上 下
18 / 18
君の隣で生きていきたい

(6)

しおりを挟む
 結果、海の参観日には間に合った。全速力で自転車を漕いだからだ。

 (髪も珍しくセットしたのに~)

 雨が降ったわけでもない、強風に煽られたわけでもない。ただ、保育園までの道のりの途中に橋があった。向かい風の脅威は恐ろしい。
 髪を手櫛で整えながら海の教室まで行く。窓ガラスから見える園児はみんな、先生の方を見て座っている。海もその中の一人だった。

 参観日が始まった。今日は季節行事の製作をするらしく、園児の机の上には画用紙や糊などが置かれている。
 そのうちに先生の掛け声で製作が始まった。みんな、夢中になって作っている。

「海もちゃんとやってるな」
「当たり前だ、俺たちの子だからな」

 海の様子に感動して勇太が陽に囁くと、陽が当たり前のように言った。海のことを家族だと思ってくれている。そのことに胸がいっぱいになる。
 すると、海と目が合った。どうやら勇太たちの声が耳に届いてしまったらしい。
 控えめに手を振った。海が驚いたように目をまん丸にさせて、それからニッコリと、まるでずっと探していたものをやっと見つけたかのように笑った。

 (来て良かったな)

 迷っていた気持ちが嘘のように、霧が晴れる。ふと、手に触れる感触に気が付き、隣を見ると陽が慈しむような笑顔で微笑んでくれていた。

 (ああ、俺、めっちゃ幸せなんだな)

 握られた手をきつく握り返した。幸せだと思う気持ちが伝わればいい。

 帰りは給食を食べずに帰ることにした。陽は仕事を一日休んだので、勇太も一日、仕事を休むことにしたのだ。
 陽の自転車の後ろに海を載せた。海が保育園に通うようになってから、子どもを自転車に載せられる篭を買った。昔にはないような立派な篭に、時代の流れを感じる。

「海ね、今日、すっごい嬉しいことあったんだ」
「嬉しいことってなに?」
「んとね?ゆうりちゃんが、言ってくれたの。今日ね、陽と勇太が幼稚園に来るんだって言ったらね、ゆうりちゃんがパパ二人も来てくれていいなって。でね、バイバイするときたくみくんが海のパパ、格好良くていいなって!」
「海は俺と勇太が格好良いって褒められて嬉しかったの?」
「それもあるよ!でもね、やっぱり、海は陽と勇太が一緒にきてくれたことが嬉しかったの!だって、海、二人が大好きだからね!」

 (ああ、ダメだ。海の前なのに、前が滲む)

 今まで泣くときはいつも、悲しかったり悔しかったりするときだった。自分の思いが伝わらないとき、不本意に陰口を叩かれたとき、大切な人の悪口を言われたとき。
 でも今は、そうじゃない。嬉しくて、愛しくて、大切だからこそ涙が溢れる。

 (ずっと、陽と海と一緒にいたいな。年をとった陽と海を一番近くで見ていたい)

 一年、二年、五年、十年。年を重ねた二人を想像した。未来を見ることはできないからどんな二人になっているのかはわからないけれど、きっと誰もが羨む素敵な二人になっている。

 (俺も二人が誇れるような男になりたいな)

 陽が自信を持って勇太も自分だけを好きなのだと言ってもらえるように。海が鼻を高くして勇太のことを格好良いと言ってくれるように。

 (俺のできることから頑張るか)

 できないことに手を、足を伸ばしすぎないように。目の前にある手の届くところから、一歩ずつ、掌に握れるように。

「勇太」
「勇太~どうしたの?行こう!」

 二人に呼ばれ、前を見る。真っ青な空、眩しい太陽が二人を照らしている。

「ううん、なんでもない。今、行くよ」
 そう言いながら、自転車を押して駆け寄った。

 今はまだ、駆け寄ることしかできないかもしれないけど、いつか必ず、隣に肩を並べて歩くから。だから、それまで待っていてほしい。
 きっと願う前から伝わっている。思いながらも願わずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...