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俺の彼氏とメリークリスマス
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役所勤めの榊に会社員の雪は、そもそも仕事の繁忙期は異なる。
年末のように毎年繁忙期と呼ばれる時期がはっきりとしている榊に比べ、雪の繁忙期は仕事の受注状況による。
もちろん、部長の芹沢の一言で新たな企画案をと無理強いされ、寝る暇もない時期も少なくはないが、雪の勤めるIT会社ではとある方針により、この時期から正月明けまでは至って緩やかなペースを保たれる。
「おつかれさま~今日も定時退勤最高だ!」
「ほんっと、早く帰れるって最高すぎる!」
口々にそう言う社員の後ろ姿は、側から見ても浮き足立っている。
「雪くんは帰ったら何してんの?」
そう聞いてきたのは経理部の乃木 李梨花、話したことは多くはないが同期である。
12月と言えば年末。榊の属する部署と同じならば、経理部もそれなりに忙しないのではないかと入社したばかりの頃は思っていた。
というのは、この会社では12月の時期のみ、アルバイトを雇っているからだ。
だからこそ、乃木は雪たちと肩を並べてオフィスの玄関を通ろうとしているのである。
「なんだろ?夕飯作ったり、テレビ見たり?」
「そうなの?なんか意外かも」
「そう?ってかなんで意外?」
「ん~なんか、なんとなくもっと活発なのかと思ってたから?」
至ってさらっと言う乃木におそらく悪気は一切ないのだろう。
話したことは数少ないが、噂によれば乃木は社内でも評判が良く、周りを明るくさせる天才だという。
容姿や雰囲気からそう言われることに慣れていた雪は、特に不快になることもなくお決まりのセリフで答える。
「よく言われるけど、そんなことないんだ。俺、結構家が好きだから」
正確には家、ではなく家で一緒にいる榊がだけれども。
最近、一つ屋根の下に住みながらもすれ違ってばかりの恋人を想い、雪はほんの少し切なさを胸に抱いていた。
榊の言う通り、今年も例に漏れず役所の仕事は忙しいようであれから榊は毎日、疲れ果てた様子で帰ってきている。
時には夕飯も風呂もいいと言い放ち、部屋に吸い込まれるようにフラフラと覚束ない足取りで向かうこともあり、見ているだけで胸が締め付けられそうな姿を雪はただ見守っていた。
だが、本音を言えばもっと話したいし触りたい、キスをしたいし抱き合いたい。
榊と恋人になって以来、雪はどうにも我儘になっているようで毎年、繁忙期でへとへとになる榊を目にしてもつい、そう思ってしまう。
自分でも本当にどうかと思うが、習慣が急になくなると不安になるのだ。
毎日、顔を突き合わせて何があったかとか、たとえば昼のランチが美味かったとか、そんなくだらないようなことでも話さなければ必然的に寂しさが込み上げる。
休日も弓道の稽古に付き合っているため、早々に休んでしまう榊の後ろ姿を寂しげな瞳で見ているなんて、きっと榊は気付いていないだろうけど。
「そうなんだ。じゃあ趣味とかないの?」
「ん~趣味…強いて言うなら料理?」
乃木に問われ、口を吐いていた。「今の時代、男でも料理の一つくらいできるようにならないとね」と母親や姉に言われ仕込まれてきたせいか、料理をすることは好きなのだ。
「料理⁈へえ~意外!雪くんが料理かぁ」
「そんなに意外だった?」
「うん、かなりね」
一体自分は周りにどう見られているのだろう。
あまりの驚きっぷりに思わず巡視させていると、会話を聞いていた同僚が話に入ってきた。
「そういえば雪、最近料理教室に通い始めたって言ってなかったか?」
「ああ~菅さんとだろ?すげーよな、男で料理とか。俺なんて全然ダメだわ」
規模の大きすぎない会社ではよくあることだが、噂やちょっとした世間話もあっという間に広がるものだ。
つい先日、休憩室で話していた会話がここまで派生するとは、と何気に感心しながら、隠すことでもないと雪は会話に加わった。
「まあ、趣味みたいなもんで。というかそれ以外に興味あることもないし」
「趣味で料理ってなかなかいないよ?いいなぁ、私も通いたいな」
「乃木さんも料理好きなの?」
「うん、っていうか私の場合はお菓子作りだけどね?」
その場にいた同僚が色めき立った声を上げた。会社自体、社内恋愛を禁止しているわけではないが、これも会社の特色なのかあまり浮き足立ったことを聞かないため、雪は同僚の反応にやや驚いていた。
だが、お菓子作りが好きとは朗報だ。何故なら雪は、料理は得意でもお菓子作りは苦手なのだ。
料理教室でも何度かお菓子作りに挑戦した。初めて作る人向けのパウンドケーキやクッキーなど。しかしどれもうまくいった試しがなく、味はいいのだが毎回歪な形に仕上がってしまう。
「…料理教室、興味ある?」
「え!あるある!紹介してくれる感じ?!」
気付けばそう口にしていた。すると乃木もまるで尻尾をぶんぶん振る犬のように喜んで返事をしてくれた。
年末のように毎年繁忙期と呼ばれる時期がはっきりとしている榊に比べ、雪の繁忙期は仕事の受注状況による。
もちろん、部長の芹沢の一言で新たな企画案をと無理強いされ、寝る暇もない時期も少なくはないが、雪の勤めるIT会社ではとある方針により、この時期から正月明けまでは至って緩やかなペースを保たれる。
「おつかれさま~今日も定時退勤最高だ!」
「ほんっと、早く帰れるって最高すぎる!」
口々にそう言う社員の後ろ姿は、側から見ても浮き足立っている。
「雪くんは帰ったら何してんの?」
そう聞いてきたのは経理部の乃木 李梨花、話したことは多くはないが同期である。
12月と言えば年末。榊の属する部署と同じならば、経理部もそれなりに忙しないのではないかと入社したばかりの頃は思っていた。
というのは、この会社では12月の時期のみ、アルバイトを雇っているからだ。
だからこそ、乃木は雪たちと肩を並べてオフィスの玄関を通ろうとしているのである。
「なんだろ?夕飯作ったり、テレビ見たり?」
「そうなの?なんか意外かも」
「そう?ってかなんで意外?」
「ん~なんか、なんとなくもっと活発なのかと思ってたから?」
至ってさらっと言う乃木におそらく悪気は一切ないのだろう。
話したことは数少ないが、噂によれば乃木は社内でも評判が良く、周りを明るくさせる天才だという。
容姿や雰囲気からそう言われることに慣れていた雪は、特に不快になることもなくお決まりのセリフで答える。
「よく言われるけど、そんなことないんだ。俺、結構家が好きだから」
正確には家、ではなく家で一緒にいる榊がだけれども。
最近、一つ屋根の下に住みながらもすれ違ってばかりの恋人を想い、雪はほんの少し切なさを胸に抱いていた。
榊の言う通り、今年も例に漏れず役所の仕事は忙しいようであれから榊は毎日、疲れ果てた様子で帰ってきている。
時には夕飯も風呂もいいと言い放ち、部屋に吸い込まれるようにフラフラと覚束ない足取りで向かうこともあり、見ているだけで胸が締め付けられそうな姿を雪はただ見守っていた。
だが、本音を言えばもっと話したいし触りたい、キスをしたいし抱き合いたい。
榊と恋人になって以来、雪はどうにも我儘になっているようで毎年、繁忙期でへとへとになる榊を目にしてもつい、そう思ってしまう。
自分でも本当にどうかと思うが、習慣が急になくなると不安になるのだ。
毎日、顔を突き合わせて何があったかとか、たとえば昼のランチが美味かったとか、そんなくだらないようなことでも話さなければ必然的に寂しさが込み上げる。
休日も弓道の稽古に付き合っているため、早々に休んでしまう榊の後ろ姿を寂しげな瞳で見ているなんて、きっと榊は気付いていないだろうけど。
「そうなんだ。じゃあ趣味とかないの?」
「ん~趣味…強いて言うなら料理?」
乃木に問われ、口を吐いていた。「今の時代、男でも料理の一つくらいできるようにならないとね」と母親や姉に言われ仕込まれてきたせいか、料理をすることは好きなのだ。
「料理⁈へえ~意外!雪くんが料理かぁ」
「そんなに意外だった?」
「うん、かなりね」
一体自分は周りにどう見られているのだろう。
あまりの驚きっぷりに思わず巡視させていると、会話を聞いていた同僚が話に入ってきた。
「そういえば雪、最近料理教室に通い始めたって言ってなかったか?」
「ああ~菅さんとだろ?すげーよな、男で料理とか。俺なんて全然ダメだわ」
規模の大きすぎない会社ではよくあることだが、噂やちょっとした世間話もあっという間に広がるものだ。
つい先日、休憩室で話していた会話がここまで派生するとは、と何気に感心しながら、隠すことでもないと雪は会話に加わった。
「まあ、趣味みたいなもんで。というかそれ以外に興味あることもないし」
「趣味で料理ってなかなかいないよ?いいなぁ、私も通いたいな」
「乃木さんも料理好きなの?」
「うん、っていうか私の場合はお菓子作りだけどね?」
その場にいた同僚が色めき立った声を上げた。会社自体、社内恋愛を禁止しているわけではないが、これも会社の特色なのかあまり浮き足立ったことを聞かないため、雪は同僚の反応にやや驚いていた。
だが、お菓子作りが好きとは朗報だ。何故なら雪は、料理は得意でもお菓子作りは苦手なのだ。
料理教室でも何度かお菓子作りに挑戦した。初めて作る人向けのパウンドケーキやクッキーなど。しかしどれもうまくいった試しがなく、味はいいのだが毎回歪な形に仕上がってしまう。
「…料理教室、興味ある?」
「え!あるある!紹介してくれる感じ?!」
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