のような日々だった。榊の笑顔のため、と思えばそんなこと苦にはならないのは本当のことだが、菓子作りが苦手な雪にとっては一グラムが命取りとなるシビアな世界は、やはり向いていないと思わされるばかりだ。
それでもなんとか、姉の合格を貰い、今日を迎えられたのだ。
『いい?雪。後は渡すシチュエーションさえ、ばっちり出来れば問題ないわ』
そう、言った姉の言伝通り、今日、雪は榊を放課後に誘うつもりでいる。
シチュエーション、とは、単純に榊が一人になる隙を見てさり気なく、渡すということだった。
とはいっても、なかなかそのシチュエーションを確保できないのではないか。雪は今日のシミュレーションをしながら、ふと、原点に返りそんなことを思う。
バレンタインといえども、今日は平日。授業も五時間、びっちりあって、バレンタイン特別日課などは予定されていない。
まさか、一時間目と二時間目の間の休憩時間に渡せるはずもない。かといって、昼休みにも渡せないだろう。なにしろ榊の周りにはいつも、女子がいる。
時折、なんの話でそんなに盛り上がっているのだろう、と思うほど、榊と女子の周辺は常にキラキラとした何かが舞っているような気さえする。その中に割って入るほどの勇気は雪にはない。
となると、残るは放課後だ。しかし、ここでも問題は残る。
雪が所属するラグビー部は基本、平日は毎日、部活動がある。その日の天候などによってメニューが変わったり、早めに切り上げたりはするが、たとえばインフルエンザなどの感染症でも流行らない限りは練習自体が休みになることはまずないのだ。
そして今日も、感染症の情報はないし、連絡網代わりとしているSNSのツールにも休みの連絡は入っていない。
榊は漫研に入ってはいないらしいのだが、漫研に出入りはしているようで、だから今日も漫研かもしくはバイトか。
携帯の画面をタップして、榊の連絡先を開いたのは、五時間目の授業中。先生の都合による自習だったため、雪以外にも携帯を弄る生徒は多くいた。
―今日の放課後、十八時。予定空いてるか?
榊 哲太と表示されたアイコン、メッセージ欄にそう打ち込んだのだが、送信する勇気が湧かない。
(榊、俺のこと、どう思ってるんだろ)
目で追いかけるのは最早、癖になっていて、榊の席を見る。と、やはり、教科書を机に広げ、みんながおしゃべりに夢中になっている中、もくもくと一人、ノートに書き写していた。
あの日以来、榊とは普通だった。会えば普通に会話もする、くだらない話もする。けれどそれは全部榊からのものだった。
あの日のことを雪は気にしていた。あの日、切なげに揺れる瞳で問う榊に、なにも言えなかった。あのことを雪はずっと、気にかけていたのだ。
榊はきっと雪よりも大人で、だから気にしてなどいないのかもしれない。が、だからこそ嫌われていたらと思うと怖くもなる。
恋愛ではなく、友人として好きでいよう。そう思ったのに、まだ、意気地のないことを思う自分にほとほと呆れるけれど、怖いものこそ蓋はできない。
結局、作った文章を送ることはできずに、携帯を鞄へと閉まったのだった。
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