俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
上 下
29 / 105
俺の彼氏がバースデイ

(4)

しおりを挟む
 以来、榊、基、哲ちゃんは派手な祝いをしたことはない。

「ねえ、哲ちゃん」
「ん?何?」
「…もしかしてだけど、哲ちゃんって誕生日とか記念日にちゃんとお祝いしたいとか思ってる?」
 そう言うとはあ?という顔付きで返されてしまった。

「何、急に」
「ん、なんとなく?」
 まさか、菅さんに言われて意識したなんて恥ずかしくて言える訳がないと、俺は言葉少なめに返す。

「どうせ、職場の誰かに何か言われたとかで気にしてるんだろ?」
 ギクッと音がしそうなくらいに図星な理由の一つは、今日の日めくりカレンダーが9月23日を指しているからだ。

 結局、菅さんの預言通りに公務員で祝日は休みの哲ちゃんと仕事が偶然休みだった俺は、二人仲良く家で過ごすことになっていた。
 とは言っても、朝はゆっくり起きて哲ちゃんが作ってくれた朝食兼昼食をのんびりと食べ、前日にレンタルしておいた最新作の映画を観ているという、普段と変わり映えしない休日だ。

「別に俺は、今までのままがいいけど?それとも雪が何かしたいって言うなら話は別だが」
「…それ、本当?」
「本当」
 つい、しつこく聞いてしまった。けれども哲ちゃんは至って普通に返してくれる。
 本当は少しだけ、ずっと不安に思っていたんだ。

 よくあるカップルの過ごし方を好まない俺を哲ちゃんがどう思っているのかと。
 もし俺がいまだに若かりし頃のトラウマで誕生日や記念日が苦手だと知れば、愛想を尽かされるかもしれない。
 言葉少なめな哲ちゃんのことだ、そうなれば突然に「別れてくれ」と一言だけ告げるかもしれない。

 それが怖かった、いや、榊 哲太が俺の側にいない未来が怖いんだ。
 だから一々、些細なことでも確認したくなる、不安になる。
 ゲイじゃない哲ちゃんがいつ、女の人に心惹かれてしまうのかと、俺はいつもそればかりを考えている。

 夕飯時の食卓は豪華なものだった。
 生ハムのサラダに雑穀が入ったパンプキンスープ、それから副菜がたくさん乗ったビーフステーキ。
 何気なく用意されたそれらは明らかに甘い物よりしょっぱい物が好きな俺の好みで、それだけでもう胸が一杯になる。
 しかも、好物であるデザートのティラミスまで哲ちゃんの手作りであるとなると、感動が胸から口から溢れ出しそうだ。

「雪はまだ誕生日嫌いか?」
 夕飯の片付けも終わりリビングのソファで哲ちゃんが淹れてくれたコーヒーを片手に寛いでいると、唐突に哲ちゃんが聞いて来た。

「え?いや、嫌いではないよ?ただ、お祝いだって騒ぐ雰囲気が苦手というか」
 実際に哲ちゃんと知り合ってからも付き合ってからも、さり気なく祝ってくれる雰囲気は心から落ち着くものでじわじわと嬉しさのボルテージが上がっていく。
 けれど今更、どうしてと不思議に思い、哲ちゃんを見る。

「んー、これはな?別に深い意味はないんだが、その、なんていうか。つまり、恋人の誕生日に俺も何かできればと思ってだな、買ってみた」
 すると、光沢で煌めく白い紙袋を無造作に突き出された。

「な、に?これ。」
「一応先に言っておくが、気にいるかの保証はないぞ?雪はあんまり装飾品に興味ないみたいだし、これはあくまで俺の独断で」
「哲ちゃん」
「な、何だ?」
 よっぽど自信がないのか、焦ったように口を動かす哲ちゃんの声を聞きつつ、袋の中の小包を震える手で開ける。

「…哲ちゃん」
 思わず何度も哲ちゃんと名前を呼んでいたのは、箱から輝くブレスレットのせいだろう。
 銀色に輝くプレートを細身のチェーンがぐるりと囲むそれは素人から見ても、高級な代物だ。

 アクセサリーに詳しくない俺でもわかる、きっとこれはいつもなら足を運ばない煌びやかな宝石店でしか売られていない物だ。となるともしかしてと、ある考えに至り胸が熱くなる。
 喜ぶかもわからない俺のために、大きな体躯を丸めてこれを選んだ哲ちゃんがとてつもなく愛おしくて堪らない。
 しかもよく見ると、プレートにはローマ字で俺の名前と誕生日、それから透き通るように青い宝石が埋め込まれている。

 歳をとると涙腺が緩くなる、たとえば子どもがお遊戯会で踊っているのを見るだけで泣けてくるわよと言った菅さんの言葉の通りなのか、俺の目にもしっかりと涙の膜が張り始めていた。

「せ、雪?どうした?やっぱりこれは重かったか。気に入らないなら無理しなくていい。ああ~ごめん、雪。やっぱこれなしで」
「ふっ…ハハッ…!」
 なのに思わず笑っていたのは、哲ちゃんのあまりにも大袈裟な慌てぶりのせいだった。

「なんだよ、雪。めっちゃ焦った」
「だって、哲ちゃんが!」
 雪が、哲ちゃんがと互いの名前を呼びながら笑う様をもし菅さんが見たらどう思うだろうと、頭の片隅でふと思っていた。
 いい年して、と呆れられるかもしれない、けれど結局、これが俺たちらしいのだと思う。

「着けてくれるか?雪。」
「もちろん、毎日着けるに決まってる」
 そう言うと哲ちゃんが輝くそれを手に取り、俺の手首に嵌める。

「やっぱり雪はシルバーがよく似合う」
「…そう、かな?」
 熱っぽい眼差しでブレスレットを見る哲ちゃんに、まるで結婚式みたいだと思う。
 いつか、二人だけでもいいからお前と結婚式を挙げてみたいな。

「雪、ちょっとこっち来て」
 センチメンタルに浸っていたところ、またもや唐突に言われて子ども一人分ほどに空いていたソファの隙間を埋める。
 すると、突然物凄い力で引き寄せられ、気付けば俺の背中は力強い手で抱き込まれていた。
 驚く俺を他所に哲ちゃんは俺の背中を抱く腕を更に強くし、俺たちは文字通りぴったりとくっついていた。
 そしてー。

「誕生日おめでとう、雪」
 耳許で低く甘く囁く声にもう我慢はしていられないと、辛うじて堪えていた涙がボロボロと滝のように流れる。

「ずっと言いたかった。…愛してる」
 …ようやくわかった気がした。哲ちゃんが今まで何を思って俺の誕生日を何年も迎えてきたのか。
 きっと哲ちゃんには高校一年生のあの時のことが、俺以上にトラウマとして強く記憶に根付いていたのだ。

 俺が逃げて逃げて、それでも哲ちゃんが追いかけてくれたあの年、俺たちは確かに人生で記憶に残る経験をした。
 嫉妬して初めて喧嘩して気まずくなって避けるようになって、けれど最後は今日みたいに笑っていたはずだ。

 ふと、あの日の記憶が蘇り、今と重なる。
 そうだ、あの時もこうやって笑って哲ちゃんの「誕生日おめでとう」に泣きたくなるほど胸が熱く滾っていたんだ。
 けれど今はあの時にはなかった「愛してる」が存在している、そう思うとどうしてもこの仏頂面の男の顔が見たくなり、「ありがと、哲ちゃん。」と言いながらその広い肩に手を掛けた。

「俺も愛してるよ」
「ば、バカか!お前のはいつも軽すぎるんだ!」
 端正な顔から真っ赤にさせた顔で言う哲ちゃんを、来年も再来年も見れますように。
 27歳の秋、俺は確かにそう誓っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界滅亡カウントダウン

モカ
BL
もし、今日で世界が終わるならあなたは誰に何を伝えますか? 「…好き、です」 俺は想いを告げました。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

君が僕を好きなことを知ってる

大天使ミコエル
BL
【完結】 ある日、亮太が友人から聞かされたのは、話したこともないクラスメイトの礼央が亮太を嫌っているという話だった。 けど、話してみると違和感がある。 これは、嫌っているっていうより……。 どうやら、れおくんは、俺のことが好きらしい。 ほのぼの青春BLです。 ◇◇◇◇◇ 全100話+あとがき ◇◇◇◇◇

処理中です...