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俺の彼氏とメリークリスマス
(3)-4
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雪を抱え、家に着いたのは午後10時過ぎだった。
細身だといえども成人した男性を担ぐとなると、少々骨が折れる。弓道をやっているとはいえ、さすがにミシミシと痛む腕を榊は寝室で寝転がる雪を見ながら回す。
ぐうぐうと寝息を立てる雪に布団を掛け、コートも脱がずに榊はその横に腰掛けた。
雪と付き合って八年。互いにすれ違うこともあった。些細なことで喧嘩をすることもよくあった。
たとえばどっちが皿洗いをするかとか、家事当番なんだからしっかりやれよとか。
けれどいつも、互いが何を思って何を考えているのか、わかったつもりだった。
雪が怒っている時、泣いている時、笑っている時、不貞腐れている時。全部全部、わかっていたはずだった。
『彼女さんのために、クリスマスディナーサプライズするんだって、張り切ってますよ』
なのに今、雪が何を考えているのかわからない。
彼女って誰だよ、自分以外に彼女なんているのかよ。雪、お前には俺だけなんじゃないのかよ。
彼女から聞いた時、本当は怒りたかった。彼女に見せる無防備さも料理教室だと言いながら彼女と二人で料理を作っていたことも、酔っ払うほど酒を飲んで潰れたことも全部、全部。
何してんだよ!そう怒り出したくて堪らなかった。
けれど、出来ない。しないのは、雪が好きで好きで仕方ないから。
雪に寂しい思いをさせた自分が、情けないからだった。
忙しいと甘えっぱなしの自分に愛想を尽かされたのかもしれない。甘えるだけ甘えて、自分は雪に何か返せていたのだろうか。
情けない、情けない。でも、好きだ。愛してる。
「雪、お前…今でも俺が好きか?」
幸せそうな顔で眠る愛しい恋人の寝顔を見ながら、そう問いかけた声はあまりにも切なかった。
翌朝は酷いものだった。うつらうつらとしか眠れなかったせいで、元々ある隈は更に濃いものになっている。
だが、時間も仕事も待ってはくれない。いつものスーツに着替え、榊は濃いめのコーヒーを飲んでいた。
結局、雪は朝までぐっすりと眠っていた。よく見れば、薄らと隈が出来ていた。
そんなことにも気付けないほど、コミュニケーションが減っていたことに愕然とした。
(なんて話すかな、昨日のこと)
そう思案していると、バタバタと駆け寄る音が聞こえた。
「て、てっちゃん!昨日俺、大丈夫だったっけ?!」
「おはよう、雪。ほら、コーヒー入ってるぞ」
「あ、ありがとう。じゃなくて、俺、昨日どうやって帰ってきたか記憶ないんだけど、もしかして迷惑かけちゃった?」
雪は飲みすぎると記憶を失う。以前も似たようなことがあったのだ。
昨日のこと、と一言で済ませる辺り、本当に覚えていないのだろう。
いつもなら朝一番でコーヒーを飲むはずが、焦ったまま立ち尽くしている。
「…偶然、帰りに雪を見かけた。随分と酔っ払ってるようだったから俺が女性から雪を引き取って寝室に運んだ。雪は朝までぐっすりだった」
落ち着いて事実だけを話した。だが、雪の顔色は青褪めている。
「そう、だったんだ。なんか、ごめんな?迷惑かけちゃって。それでその、なんか聞いた?」
「…なんかって?二人で料理して酒を飲みすぎたことか?それとも、俺以外に付き合ってる彼女がいるってことか?」
「は、はあ?てっちゃん、何言ってんだよ!」
「それはこっちのセリフだ!雪、お前!」
我慢、出来なかった。まるで何かを隠しているように焦る仕草、いつもなら朝一番に抱きついてくるはずが離れた場所で立ち尽くしていることも。
雪の全身が嘘をついているように思えたのだ。
気付けば榊は、そう声を荒げていた。
「…仕事行ってくる」
「え、ちょっとてっちゃん!待って、俺」
「悪い。今は雪と話したくないんだ」
絡みつく腕にそう言うと、榊はそのまま家を出た。
冬の寒い風が、榊の頬を冷たくさせていた。
細身だといえども成人した男性を担ぐとなると、少々骨が折れる。弓道をやっているとはいえ、さすがにミシミシと痛む腕を榊は寝室で寝転がる雪を見ながら回す。
ぐうぐうと寝息を立てる雪に布団を掛け、コートも脱がずに榊はその横に腰掛けた。
雪と付き合って八年。互いにすれ違うこともあった。些細なことで喧嘩をすることもよくあった。
たとえばどっちが皿洗いをするかとか、家事当番なんだからしっかりやれよとか。
けれどいつも、互いが何を思って何を考えているのか、わかったつもりだった。
雪が怒っている時、泣いている時、笑っている時、不貞腐れている時。全部全部、わかっていたはずだった。
『彼女さんのために、クリスマスディナーサプライズするんだって、張り切ってますよ』
なのに今、雪が何を考えているのかわからない。
彼女って誰だよ、自分以外に彼女なんているのかよ。雪、お前には俺だけなんじゃないのかよ。
彼女から聞いた時、本当は怒りたかった。彼女に見せる無防備さも料理教室だと言いながら彼女と二人で料理を作っていたことも、酔っ払うほど酒を飲んで潰れたことも全部、全部。
何してんだよ!そう怒り出したくて堪らなかった。
けれど、出来ない。しないのは、雪が好きで好きで仕方ないから。
雪に寂しい思いをさせた自分が、情けないからだった。
忙しいと甘えっぱなしの自分に愛想を尽かされたのかもしれない。甘えるだけ甘えて、自分は雪に何か返せていたのだろうか。
情けない、情けない。でも、好きだ。愛してる。
「雪、お前…今でも俺が好きか?」
幸せそうな顔で眠る愛しい恋人の寝顔を見ながら、そう問いかけた声はあまりにも切なかった。
翌朝は酷いものだった。うつらうつらとしか眠れなかったせいで、元々ある隈は更に濃いものになっている。
だが、時間も仕事も待ってはくれない。いつものスーツに着替え、榊は濃いめのコーヒーを飲んでいた。
結局、雪は朝までぐっすりと眠っていた。よく見れば、薄らと隈が出来ていた。
そんなことにも気付けないほど、コミュニケーションが減っていたことに愕然とした。
(なんて話すかな、昨日のこと)
そう思案していると、バタバタと駆け寄る音が聞こえた。
「て、てっちゃん!昨日俺、大丈夫だったっけ?!」
「おはよう、雪。ほら、コーヒー入ってるぞ」
「あ、ありがとう。じゃなくて、俺、昨日どうやって帰ってきたか記憶ないんだけど、もしかして迷惑かけちゃった?」
雪は飲みすぎると記憶を失う。以前も似たようなことがあったのだ。
昨日のこと、と一言で済ませる辺り、本当に覚えていないのだろう。
いつもなら朝一番でコーヒーを飲むはずが、焦ったまま立ち尽くしている。
「…偶然、帰りに雪を見かけた。随分と酔っ払ってるようだったから俺が女性から雪を引き取って寝室に運んだ。雪は朝までぐっすりだった」
落ち着いて事実だけを話した。だが、雪の顔色は青褪めている。
「そう、だったんだ。なんか、ごめんな?迷惑かけちゃって。それでその、なんか聞いた?」
「…なんかって?二人で料理して酒を飲みすぎたことか?それとも、俺以外に付き合ってる彼女がいるってことか?」
「は、はあ?てっちゃん、何言ってんだよ!」
「それはこっちのセリフだ!雪、お前!」
我慢、出来なかった。まるで何かを隠しているように焦る仕草、いつもなら朝一番に抱きついてくるはずが離れた場所で立ち尽くしていることも。
雪の全身が嘘をついているように思えたのだ。
気付けば榊は、そう声を荒げていた。
「…仕事行ってくる」
「え、ちょっとてっちゃん!待って、俺」
「悪い。今は雪と話したくないんだ」
絡みつく腕にそう言うと、榊はそのまま家を出た。
冬の寒い風が、榊の頬を冷たくさせていた。
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