俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
上 下
21 / 105
俺の彼氏がバースデイ

(1)-2

しおりを挟む
 後ろから突然抱きしめられただけでも哲ちゃんからすれば意外過ぎた、しかも人前を嫌がる哲ちゃんにとってみればエラーを起こしたゲームのキャラのようだった、なのに。

「雪…俺、ちょっとやばいかもしれない」
「なに、が?」
「…今すぐお前にキスしたい」
 瞬間、全身が逆撫でられるようにゾクゾクとしたんだ。
 耳元でしかも低く響くいやらしさが込められた声で、そんなことを言われたら誰だってキスしたくなるに決まってる。

 …こんな生々しい話、とてもじゃないが職場の上司に言えるわけがない。

 結局、その夜も記憶に刻み込まれるほどに最高だったんだから。
 思い出そうとすると言葉にできないのは、そのせいでもあった。
 いつかこの思い出を言葉にできる時が来るのだろうか。その時は俺たち、何歳になってるんだろう。

「じゃあ、次なるイベントは雪くんのお誕生日ってことね?」
 菅さんが声高々にそう言った。そうだった、菅さんが易々と黙って引き下がるはずはない。
 まるで自分の家族の誕生日のようにやる気に漲っている。だが一方で、当事者の俺は些か乗り気になれないのは、俺にとっての誕生日とはいわゆるみんなが嬉しいと口角を上げて喜ぶ思い出ではないからだ。

「雪くんの誕生日って9月23日だよね?彼氏さんもその日は休み?」
「役所勤めなので、そうっすね」
「なら良かったじゃない!二人水入らずでイチャイチャできるわよ?」
 二人水入らずで。その言葉に去年の哲ちゃんを思い出す。

『おぉ、雪。おかえり』
『た、ただいま』
『夕飯出来てるぞ』
 もちろん期待など更々していないし、哲ちゃんには直接言ってはいなかったがむしろよくある祝いなんかして欲しくなかった。
 だから、いつもと変わらない素っ気ない態度にいつもはないケーキが用意されている、それが俺にはちょうど良く思ったものだ。

 思えば付き合う前から哲ちゃんはいつもそんな感じだった。
 恋人の誕生日だから、記念日だからと浮かれることもない、榊 哲太の中に流れる時間は常に日常。
 こう言うと大抵は驚かれるが、俺はこう見えてイベント事があまり得意ではない。だから、そういう哲ちゃんの日常が俺は大好きなのだ。
 けれど、菅さんの話を聞けばそういう感覚が稀少であるのだと再認識してしまった。
 だとすれば、もしかして哲ちゃんもそういう感覚なのだろうか。

「お溢れ話、期待してるね!」
 そろそろ戻るか、と菅さんが気怠そうに言う声に俺も慌てて席を立ちあがった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

リナリアの夢

冴月希衣@商業BL販売中
BL
嶋村乃亜(しまむらのあ)。考古資料館勤務。三十二歳。 研究ひと筋の堅物が本気の恋に落ちた相手は、六歳年下の金髪灰眼のカメラマンでした。 ★花吐き病の設定をお借りして、独自の解釈を加えています。シリアス進行ですが、お気軽に読める短編です。 作中、軽くですが嘔吐表現がありますので、予め、お含みおきください。 ◆本文、画像の無断転載禁止◆ No reproduction or republication without written permission.

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...