愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

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 その日も詩音はモテていた。というより、いつも詩音はモテている。
 それに時代は今より昔で、当時は強面よりも優しく、言い方を変えれば草食系男子がモテていた。つまり、詩音は世の中が求める理想像にぴったりだった。

「見た目も優し気で、でもちゃんと芯があって。そんなところを女子たちは見抜いていたのかと思うと頭が上がりません」

 すると、たしかにと皿に着いた泡を流しながら、三月が言った。その言い方が心から飛び出たようで、可笑しくなってつい、笑ってしまった。

「女子に囲まれてるところに声を掛けたりして、なんとか上手く躱せていたんですけど」

 トイレから戻ると今度は男子に絡まれていたんです、と言う惣一郎の声は苦々しい。思い出すと今でも腹が立つ。

「三田さん?」
「…先輩たち、酔ってたのか素面だったのかわからないんですけど、嫌がる詩音にべたべた触って」

 髪を撫でたり、肩を組んだり、腰を抱いたり。

「もっと詩音も嫌だって言えよって、俺、そう思いました。詩音の性格じゃ言えるはずないのに、言えよって。いいのかよって思って、それで」
「それで?」
「つい、先輩たちの前なのに、触るなって言っちゃったんです」

 思い返せばきっと醜い嫉妬心だったし、先輩たちも悪ふざけだった。世間的にも同性同士の恋愛に注目されていた。学内でも俄かに話題にはなっていた。
 が、我慢できなかったのだ。汚い手で邪な気持ちで触るなと、そう思う反面、邪な気持ちを抱いていない自分がどうして触れないのかと、言葉には出来ない感情が心の中を渦巻いていた。

「それでどうなったんですか?」
「用事思い出したから帰るって、本当に連れて帰っちゃいました」

 まさか自分がそんなドラマのようなことをするとは思わなかった。しかし、現実とは時に予想外なことが起こる。

「結局、詩音の奴、熱があったんです。で、俺の家に連れて帰りました」

 甲斐甲斐しく、薬を飲ませて熱を測って布団に入れて久しぶりに作ったおかゆを食べさせて。
 家族以外にそんな看病をするのは初めてで、けれど嫌ではなかった。思い出しながらふと、笑みが浮かぶ。

「朝にはもう熱も下がってて、夜より表情も良くなった詩音の顔を見てほっとして。起こさないように髪を撫でながら俺、言っちゃってたんです」

 好きだな、って。

 好き、なんて感情は正直、わからなかった。幼い頃から惣一郎は女子から言い寄られてきた。多分、外見だった。父親譲りのはっきりとした目鼻立ち、それから高い身長に母と妹を守らなければという使命感。きっと女子の目には、大層格好良く映ったのだろう。
 が、惣一郎にはその全てがどうでも良かった。恋なんてしてる時間があるなら家のことをしたかったし、妹と遊んでやりたかった。好きよりも大切なものが惣一郎にはたくさんあった。

 でも、好きになった。
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