俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

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俺の彼氏のお友達

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「ただいま~…」
 自分の家なのに怖々とした声で入る。もちろん、今朝の喧嘩が原因だ。
 しんとした室内には雪の気配はしない。時刻は既に夜の8時を回っている。

「雪?まだ帰ってないのか?」
 思わず呼んでみるがまだ帰っていないようで、それが尚更恐怖を増す。というのは雪は喧嘩をすると、すぐに家出をする傾向にあるからだ。
 以前は確か、俺が職場の飲み会で潰れて近所の同僚に送ってもらったことで怒って出て行った。
 あの時も訳がわからないながらも結人の家に行って、平謝りしてなんとか機嫌をとったものだ。

 しかし、今回は完璧に俺が悪い。
 結人と雪は、兄弟同然のように育ってきた。何をするにも一緒で、近所でも血の繋がらない兄弟として有名だったそうだ。
 結人が高校生の頃、親御さんが事故に合った。
 父親はトラックに潰されてしまった。母親は一命を取り留めたが、事故のショックでしばらくは意識がはっきりとしなかったという。
 今は通院しながら生活しているそうだが、当時一人っ子の結人の面倒を見ていたのが雪の家族だった。だから雪はこの時期、結人の父親の命日近くになると結人とともに旅行に出掛ける。
 わかっていた、つもりだった。結人の気持ちも雪の気持ちも。
 一番近くにいた親に何かあるなんて、子どもにとってみれば多大なダメージなのだ。なのに、許せない自分もいるのだから、俺はなんて情けないのだろうか。

 テーブルに荷物を置く。とにかく今は、雪に謝るしか出来ないと、携帯と財布だけを鞄から持ち出し、背広のポケットに入れようとテーブルを見た。

―哲ちゃん、今朝はごめん。俺、哲ちゃんがそういう冗談好きじゃないってわかってたのに言ってた。怒ってる?でも怒らないでくれると嬉しいな。帰りは遅くなるけど、絶対帰るから待ってて。…一応言うけど、俺の大好きは哲ちゃんだけだからね?

 丸っこい字で書かれた手紙を胸に、俺は家を飛び出す。
 大人になってから足が遠のいていた弓道のおかげで、息が上がってしょうがない。走りながらふと、こんなこと前にもあったなと思い出す。
 雪が腕を引っ張って走って走って、息も絶え絶えになって教室に行って言い合って。

『大好きだ!』

 ステージの上、たくさんの客を証人にして言ってくれたんだ。
 あの時も結人に嫉妬して雪を傷つけて、あれから何年も経っているというのに俺という奴は変わらない。けれどやっぱり、雪に会いたい。今すぐに。

「え、哲ちゃん?」
「雪!」
 家を出て真っ直ぐの一本道、俯いた雪を見つけ堪らず抱きしめていた。

「ちょ、ちょっと、ここ外!目立つから、哲ちゃん!」
 いつもは外だろうがどこだろうと雪からくっついてくるくせにと、やや不貞腐れながら抱きしめる力を強くする。

「…また帰ってこないかと思った」
「…そんな訳ない。ちゃんと帰るって俺、書いたよ?」
「でも、遅かった」
「それもちゃんと書いた。仕事で遅くなっただけだよ?」
 ポンポンと背中を撫でる雪の手が暖かくて、涙が出そうだ。

「なに、哲ちゃん。そんなに俺に会いたかった?」
「会いたかったに決まってる」
「…じゃあそんなに俺のこと、好きなんだ?」
「雪にしか大好きとは言わないぞ」
 結人には雪の一番の親友の座をそろそろ譲ってやろうか。だって俺は、雪の唯一無二の恋人なのだから。
 怖かった過去が今は輝かしい未来になるなんて、あの頃の俺には想像にすら出来なかった。けれど今、愛しい恋人を腕に抱いて怖かったあの言葉を言えるなら、あの時間も無駄ではなかったのだと思う。
 男とか女とか、友人とかそうじゃないとか。
 そんなことを考えていた過去の自分に、盛大に拍手を送りたい。あの頃があったからこそ、今があるのだと。

「…俺も哲太だけが、大好きだ」
 抱きしめた手が雪の頬を包み、触れるだけのキスをした。優しく切ない甘いキスだった。

「ちょっと哲ちゃん、今日はどうしたの?」
「いや?ただ、手を繋ぎたい気分なだけだ」
「いつもこうだったらいいんだけどなぁ」
「なに?雪、なんか言った?」
「いいえ~なんでもありません!そうだ、帰ったらケーキ食べよ?結人から哲ちゃんにってさっき貰ってきたんだ」
 結局、結人と会ってたのかよ。また、ついみっともない嫉妬心が顔を出し始めていたが、やはり大好きの効果は凄い。
 今朝には感じられなかった幸せが、繋いだ手からじわじわと伝わってくるようだった。
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