上 下
12 / 18
世界一の恋人、そして夫

(6)

しおりを挟む
「寝た?」
「寝た。ぐっすりだ」

 時刻は二十時。二人にしては広いリビングのソファに座る陽が勇太に問いかける。
 海の寝室の扉は開いている。海がぐずった時、すぐに行けるようにしているためだ。

「やっぱり、疲れたのかな?」
「疲れただろ、あんなにはしゃいで」
「だよな、でも楽しそうにしてくれて良かった」
 陽が言い、勇太も同意した。海は今日一日、とても楽しそうだったのだ。それに、海の夢も聞けた。

 あれから、陽と海、二人でサッカーをしていると、通りがかりの男性が声を掛けてくれた。
 聞けば、サッカーの講師をしているそうで、海のことをサッカー教室に誘ってくれた。

『でも、僕…』
『どうした?海』
 もじもじと決められない。海はアクティブだが、決断力に欠ける性格をしている。
 (俺たちに遠慮してるんだろうな)
 本当の親じゃないと、そんな時、痛感させられる。勇太はスケッチブックを置き、海のそばに向かった。

『海、いいんだよ』
『勇太』
『海がしたいことしてくれたら、俺も陽も嬉しいんだ。だから、言っていいんだよ?』
 そう言うと、海は目をキラキラさせて『本当はね、ずっとやってみたかったんだ』と教えてくれたのだ。

 子どもの夢が嬉しいだなんて、以前の勇太なら考えられないことだ。自分まで成長させられているな、と感慨深く思っていると、いつの間に席を立ったのか、陽が「はい」と言いながらグラスをくれる。

「これ、ワイン?」
「そう、勇太好きだろ?」
「けど、アルコール飲んだら、海になんかあった時、大変だろ?」
「大丈夫、俺のはただの葡萄ジュースだから」

 いざとなったらタクシーで行けばいいのだが、そういうところが陽だ。それに、勇太が好きなワインを今日、このタイミングで出すとは、相変わらず惚れさせてくれる。

「乾杯?」
「おう、乾杯」
 カチン、とグラスを控えめに合わせた。

 それからしばらく、話題は海のことだった。陽も海の夢を聞けて、興奮しているようだ。

「海が将来、サッカー選手になったら俺、どこまででも応援に行っちゃうな」
「どこまででもって、ブラジルでも?」
「もちろん」
「おいおい、親バカかよ。仕事はどうすんだよ」
 言うと、有給取ればいいと言う陽に、本気で親バカだと思う。

「そういう勇太だって、親バカでしょ?」
「なんだよ」
「これ、見ちゃったんだ」
 いつの間に持ってきたのか、スケッチブックを見せられる。しかも、そこには今日描いた二人の絵が。

「バカ、お前!人に見せるもんじゃねーんだよ」
「ええ?そうなの?いいじゃん、見せてくれたって」
「こういうのは、一人で見るためのもんなんだよ」
 もう見ちゃったもんね~と言われ、思わず毒気が抜ける。

 返せよ、と陽が高々に上げたスケッチブックを取り返そうとした。が、陽の身長は百八十六センチと大きく、勇太の身長は百七十センチと差がある。
 酔っていたといっても、まだ一杯しか飲んでいない。めったに外に出ないのに、日光に当たったせいで疲れていたのだろう。
 既に酔いが回り、足元はおぼつかない。ふらつきかけた瞬間、陽の厚い胸板に抱き留められた。

「…酔った?勇太」
「…酔ってねーよ」
 なんとなく、甘い雰囲気が流れる。ドクドク、心臓に送られる血液の音が聞こえる。
 ぎゅっと抱きしめられた。チラッと残った理性で寝室を見ると、すやすやと眠る海の姿が見え、ほっとする。

「ねえ、勇太。いい?」
「聞くなよ、いちいち」
「ごめんね?聞いちゃった」
 ぎゅっと抱きしめられる。熱い。思った瞬間、頬を大きな掌が包む。

 口づけが降ってくる。

 葡萄の味が、交ざり合う。

「寝室、行く?」
 問われ、コクンと頷いた。その意味はもう、知っている。
 優しく手を取られ、すると流れるように腰を抱かれた。

 (くそ、何から何まで最高かよ)

 彼氏としても、パパとしても、最高すぎる恋人を、勇太は少しだけ恨めしく思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孤独な戦い(1)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

私立明進学園

おまめ
BL
私立明進学園(メイシン)。 そこは初等部から大学部まで存在し 中等部と高等部は全寮制なひとつの学園都市。 そんな世間とは少し隔絶された学園の中の 姿を見守る短編小説。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 学園での彼らの恋愛を短編で描きます! 王道学園設定に近いけど 生徒たち、特に生徒会は王道生徒会とは離れてる人もいます 平和が好きなので転校生も良い子で書きたいと思ってます 1組目¦副会長×可愛いふわふわ男子 2組目¦構想中…

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...