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俺の彼氏へ、バレンタイン
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「もちろん、雪くんはお相手いるのよね?」
「あ、私、知ってます!クリスマスサプライズした彼女さん!だよね?」
なんとなく、この話はもうおしまい、という雰囲気が漂っており、すっかり油断していた。
思わず、菅に縋るような視線を送ると、菅は「何よ、いいでしょ?雪くんは」と言う。
「いいですけど…」
「今年は手作りにしたのね?」
「はい。せっかく、料理教室通ってるし、たまには驚かせたいなと」
「思ってたけど、雪くんって意外とサプライズ好きだよね?」
意外と、とはなんだ、意外と、とは。
「だって、この前もサプライズでクリスマスしたいって言ってたし。彼女さん、愛されてるね」
彼女、ではなく、彼氏だが。てっちゃんが恋人だと知っている菅は、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
愛されている、とは、ストレートな表現だ。たしかに、てっちゃんのことは愛している。が、そうストレートに人から言われると、やはり、照れるものだ。
サプライズが好き、というより、それでしかてっちゃんに返せないと思っているのだ。
イベント毎が得意ではない雪は、そういう形でなんとか愛を伝えようと試みている。
「俺の話はいいんですよ、それより、菅さんと乃木さんはどうなんですか?」
男性陣ばかり問い詰められ、少し悔しい気持ちで聞く。
「もちろん、私は愛する旦那様と子どもたちにあげるわよ」
愛する、をやたらと強調して言うのは、どういう意味なのだろう。最近、菅から旦那と派手に喧嘩したと聞いているだけあって、やや、不穏に聞こえてしまう。
「乃木さんは?」
「私はもちろん彼氏に」
乃木には彼氏がいる。乃木より年上で、IT会社の社長を務めている。
「でも、乃木さんの彼氏って、お菓子は苦手だったよね?」
そう言うと、乃木は「そうなのよ」と、困ったような声を出した。
思わず、言ってしまったのは以前、乃木からとある相談をされたからだった。
『雪くんって、料理上手だよね?健康志向の人が好むレシピ、教えてくれる?』
聞けば乃木の彼氏は四十代。乃木は雪と同じ年であるから、ざっと測っても十歳は年が離れている。
乃木が言うには、最近、年のせいでこってりとしたものを食べられなくなってきた彼氏に、あっさりとした味付けの、けれども美味しい食事を作りたいのだと言う。
しかも、彼氏はこってりは好きだが甘いものは苦手。昔からモテていたという彼氏は、モテすぎるが故に贈られてくるお菓子の類を食べすぎて、もう見たくもないのだと言った。
以来、雪は、何の専門性もなくてもいいのならと、自分が作るレシピを乃木に時々、教えている。
その彼氏に渡すチョコとは、難易度が高そうだ。
「だから今年は、チョコとかお菓子らしくないものをあげようと思って」
と、見せられたのは一枚の画像。パウンドケーキの断面のようなそれは、色とりどりに彩られている。
「これ、パウンドケーキ?」
「に見えるけど、実は違って。ケークサレっていう料理なの」
ケークサレとはフランス語で、塩味のケーキという意味らしい。砂糖を入れない生地に肉、魚介類、野菜などを混ぜ、焼き上げたケーキのことで、別名甘くない惣菜ケーキといわれるそうだ。
「ケークはフランス語でパウンドケーキの型を使って焼いたバターケーキのことを言うんだけど、そこにしょっぱいっていう意味のサレがつくことで、甘くないケーキになるんだって」
「へえ」
「って言っても、彼氏から聞いたんだけどね」
さすがIT会社の社長だ。グローバルな生き方に、雪は目を丸くする。
「これはね、中にほうれん草と玉ねぎと、スモークサーモンに忘れてはならないチーズが入ってるの」
「なんか、ワインに合いそうな」
「だよね?おつまみにも合うって、最近では日本でも注目されてるんだって」
―今度、一杯、どう?
言われ、雪はこのケークサレで一杯飲みたい気持ちと、けれどもこの前の失態とで曖昧に笑うしかできなかった。
「あ、私、知ってます!クリスマスサプライズした彼女さん!だよね?」
なんとなく、この話はもうおしまい、という雰囲気が漂っており、すっかり油断していた。
思わず、菅に縋るような視線を送ると、菅は「何よ、いいでしょ?雪くんは」と言う。
「いいですけど…」
「今年は手作りにしたのね?」
「はい。せっかく、料理教室通ってるし、たまには驚かせたいなと」
「思ってたけど、雪くんって意外とサプライズ好きだよね?」
意外と、とはなんだ、意外と、とは。
「だって、この前もサプライズでクリスマスしたいって言ってたし。彼女さん、愛されてるね」
彼女、ではなく、彼氏だが。てっちゃんが恋人だと知っている菅は、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
愛されている、とは、ストレートな表現だ。たしかに、てっちゃんのことは愛している。が、そうストレートに人から言われると、やはり、照れるものだ。
サプライズが好き、というより、それでしかてっちゃんに返せないと思っているのだ。
イベント毎が得意ではない雪は、そういう形でなんとか愛を伝えようと試みている。
「俺の話はいいんですよ、それより、菅さんと乃木さんはどうなんですか?」
男性陣ばかり問い詰められ、少し悔しい気持ちで聞く。
「もちろん、私は愛する旦那様と子どもたちにあげるわよ」
愛する、をやたらと強調して言うのは、どういう意味なのだろう。最近、菅から旦那と派手に喧嘩したと聞いているだけあって、やや、不穏に聞こえてしまう。
「乃木さんは?」
「私はもちろん彼氏に」
乃木には彼氏がいる。乃木より年上で、IT会社の社長を務めている。
「でも、乃木さんの彼氏って、お菓子は苦手だったよね?」
そう言うと、乃木は「そうなのよ」と、困ったような声を出した。
思わず、言ってしまったのは以前、乃木からとある相談をされたからだった。
『雪くんって、料理上手だよね?健康志向の人が好むレシピ、教えてくれる?』
聞けば乃木の彼氏は四十代。乃木は雪と同じ年であるから、ざっと測っても十歳は年が離れている。
乃木が言うには、最近、年のせいでこってりとしたものを食べられなくなってきた彼氏に、あっさりとした味付けの、けれども美味しい食事を作りたいのだと言う。
しかも、彼氏はこってりは好きだが甘いものは苦手。昔からモテていたという彼氏は、モテすぎるが故に贈られてくるお菓子の類を食べすぎて、もう見たくもないのだと言った。
以来、雪は、何の専門性もなくてもいいのならと、自分が作るレシピを乃木に時々、教えている。
その彼氏に渡すチョコとは、難易度が高そうだ。
「だから今年は、チョコとかお菓子らしくないものをあげようと思って」
と、見せられたのは一枚の画像。パウンドケーキの断面のようなそれは、色とりどりに彩られている。
「これ、パウンドケーキ?」
「に見えるけど、実は違って。ケークサレっていう料理なの」
ケークサレとはフランス語で、塩味のケーキという意味らしい。砂糖を入れない生地に肉、魚介類、野菜などを混ぜ、焼き上げたケーキのことで、別名甘くない惣菜ケーキといわれるそうだ。
「ケークはフランス語でパウンドケーキの型を使って焼いたバターケーキのことを言うんだけど、そこにしょっぱいっていう意味のサレがつくことで、甘くないケーキになるんだって」
「へえ」
「って言っても、彼氏から聞いたんだけどね」
さすがIT会社の社長だ。グローバルな生き方に、雪は目を丸くする。
「これはね、中にほうれん草と玉ねぎと、スモークサーモンに忘れてはならないチーズが入ってるの」
「なんか、ワインに合いそうな」
「だよね?おつまみにも合うって、最近では日本でも注目されてるんだって」
―今度、一杯、どう?
言われ、雪はこのケークサレで一杯飲みたい気持ちと、けれどもこの前の失態とで曖昧に笑うしかできなかった。
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