俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

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俺の彼氏がモテすぎる件について

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 そう自覚したのと初めて嫉妬と呼ばれる感情を目の当たりにした、あの日から。
 俺は榊 哲太という男に惹かれ続けている。

 日焼け止めを見えている肌に塗りたくって、トイレの個室を出た。向かうのはもちろん、最愛の恋人、哲ちゃんの元だ。
 待合の椅子が無数に並ぶ待合所に、お揃いの水色のキャリーケースを探す。
 あ、いた!「哲ちゃん…?」と、一際背の高い人を見つけ、掛けようした声が窄まった。

「いや、あの、人を待ってるので、すみません」
「そうなんですか?良かったら一緒に、周りましょうよ!ねえ?」
「うん!私たちも北海道初めてだし!」
 なんだよ、あれ。と、旅行初日早々に苛つきを隠せない。
 同時にいつか見た光景が、脳裏に鮮明に思い出される。

 結局、哲ちゃんは何年経ってもモテるんだ。
 ただ、そこに立っているだけで醸し出すオーラがある。
 思わず、声を掛けたくなるような、彼氏にしたくなるような、この人の特別でいたくなるような、そんな何か。
 けれども、厄介なのはそれを哲ちゃん本人が全く自覚していないことだ。

 以前に「哲ちゃんってモテるよね」と聞いたことがある。するとあいつは「え、はあ⁈何言ってんの。それは雪の方だろう?」と、鳩が豆鉄砲をくらったように目をまん丸くして叫んでいた。
 だから、厄介なんだ。俺が毎週金曜日の美鳥で哲ちゃんを敢えて奥の席にしているなんて、全く気がついていないのだから。
 そう思うと、沸々と怒りに似た何かが沸いてくる。
 足を若干大股にして、哲ちゃんの元へ向かった。

「哲太!お待たせ、どうかした?」
 敢えて「哲太」と俺が呼ぶ時は、周りを牽制したい時。

「雪!ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」
「ごめんって。それより、こちらの方たちは?」
「ああ、なんか一緒に北海道周りたいって」
 その言葉に女性達を見ると、露出の多い胸元を見せつけるように哲ちゃんに寄り添っていた。
 腹立つ、俺の彼氏なのに。

「ああ~ごめんなさい。俺たち、久しぶりの旅行で。2人きりで水要らずしっぽりする予定なので。さ、行くよ、哲太」
「あ、あぁ。すみません、失礼します。待てよ、雪!」
 キャリーケースを片手に、もう片手は哲ちゃんの手を強く握ってひたすら歩みを進める。
 早く、あの人たちから離れたところに行きたい。早く、俺たちだけになりたいんだ。

 空港を出てタクシーを拾い、ホテルに向かう。
 その間も哲ちゃんはどうしたとか待てよとか、無駄に俺の名前を呼んでいたけれど、とにかく俺は「なんでもないよ」をくり返していた。

 早く、抱きしめてほしい。キスして、それからー。

 ホテルに着き、チェックインを済ませてルームキーを受け取り、エレベーターに乗る。
 いつもと変わらない一連の動作ですら、もどかしいと心が叫ぶ。

「んッ…!ちょ、雪!んッッ…!」
「ハァ、ごめん、哲ちゃん、俺…」
 部屋に入った瞬間、キスをした。それも俺から、深いものを。
 だって、俺、お前が好きすぎるんだよ。だから、お前が俺以外の誰かと喋ってるだけで、おかしくなりそうなんだ。

 付き合って8年になれば、お互い空気のような存在だ、トキメキなんか忘れちゃったと、職場の上司が言っていた。
 けれど俺は、いまだにこいつにときめくしみっともなく嫉妬するし、同じ空間にいるだけでドキドキするし独占したくなる。
 それはもう、泣きたくなるほどに。
 哲ちゃんを見ると目が合い、途端に強く抱きしめられた。

「雪、お前が今、何を不安に思っているのか俺には知る由もないけど。大丈夫だ、雪。ここにいるから、大丈夫」
 耳を擽るその言葉が心に響いた瞬間、そこから何かが物凄い勢いで全身を駆け巡る。
 熱くて、暖かくて、優しいそれは多分、好きとか愛してるとか、そういった類のもの。
 抱きしめてくれた力に返すように、哲ちゃんの背中に腕を回し、力を込めた。

「さて、落ち着いたことだし、予定通りに周りに行くか」
 そう仕切り直したのは、哲ちゃんだ。随分と前に気がついたのだが、どうやらそれは、まとめ役を買って出ることが多い哲ちゃんの職場での癖のようなものらしい。
 時刻は16時。これから辺りを観光して夕飯を食べて、部屋に備えられている露天風呂にでも入って、それからは。
 想像するだけで、ワクワクが止まらないと、さっきまでの病みかけていた心を無視して、俺はこれからの旅行に確実に浮き足立っていた。

「ちょっと、哲ちゃん」
「ん?どうした?雪」
 荷物を放って手提げ鞄を持ち、部屋を出ようとしたその時。
 振り向いた哲ちゃんに軽く音の鳴るキスをした。

「はあ?いきなり、なんだよ」
「いいじゃん、いきなりでも。俺、今、かなり浮かれちゃってるし」
 案の定、驚く哲ちゃんの顔はトマトのように真っ赤に染まっている。

 可愛くなる哲ちゃんをどうか、誰にも知られませんように。
 部屋を出る最中、そんな初々しいことを願わずにはいられなかった。
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